第3話
彼らが見た学校の姿は、外からは何ら変化が無かった。
その先の空間は、魔王の城へと続くのかもしれないし、むしろ変化なんて無いのかもしれない。
しかし、禍々しい雰囲気を増すあの空間に、ウノは少しばかりの嫌悪感を覚えた。
学校へと続く亜空間(亜空間は妄想である)へ足を踏み入れたキョーカは、突然の違和を感じる。
元々あったものが無くなったという......そんな感じだった。
まず、彼らが開けたハズの玄関口が、固く閉ざされていた。
彼らは逃げ道を失った。同時に一本道が、確かに現れていた。
だから、彼らは進んだ。見覚えのあるはずの渡り廊下を。
しかし、電気が途絶え、彼ら以外の物音を受け付けない世界は、本当の亜空間ではないかと疑ってしまうほどだった。
少しばかりの闇が彼らを包む中で、彼らは確かに一歩を踏み出していた。
散々に破壊された職員室を見た。
教師達の姿は見られず、ただ破壊に破壊を繰り返したオブジェ、ともいえる空間であった。
その先の資料室は、特に荒らされた形跡がない。
荒らされた形跡が無くとも、何か起こったかもしれない。彼らは考察を行った。
仮に、教師達が奴隷として連行されたのなら......
奴隷の資料なぞ使わぬ、という悪魔の一声が、資料室を放置する経緯に至ったのだろう。
仮に、教師達も逃亡に成功していたならば......
資料など目にも暮れず、生徒と共に、もしくは一人で駆け出したに違いない。
どちらにせよ、資料室に用なんて無かったのだ。
では、なぜ彼らは、資料室に対する無駄な考察を行ったのか。
それは、暗闇の中で寝てしまわないよう、必死で脳を使おうとしていたからだ。
彼らは本来、今の時間帯に熟睡している。自身の固い机で、ひっそりと。
お昼寝を没収された彼らが、必死に睡眠を我慢する光景は、さぞ滑稽だっただろう。
キョーカ達が二階へと足を踏み入れる寸前、階段で涙を流す巫女を見た。
どうしたのか、と彼らは問う。すると、巫女の彼女はこう告げた。
「私は、怪物達の退治と、この学校の生徒様の救助に向かった巫女の一人です。ですが、この学校に大量に現れた[般若の少女]に、私以外の全員が捕まってしまいました......」
ウノが事態の把握に勤しむ。それは、暗闇の中で、眠気を覚まそうとしたわけではなかった。
巫女は続ける。
「私は、仲間達が捕まっているのを、ただ茫然と見つめるだけでした。仲間達を見捨てて、逃げてしまった私自身が、憎くて憎くて、もう仕方が無いのです。」
涙を流しながら話す彼女を見て、キョーカとウノは居た堪れない心情となった。
「俺達が、そのお仲間さんを助ける!!」
キョーカは宣言した。
巫女は申し訳ないと断っていたものの、それでも下がらない彼らに、最後の希望を抱いていた。
深々と頭を下げて「お願いします」と言った巫女を見て、二人も思わず深々と頭を下げていた。
キョーカとウノは、見慣れたはずの見慣れない階段を登っていた。
ただひたすらに階段を登っていた。
まるで、暗黒を切り開く光であった。
階段が目前から失せる時、新たに姿を現すモノがあった。
般若の仮面を被った少女であった。キョーカ達と同じ歳に見える。
そして、その少女は。
キョーカ達へと走って来た。右手の包丁と共に。
「ウノ!こっちだ!!」
キョーカがウノの手を引く。包丁を間一髪で回避するも、回避した先にも少女は居た。
少女は大量に現れていた。その全てが、包丁を所持していた。
ウノは咄嗟に-Flame-を詠唱する。
そして、少女の一人にぶつけた。
しかし、少女は全くの無傷。それどころか、痛がる動作も、逆上も表れなかった。
不思議な恐怖が二人を包む。
その時に、キョーカが走り出した。ウノに「付いてこい」というサインを出しながら。
暗黒の中に眠る正解を、確実に歩もうとしていた。
包丁という障害を避けながら、心地よい上履きの音を聞きながら、正義のヒーローは走っていた。
「-illusion-も使えない......この少女は生命体じゃないわね。」
もう一人のヒーローはそう呟き、先を急ぐヒーローの背中を、ただひたすらに追いかけていた。
大量の包丁から、脚力だけで戦う覚悟を固めたようだ。
キョーカが見つけ出した光への道を、彼女は正確に歩んでいたのだった。
彼らはまた、階段を登っていた。そして、また般若の少女達を見た。
しかし、何をすべきかは予習済みだ。
勉強したばかりの数学公式のように、この世界へ代入していく。
キョーカが、ウノの足に合わせる余裕さえあった。
そして、ウノの手を引く余裕さえもあったのだ。
彼らが見ていたのは、暗黒ではなく光輝であったのだろう。
騎士道物語では、騎士が姫君に忠誠を誓うことがある。
今回は、キョーカという騎士が、ウノという姫君に忠誠を誓い、エスコートしているようだった。
体力のあるキョーカが、体力に自信のないウノを労わるその姿勢は、まるで見事であった。
そうして、彼らは順調に階段の前に着いた。
しかし、様子がおかしい。
仮面の少女達が、階段の前になった途端、突然いなくなったのだ。
キョーカは、ウノにその場で待機するよう告げ、一人階段へ近づいた。
流石のヒーローも、あの禍々しい雰囲気には、足取りが重くなっていた。
その時だった。階段から少女達が下って来た。
それも、物凄い速度。生物が出せるスピードでは無かった。
「ウノ!!退却だァ!!」
全力疾走のヒーローが相棒に叫ぶ。相棒もそれを把握し、来た道を戻り始めた。
しかし、来た道は少女達に塞がれた。
抜け道はどこだ、と二人は探す。そして、自身の右手にある空間を察知した。
今度はウノが、キョーカの手を引いて駆け出す。
後ろには最速の少女達。ウノは必死だった。
そうして辿り着く、一つの部屋。その部屋には、空洞があった。
飛び込むしかない。彼女はそう感じた。
辺りがまた暗黒に包まれそうな時、その場所には少女達しか見当たらなかった。
二人は、空洞の先をただ進んでいた。互いに話すことなく、まるで導かれるように。
そうして約1分。
突如、足元の空間が消失するのを感じると、二人の身体は落下した。
幸い、怪我は無かった。
「ッ......てて。って、あの少女は!?」
先に立ち上がったキョーカが声を上げる。
彼の目線に映ったのは、先程まで包丁を振るっていた、あの少女。
しかも、足元に魔法陣が生成されていた。
そして、その奥に、巫女達が猿ぐわと目隠しをされているのを見た。
キョーカが巫女達に声をかけるも、応答は無い。
どうやら、耳に耳栓らしきものをはめられているようだ。
彼は、まず巫女達の猿ぐわを外そうとする。
すると、背中からマグマが流れるような苦しみを感じた。
彼がそのマグマの正体を確かめる前に、彼は地面に倒れこむ。
マグマの正体と犯人は、ウノが確認していた。
「......あの時の、謎の男ね。」
平然そうに呟くウノだが、本当は、「背中をナイフで刺されたキョーカ」が心配であっただろう。
そして、彼女が声を掛けた張本人。
それは、ウノ達を一度襲った、あの謎の男だった。
謎の男は笑いながら、ウノに近付いた。
「怪物達を止めようとした巫女も、学校から逃げ遅れた少女も、全て俺が捕らえた。そして、キョーカマンも葬った......今度こそ、貴様を葬ってみせる。」
ウノの目前に向けられる刃。
彼女は冷や汗をかきながらも、あることを信じており、狐の仮面に想いを託した。
その時、謎の男の身体が横に吹っ飛ばされる。背中を刺されたはずのキョーカがいた。
ナイフぐらいじゃくたばらねーよ、と言い放つ彼が、暗黒の中で本当に輝いていた。
背中からナイフを取り出し、自身の血を怪訝そうに見つめるヒーローは、その刃物を床に投げ捨てた。
「自分の血って怖いよな。血を見るんなら、暗黒の方がまだマシだっての。」
「そうね。じゃあ、パパっと終わらせましょ。」
ヒーロー二人は、固く拳を握っていた。
般若の少女が、目覚めて自身の状態を把握する頃には、謎の男はピクリとも動いていなかった。
キョーカが魔法陣をぶん殴ると、魔法陣は黒い塵と化した。そして、彼は魔法陣から少女を引っ張り出した。
同時に、辺りから金属が床に落ちるような音が聞こえた。
般若の少女は、二人のヒーローに深々と頭を下げた。
だが、二人のヒーローは、何故かそのまま少女を連れ出し、物陰に隠れた。
般若の少女が不思議に思うと、誰かがこの空間に、勢いよく落ちる音が聞こえた。
泣きながら、キョーカとウノに仲間のことを頼んだ、あの巫女の姿があった。
巫女は、猿ぐわをされていた仲間達を見つけると、すぐにそれを解き、耳栓も外した。
巫女の仲間達は、巫女の姿を見るなり、熱いハグを交わして泣き出した。
それを見て、巫女もまた泣いていたのだった。
二人のヒーローは、頃合いを見計らって巫女の前に現れた。
そして、自身が学校で迷ってしまったと告げた。
そのまま巫女に一方的な別れを告げ、物陰にいた少女を連れて、別の出入り口から学校を脱出した。
般若の少女は、その意図を理解して、ヒーローと共に脱出を試みた。
般若の少女は、久々とも思えるような日差しを感じて、生き生きとしていた。
そして、再度二人に頭を下げて、こう続けた。
「ミユウと申します。いつか、自身を助けて下さる王子様と、お姉様の登場を夢見ていました。そして、遂に夢が叶ったのです!どうか......ミユウもお二人に同行させて頂けませんか?だってこれは......運命なんだもの......」
ウノは少し不安であったが、キョーカは二つ返事で了承した。
キョーカ曰く、彼女を放置していては彼女が危ないのと、彼女が同行したいなら、それに応じるべき。だという。
ウノはそれを聞き、安心した様子で了承した。
彼女が不安だったのは、別の理由があったからだろう。
「それでは参りましょう、王子様!お姉様!」
王子様。お姉様。慣れない呼ばれ方に戸惑いながらも、二人のヒーローは、彼女の真価を確かに見抜こうとしていたのだった。
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