第4話
互いの自己紹介を終えた彼らが次に向かったのは、学校を出た先にある校庭だった。
雲一つない澄んだ天と、岩が無作為に配置された地。
真逆の状態な天地は、明らかに何かを隠しているようだった。
校庭の嫌な思い出があるウノ。それを怪訝そうに見つめるミユウがいた。
ウノは体育の授業に苦手意識があったらしく、校庭を見る度に、胸が苦しくなっていたようだ。
ミユウはそれを聞き、許さないというオーラを漂わせながら、右手の包丁を構えた。
今は体育の時間じゃねーぜ、とキョーカが制止する。
彼女の包丁が、学校で見た般若の少女達の持っていた物より、ずっと鋭くて、ずっと殺気立っていそうだったからだろうか。
半笑いで制止したキョーカの額に、変な汗が込み上げていた。
そして、王子様の命令に従い、彼女は素直に包丁を下ろした。
荒野のような世界を進むと、所々に水滴が落ちていることに気が付いた。
ウノが上空を見上げると、この地だけ雲が密集していることを知った。
彼女は視線を前に戻す。
先程までいなかった物体が、彼女達の前に立ちはだかっていたのだった。
その物体は、緑の怪物が溶けたような身体をしており、ねちょねちょという名詞が似合っていた。
その後ろに青色の岩を纏った生物(蒼岩男と呼ぼう)が姿を現した。
「さーて、どうするかねぇ。」
悩むような言動をしながらも、既に戦闘態勢に入るキョーカ。
ウノはそれを見て、自身の立ち位置を整えた。
そしてミユウであるが......
既に、元の場所に姿は無かったのだ。
風のように疾走し、緑の怪物に飛び込んでいく。
その速度は、学校で追いかけてきた般若の少女達を、軽くあしらうレベルだった。
思わず茫然と立ち尽くす二人。
しかし、彼女に負けぬように、水滴だらけの大地を蹴った。
ミユウは果敢に戦っていた。誰よりも早く。
それは、王子様とお姉様を守るためだという使命感からだった。
その王子様も、もう片方のねちょねちょを退治しようと奮闘する。
振り上げた拳が受け流されようと、彼は懲りずに振るい続ける。
一方のお姉様は、辺りを包む雨の原因を、蒼岩男の力だと考えた。
降りしきる水滴は、ウノ達の行動を鈍らせる原因となる。
迅速に対処すべきだ、と考察した。
しかし-Flame-は、文字通りの爆炎。水にはめっぽう弱いのだろう。
衣服が豪雨を吸っていく中、蒼岩男を葬る呪術を、頭の中で必死に模索した。
だが、蒼岩男は、既に行動を開始していたのだ。
「お姉様ッ!!!」
そして、振るわれた右手がミユウに当たる。元々は、ウノが立っていた位置であった。
空高く舞う使徒。般若の仮面も、静かに外れていく。
彼女が地面に叩きつけられる寸前、眼鏡のヒーローが彼女を支えた。
泥だらけのヒーローは、彼女を床に降ろし、離れていたウノを手招きした。
何十メートルも離れていたウノを、優しく手招きしたのだった。
キョーカはウノに、何か使える呪術が無いか問う。
ウノは、使えそうな呪術があったと話した。
それを聞いて喜んだ彼は、ウノとミユウに、ある作戦を告げたのだった。
その作戦を伝えた後、泥だらけのヒーローが使徒に促す。
「約束をしよう!もし俺やウノが危なくなっても、目前の敵だけに集中するんだ。俺達は大丈夫、ケッコーしぶといからな!」
そう言って笑う王子様に、ミユウは嬉しさを覚えた。
「でも、本当に助かった。ありがとうね、ミユウ。」
ウノが頭を下げる。ミユウも同様、頭を下げる。
二人は思わず、笑ってしまった。
同じ仮面の人間同士、繋がっていたいと思う二人であった。
ミユウは走っていた。緑の怪物を二体、同時に食い止めるために。
そしてキョーカも同様。しかし、対象は蒼岩男であった。
ミユウが緑の怪物を食い止める間、キョーカはその横をすり抜ける。
スライディングを決める泥だらけのヒーローは、その勢いで、蒼岩男の胸元にパンチをする。
強い打撃音が響くが、蒼岩男は身震いもしない。
飛んできた右腕を、かがんで避けて、またパンチをして、また右腕がやってきて。
それを3回ほど繰り返した後、突如キョーカは、後ろ向きに走り出した。
その意図は、後の上空から確認できた。
雨雲ではない、真っ黒な雲が現れた。
自身と同様に、天候を操る者がいるとは思わなかったのだろう。蒼岩男は、呆然と立ち尽くしていた。
「超電撃呪術......私の華麗さに痺れることね。-Lightning Ray-!!」
空を制圧した黒雲は、眩いほどの光線を蒼岩男に当てた。
それは雷とも呼ばれる、狂気の呪術だった。
蒼岩男が苦しそうに呻き、約3秒ほどの断末魔が辺りを包む。
その声が聞こえなくなる時には、緑の怪物もヒーロー達に討伐されていた。
空には、澄み渡る青が広がっていた。
ただ三人、荒野と化した場所を往く。
障害物を避けながら、ひたすら続く砂をかき分けた。
そして、その退屈な光景は、突如闇を映し出した。
それはそれは禍々しい、黒き物体が見えたのだ。
三人は恐る恐る近づき、害が無いことを確認しようとする。
その黒き物体は「ホントウの物体」であり、三人に害を与えるエネルギーさえ所持していなかった。
しかし、黒き物体自体のエネルギーが無いだけであり、その黒き物体は時に、絶望への階段を示す。
そう、黒き物体の中に空洞があり、しかも地下へと続く階段があったのだ。
三人は下った。ただ暗き空洞の中に見えた、一つの光を求めて。
やがて、その光に辿り着く頃には、キョーカでさえ立ったまま寝そうなほど退屈していた。
だが、その先の生命体は、その退屈を刹那に消し去る程の衝撃をもたらした。
そう、黒き物体の中にある地下に、三人が通う中学校の校長、そして、教員達がいたのだった。
「ウノさん、ミユウさん......そして、キョーカくん、だね?」
自身が生徒の名を覚えていることを誇るように、校長である彼はそう発した。
それは生徒と接するような声ではなく、三人の悪党に憎悪を抱くかのような声であった。
黒き物体の禍々しき正体、それを再認識したヒーロー達は互いに何も話さず、ただ自身の戦闘態勢を整えるだけだった。
それを見た校長、身の回りに居た教職員を集め、彼らに武器を持たせた。
君達は知り過ぎた。そう校長が告げながら、暗き世界が更に漆黒へと向かっていくのを感じた。
狐の仮面は、少し怪訝そうな表情を浮かべた後、彼女の横にいた二人の相棒に、ある謝罪を行った。
「悪いけど、話は少人数で行いたいのよ。」
-Lightning Ray-、そう叫ばれると共に、地下に電流が走る。
教職員はショックにより、一瞬で気絶した。
校長は狼狽えるも、自身を取り巻く謎の闇に救われた。
そして、謎の闇は、教員達をどこかへ連れて行った。
キョーカとミユウにも被害はあったが、彼らにとっては電流マッサージ程度のようだった。
それよりも彼らは、校長を取り巻いた謎の闇の正体を掴もうと、行動を開始していた。
三人のヒーローを嗤うように、空から降った大雨が、地下へと溜まっていった。
刹那の如く、ミユウの包丁が校長を捉える。
案の定、その包丁は闇に包まれる。
「-Flame-!!」
闇に向かい、光を放つ炎が刃を向ける。辺りが炎天下の夏色に染まる。
そこに現れた漆黒は、やがて大きな竜へと進化を遂げていった。
同じく暗黒の色を纏いながらも、純白を輝かせる牙を向ける竜。
ペペロンドラゴンのような禍々しさは無いものの、何か決意を抱いたかのような目つきをしていた。
「ゲンブドラゴン!そいつらを殺せ!!」
校長がそう叫び、この空間の奥にある扉へ逃げた。
あの大きな竜は、ゲンブドラゴンという名を持っていたのだ。
既にキョーカチャージを開始したヒーローは、ゲンブドラゴンの行動も冷静に分析しようとした。
狐の仮面を持ちしヒーローは、自身の呪術で他の二人に影響を与えぬよう、格闘のみで戦い抜く決意を抱いた。
自身の役目は二人の補助、ということを理解していた。
そして、般若の仮面を掲げしヒーローは、最前線でゲンブドラゴンを挑発。少しでも、この怪物の行動を見抜こうとした故の行動だ。
漆黒の竜は、密閉された空間にも関わらず、口から火炎放射を行った。
ミユウは伏せて回避。竜の死角から飛び込んだ。
般若のヒーローの英剣は、しっかりと竜に突き刺さる。
竜の赤き赤き血が、まるで人間のモノといえるように流れ出した。
竜の右手が、ミユウの脇腹へと飛び込んだ。ミユウはそれをも回避。
だが、流石に疲労や緊張を感じたのか、面の中から汗のようなものが零れている。
それを見た狐。すぐさま竜の懐へ飛び込み、精一杯の力で応戦。
それを見た竜、今度は自身の両腕を振り回す。
ミユウの身体がウノの方向へ動きかけるも、王子様との約束を思い出したのか、彼女は自身に飛んできた腕のみ対処。
ウノも自身側の腕を跳ね返す。元々運動が苦手という彼女、この時点で息切れが聞こえる。
「キョーカパーンチッ!!」
三人目のヒーローが飛び込む。極限まで溜められた拳は、竜の頭へと命中した。
グォォォォォ、と苦しそうな声をあげるも、竜の頭に大きな外傷は見られなかった。
こりゃ予想外......とキョーカは舌を出しながら、キョーカパンチに代わる技を考えていた。
しかし、それを考えている間にも、ウノは疲労困憊。ミユウの体力も長くは持たなそうだ。
ミユウは元々、ただの中学生だ。
キョーカやウノと違い、王子様とお姉様の使徒、という脳内設定のみでここまで頑張ってきたのだ。
情熱だけでどうにでもなるものは、戦闘と呼べるものでない。
キョーカは、自身がゲンブドラゴンと肉弾戦をするべきだと踏んだ。
「ウノ!ミユウ!ここから先は俺が抑える!一撃必殺技、頼むぞ!」
雨が地面を満たしていく次の瞬間、閃光のように竜へ飛び込む、疾走ヒーローの姿があった。
ウノとミユウは、ひたすら思考回路の効率化を図っていた。
あの竜を一撃で消し去れる呪術、もしくは必殺技。そのようなものが、自身達の手にあるのか、と。
だが、彼女らは賢かった。一撃とは言わないが、竜を消し去るモノがあったのだ。
ウノは、ただ一人交戦する相棒を見る。彼の様子からして、まだ持ちこたえそうだった。
自身らの作戦を完璧にこなす為、狐は般若に休憩を提案した。
ミユウは少し悩んだものの、素直に従うことにした。
それを見た眼鏡のヒーロー。1秒でも彼女らを休ませるべきに、俺が踏ん張らないとな、と褌を締め直す。
怪物の猛攻は強力なものだったが、彼は挫けなかった。
ウノやミユウと同じように、泥だらけになり、所々の擦り傷が出来ても、彼が攻撃を緩めることは無かった。
自分の立場がどれほど重要か、理解していたからだった。
そうして20秒の時が流れ、朦朧な意識で戦うキョーカがいた。20秒という時の間に、竜の右手を直に食らったのだ。
彼自身の攻撃が空振りし、竜の右手が間近に迫る。
ああ、やっべぇな。と彼が笑った瞬間、彼は天井に叩きつけられ、そして床にも叩きつけられた。
彼の意識はあったものの、もう身体は動かなかった。
ゲンブドラゴンが彼に迫ろうとする。その時、龍の如く竜を切り裂く者がいた。
ミユウである。
そして、彼女が竜を攻撃したのは、キョーカを助ける為ではない。
颯のように竜の腹を切り裂く。ただただ切り裂く。
竜の血が、雨水と同じように地面を満たそうとする。
一頻り腹に傷をつけた般若は、キョーカを背負い、別室へ逃げ込んだ校長を追った。
竜は彼らを追わず、一人部屋に残されたウノに向かって、赤き牙をむきだした。
ウノはそれを見て、こう告げた。
「本当は雨なんて大嫌いだけど......今は感謝ね。-Lightning Ray-!!!」
雷が空から襲う。地下にあるこの空間では、雷の本来の威力は失われるものの、この部屋の足元には雨水が溜まっている。
そして、ゲンブドラゴンの腹へと繋がる、血で出来た導線があったのだ。
この部屋が強い雷に満たされる。竜は勿論、ウノもタダではすまない。
強い電気ショックは、別室にいた人々をも恐怖を覚えるような音だった。
いつの間にか、外は猛暑へと変わっていた。
キョーカはたまらず、傷だらけの身体で別室から飛び出した。
そこに、一人の老婆と、一人の少女が横たわっていた。
ボロボロになった少女は、弱々しく立ち上がった。そして、狐の仮面を付け直した。
「自身の呪術でここまで苦しむとはね......」
彼女はそう毒づきながら、少しばかりの雷を纏った右指を、キョーカの服の裾に当てた。
続いて、校長とミユウが飛び出す。
部屋を出るなり、校長はたまらず絶句した。
倒れていた老婆は、校長の妻だったのだ。
誰に言われることも無く、校長は語り出した。
自身の娘が、この中学校でイジメにあって自殺したこと。
そのショックで、妻が認知障害になったこと。
その為に就いていた職をやめ、校長になり、この学校に復讐を誓ったこと。
ある日ペペロンドラゴンが現れ、取引により妻を竜へと変えていったこと。
その取引内容が、妻の命と引き換えに、妻を竜へと変えることだった事実。
妻や教員達を操り、この学校の生徒を皆殺しにする計画を企てていたこと。
一人泣き崩れる校長。傍から見れば、凄く惨めであった。
三人の少年少女は、酷く彼を侮辱した。
それは、巻き添えを食らったことではなく、自身の手で復讐を果たそうとしなかったことからだった。
その通りだ、と更に泣き叫ぶ校長。
気持ちは分からんでもない、と告げるキョーカが、水たまりに濡れた老婆を抱えた。
「葬式、するんだろ?」
そう言って階段を上っていくキョーカを、三人は追いかけた。
彼らは学校の前に来た。一つの墓石があった。
その横に、一つ真新しい墓石があった。
校長の希望で、老婆は娘の隣に埋めることにしたからだった。
この老婆の名前は?とウノが校長に問う。
しかし、校長は老婆を「婆さん」と呼んでいたので、名前を覚えていなかった。
何分も悩んで、それでも思い出せぬ校長。
惨めに思ったのか、キョーカが墓石に「婆さん」と書く。
何故婆さんと書いた?と、校長は問う。
曇った眼鏡を拭きながら、彼は答えた。
「婆さんにとっちゃ、婆さんが名前だったんだろう。長年付き添った男にそう言われ続けてりゃ、自分を[婆さん]だと思うさ。」
50代になって、やっと生まれた愛娘と、長年付き添った妻との幸せな家庭。
家族三人で笑いあったリビング。
校長はそれを一つ一つ噛みしめながら、また涙を流した。
しばらくして、学校から教員達が現れた。彼らは竜によって、学校へと転送されていたのだろう。
校長が泣き崩れる理由を問いながら、何があったのか尋ねてきた。
校長は教員達に、自身が自首をすることを述べた後、静かに手を合わせた。
「竜になっても、旦那の仕事仲間を想う気持ちはあったんだろうな。」
「認知障害になってから生まれた仕事仲間を想うって、何か変な感じはするわ。」
「......まぁな。」
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