第2話

 キョーカとウノは、まず学校を突き抜けた先にある、小さな住宅街へ向かった。

 キョーカ達が通う学校の中でも、その住宅街に暮らす同級生は多い。

 彼らが無事に避難できたか、彼らの家族が無事か、

 それを確認するために、人が多い住宅街へ向かったのだ。


 キョーカとウノが住宅街に着いた頃には、住宅街はもぬけの殻と化していた。

 既に避難が完了していたか、もしくは既に......

 二人が試行錯誤していると、ドスンという大きな物音が聞こえた。

 その物音の正体は、二人の倍ほどある体格を持った、岩男だったのだ。

 岩男は、二人を見つけた瞬間に、岩を纏った身体で走り出してきた。

 明らかに友好的ではなかった。


 キョーカは、両腕を目前に持ってきてガードを試みた。

 しかし、突進の衝撃は絶大で、キョーカは軽く吹っ飛ばされてしまった。

 ウノは右手に炎を宿し、岩男に向かって拳を振るう。

 その刹那、「ジュォ」という音が鳴ったかと思うと、彼女は、炎の拳が蒸発したことを知った。

 ウノが逆にパンチを食らう。ウノが腹を抱えて苦しんだ。

 もう一撃、と岩男が右腕を上げた。

「ウノ!頭伏せろ!」

 二つの意味を持った言葉が、空気を切り裂く。

 ウノは頭を伏せて岩男の一撃を回避した。そして、その頭上からキョーカが飛び込んだ。

「キョーカパーンチッッッ!!!!!」

 岩男の胸を貫いた正義の拳は、そのままY=0へと向かう。

 そのまま正義のヒーローは、床に転がり込んだ。

 そして、敵役も同様であった。

 岩男の装甲が少し崩れ、辺りに岩が散らかる。

 それでも岩男は、崩れた身体を再起させた。

 その耐久力は、まるでゲームキューブのようだ。

 ほほう、パンチじゃ火力不足ってか、と、キョーカはにやける。

 この状況を楽しんでいたのだ。

 そして、もう一人楽しんでいた者がいた。

 先程と比べ物にならないレベルの焔を手に纏った、正義のヒーローだった。

「この手で葬ってあげるわ。-Flame-!!」

 辺り一帯をマグマの世界にしたかと思えるほど、熱く輝く炎が岩男を包み込んだ。


 キョーカが辛うじて目を開けた時、足元に大きな岩が転がっていた。

 全盛期と比べて、力が弱まっているわ......と、毒づきながら、自身の右腕に息を吹きかける女性もいた。

 キョーカは彼女に笑いかけながら、先を急ぐ意思を伝えた。

 彼女の仮面も、微かに動いた。




 キョーカとウノが道を走っていると、これまたドスンという音が響く。

 しかしそれは、岩男のような怪物のドスンではなく、体重の重い人間がヒップドロップしたかのような、重厚で堂々たるドスンだった。

 彼らは、その音源の発信先を辿ることにした。


 小さな民家の壁に、大きな穴が空いていた。

 二人が求めた答えは、その奥の空間で説明されるはずだ。

 キョーカは迷わず、その穴に飛び込んでいった。

 ウノもそれに続く。少しばかりの暗闇と、激しいサウンドに身震いを感じながら。

 その穴の物語は、人間化したと思われる豚。それと、その豚に襲われている幼児が、助けを求めて泣きわめいているものだった。

 ウノより先に穴に飛び込んだキョーカは、そのまま豚に突っ込んでいった。

 そしてウノが穴を抜ける。

 肥大な身体を振り回す豚と、タイミングを計り、一撃を加えようとしているヒーローがいた。

 ウノはすかさず、豚に一撃を加えようと飛び込んだ。

 そこで、ウノは気づいたのだ。

 この豚は、普通の攻撃じゃ全くダメージが通らない、と。

 北斗の拳のハート様のように、自身の身体を利用し、打撃を受け流しているのだ。

 かといって「超炎撃呪術-Flame-」を詠唱するとなると、間違いなく、あの泣き叫ぶ幼児が炎を吹くだろう。

 ウノは悩んだ。それは、真っ向から豚と応戦するキョーカも、同じ心境だった。


「ウノ!30秒......いや、20秒!20秒で大逆転できる秘策がある!」

 キョーカは突然そう叫んだ。豚の猛攻を、両腕で受け止めながら、ウノに訴えていた。

「......だから、20秒耐えてくれって言うんでしょ?」

 キョーカは大きく頷いて、豚に一撃を加えてから、部屋の隅に逃げ込んだ。

 キョーカとウノの意思は、いつの間にか1つになっていた。

 幼児に攻撃が当たらぬよう、細心の注意を払いながら、ウノは豚に攻撃を開始した。

 豚はそれに応答し、期待通りの猛攻を見せてくれた。

 仮面の奥で滲む汗が、地面に滴り落ちていた。

 苦しそうに叫ぶ両腕を押さえつけながら、豚の打撃を全て受け止めた。

 それは、部屋の隅で待機している相棒に、この戦いの全てを託しているからであった。

 時間にして約20秒、しかし、ウノにとっては10秒ほどであった。

 それは彼女自身が、この戦いにとても緊迫していたからだ。

 そして、刹那のようで久遠の時間を終わらせる叫び声が聞こえた。

「キョーカチャージッッッ......完了だァ!!!!!!」

 部屋の隅から現れたヒーローが、勢いを止めることなく突っ込んだ。

「キョーカパーンチッッッ!!!!!!」

 溜められた正義が、豚の頭部を貫いた。

 固い何かが壊れる音と共に、この部屋を支配していた、ドスンという音も消え失せた。


「打撃が通らねぇなら......無理やり通せばいい。その打撃の威力を蓄える為の20秒...託してくれて、ありがとう。」

 彼がそうウノに告げた後、極度の疲労で息切れした彼女に、ボロボロの右手を差し伸べた。

 ボロボロの右手と、か細い右手は、そのまま繋がってほしいと願うほどに、輝かしかった。

「貴方......よく頑張ったわね。この狭い空間で、たった一人って......」

 ウノが救った小さな生命に、優しく声を掛ける。

 その生命は、キョーカとウノに礼を告げた後、二人と共に親を見つけることになった。

 小さな民家を出た先に、ボロボロの右手とか細い右手に挟まれた、それはとてもとても、小さな両手があった。


 住宅街を抜けた先にある教会、そこに幼児の両親はいた。

 確かにいた。しかし、風向きは向かい風だった。

 その教会で、怪物と思われし「十字架」が浮きながら、人々を攻撃しようとしていたのだ。

 幼児は思わず駆け出した。

 両親が危ない、そう直感したからだ。

 十字架は、そのか弱い命を見逃さなかった。

 すぐさま標的を、か弱き命に変えた。

 幼児は足を止めなかった。両親を守るために、勇気を振り絞っていた。

 十字架が幼児を照らす。

 辺りに赤い世界が広がっていた。


「残念、攻撃したのはウノちゃんでした。」

 幼児がいた場所に、ウノが立っていた。

 ウノは余裕そうにしていたが、彼女の身体には火傷が見受けられた。

 肝心の幼児はというと、キョーカの横に、ちょこんと座っていた。

 それを不服に思ったのか、十字架はまたしても幼児を照らそうとする。

「キョーカ!!」

 その叫び声が聞こえたかと思うと、キョーカは一瞬にして、夏空の宙へと浮いていた。

 キョーカも、自身の状態を一瞬で把握。

 目前の十字架を掴みながら、地上へと落下しようとした。

 しかし、十字架は俊敏かつ慎重であった。彼の腕を回避し、当のキョーカはそのまま落下。

 少し痛そうな動作をするも、自身の眼鏡をかけ直し、戦線復帰した。

 そして、その隙に幼児は、親元へと駆けることが出来たのだった。


「空間操作魔法-illsion-......初めて使ったけど、悪くないわね。」

 そう不敵に微笑む狐の仮面は、また十字架を見つめていた。

 まるで、暗黒の騎士のような立ち振る舞いの十字架。

 彼もまた、キョーカとウノを漆黒の使者と認識するのだろう。

 その時に、ウノは閃いたのだ。そして、キョーカに「名案」を話した。

 どうやら、一撃で十字架の暗黒を葬れる、本当の光に還せるらしいのだ。

 キョーカは、二つ返事で分かったと告げた。

 豚の件でウノに苦役を強いた、せめてもの恩返しだろうか。


 キョーカは、力を溜める動作を行った。これは「キョーカチャージ」であろうか。

 その間、ウノは駆けた。白馬のように速く、そして勇ましく。

 十字架は、力を溜めている眼鏡の彼に、眩いほどの炎の光線をぶつける。

 キョーカは耐えた。皮膚が爛れそうな気がしても、自身の力を溜めること、この仁義を努めた。

 ウノは、いつの間にか十字架の後ろに回り込み、教会の壁を使って飛び込む。

 十字架はそれを簡単に回避。

 ウノはやはり......と思いながらも、地に足を付け、自身に向けられた光線を軽々と回避。

「キョーカチャージ......完了!!!」

 正義のヒーローが現れた。彼は猛然と、十字架へ進撃した。

 ウノと同じように、教会の壁を利用したジャンプを行う。

 ウノよりも高い空を舞い、自身の拳を十字架にぶつけた。

 十字架はそれも回避。キョーカ達を嗤うような様子で、堂々と立っていた。

「-illusion-!!!!」

 先程までキョーカがいた場所に、もう一人のヒーローが現れていた。

 しかも彼女は、地上でジャンプを行っていた。

 空中で更に舞い上がる彼女に、十字架は尊敬するような様子で、ただ佇んでいた。

「その身体で詫びることね......-Flame-!!」

 炎が辺りを包んだ。キョーカも、その灼熱に狼狽えそうであった。

 しかし、辺りが静寂に包まれると共に、彼はウノに笑いかけていた。


 教会にいた人々は、何が起こったか分かっていない様子だったが、幼児は彼らを讃えてくれた。

「もうカーちゃんと離れるんじゃねーぜ。」

 キョーカが幼児の頭を撫で、そう呼びかけた後、彼らの姿はもう無かった。

 人々がまたしても困惑する中、牧師だけは神に祈っていた。

「どうか、悪霊共が浄化されますように......どうか、二人の迷える子羊に、力を貸して下さりますように......」


 キョーカとウノはその足で、学校へ向かっていた。

「学校から逃げ遅れた同級生が、もしかしたらいるかもしれないからな。優先順位が間違ってるとは思うが......」

「良いんじゃない?その優先順位のおかげで、助かった命があったんだから。」

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