キョーカマン~導かれし厨学生~

阿部狐

第1話

 この世界は暗黒に包まれた。

 そう、あの憎き怪物皇帝「ペペロンドラゴン」と、

 ペペロンドラゴンと共に、怪物達を率いたニンゲン「シルラ」によって。

 人間達は戸惑い、逃げ、そして苦しんだ。

 そして、怪物達の猛進を余所目に、今際の時を迎えようとしている老婆が呟いた。

 この世界は確かに暗黒に包まれた。

 だが、この暗黒を照らし、人類を救う者がいる。

 その救世主~メシア~の名前は、「キョーカマン」だ、と。

 老婆が息絶えた時、確かにキョーカマンが現れた。

 輝かしいマント。赤色のグローブ。そして、溢れ出る情熱。

 彼を取り巻く正義のオーラが、青空の雲までも散らした。

 そして、キョーカマンは宣言するのである。

 この暗黒を討ち取りし、世界の平和を取り戻すと。

 そう......この男こそ......




「俺さ!!!!!!!!」




 父母が仕事でいない自宅で、ただ一人自室で拳を掲げた少年がいた。

 彼の名は「キョーカ」。眼鏡をかけており、ヒーローに憧れた故にヒーロー系のTRPGを一人で行う、至って普通な中学2年生だ。

 いいや、言葉に語弊があったので前言撤回をさせて頂こう。

 キョーカ、彼は厨二病を患っている。


 彼は、一人TRPGはやるもんじゃねぇな、と呟き、部屋に置いてあった本棚から教科書を取り出した。

 時刻は8時11分。遅刻必須の時間にも関わらず、たった今彼はリビングの朝食に手を付けた。

 朝食を完食した後、玄関のドアに向かって

「1002、キョーカだ。」

 と、ドアのロック解除を行うような言動を行い、既に鍵が開いていたドアから彼は町へ繰り出した。


 彼の前に学校がある。丁度予鈴が鳴っていた。

 特に焦る表情を魅せぬ彼は、緊急ミッションのような動きで教室へ入った。

 秒針の針は8時21分。ギリギリ遅刻であるが、教師の姿は教室に無かった。

 彼が自身の席に着くと、隣の席の女子が彼の肩を叩いてきた。

「おはようキョーカ。」

「おう、おはよう!ウノザリー・コアエル!」

 キョーカの肩を叩いた彼女の名は「ウノ」。何故か狐のお面を身に着けて、外すことが無い。

 彼からは「ウノザリー・コアエル」と呼ばれている。そして......

「教師の姿が見えないわね......残業という堕天を嗤うことにより、脳が焔にでも焼かれたのかしら。」

 彼女もまた、厨二病であった。


 そして間もなく、大人の男が教室へと入ってくる。

 軍隊のように堂々としたその歩行は、生徒達を緊張させる。

 しかし、その男は教師という立ち振る舞いでは無かった。

 いわば不審者。全身を鋼の鎧で囲った、忌まわしき男だ。

 ウノはこの男を睨んだ。それは、教室へと入ってきた男が、ただの不審者では無いと考えたからだった。

「......不思議に思わないか?」

 謎の男(今後は謎の男で統一しよう)はそう呟く。

 キョーカ、ウノを含んだ生徒達は、その言葉の意味を必死で考えていた。

「俺がこの教室に入っても、不審者が潜入したという趣旨の放送が無いことを。そして、教師がこの教室に駆けつけないことを......」

 ほんの数秒のシンキングタイムであったが、生徒達は謎の男が言う通りの疑問を抱いていた。

 そして、その疑問はそれまた数秒後に解決した。

 謎の男は言った。「この学校を占領した」と。


 キョーカの胸に、ワクワクするものが生まれていた。

 それは、長年抱いていた「学校にテロリスト」が、現実で起こっているからであった。

 一方のウノは、何かを覚悟したかのような仕草を見せ、狐の仮面の奥で一人顔をしかめていた。

 太ももをつねりこれを現実だと喜ぶ少年と、拳を握りこれが現実だと戦慄する少女がいた。

 謎の男は続ける。街角で演説を行うように、彼は抑揚の満ちた声で言い放つ。

「この学校を占領したから、教師は来ないし助けも来ない。そして、この学校の占領をした理由だが......」

 彼はそこで一つ深呼吸をして、こう告げた。

「かの偉大なペペロンドラゴン様が、この学校を占領すると仰ったからだ。」

 キョーカは思わず顔をしかめていた。声は出さずとも、動揺を隠すことができなかったからだ。

 そして謎の男は、この学校を占領した理由についても話し始めた。

 幼稚園児に読み聞かせをするような、穏やかな声であった。

 しかし内容は、脳みそを7回シェイクしないと思わないような卑劣なものであった。

「貴様らをペペロンドラゴン様の奴隷として、連行させてもらおう。最低限の衣食住は保証する。

 職務内容は至って簡単だ。......逆らう場合は分かるな?」

 謎の男は腰の剣を取り出し、嘲笑的に、しかし真剣に、生徒達を連行しようとした。


 キョーカは、一歩を踏み出せずにいた。

 幾千回と繰り返し推敲したシナリオを、現実で行えないこと。それをただ悔やんだ。

 待て、と叫んで俺が飛び掛かる。たったそれだけなのに。

 彼は、震えて動かない足と、震えず静止した口を動かそうと必死だった。


「待ちなさい!」


 しかし、立ち上がったのはウノであった。妖美な狐の仮面の奥に、秘めた勇気を振り絞っていたのだ。

 彼女はただ、淡々と歩んだ。

 教卓へと歩き出す、震えずに堂々とした足。

 キョーカは口の中に、とても薄い塩味が広がるのを感じた。

 自身の非力さを嗤いながら、まだ震えていたのだ。

 そして、ウノは教卓の前へと辿り着く。

「この男が言っていることはきっと真実......事実、教師も助けに来てないから......」

 教卓の方を向いていた体を捻り、彼女は同級生に叫んだ。

「逃げなさい!!奴隷としてこき使わされたくなければ......その一歩を踏み出すのよ!教室という境界線を越えて、禍々しいガラス製の玄関をぶち破って......どこまでも......どこまでも!!逃げなさい!!!!」

 謎の男に負けぬ迫力で、彼女は叫んだ。

 同級生達はその声に動かされるように、次々と教室の外へ走り去っていった。


 学校の外にも生物兵器や俺の仲間はいるんだがな、と謎の男は独り言のように呟いた。

「......貴様一人で俺を止める気か?」

 謎の男がウノに問う。しかし、ウノはそれを否定する。

 そして、2つのことを告げた。

 止めるのではなく、倒すということ。

 私は一人ではないということ。

 彼女が後ろを振り返ると、ただ一人全身を震えさせながら、必死で教卓へ向かう少年がいた。

 キョーカであった。

 自身を犠牲にして同級生を逃げさせようとしたウノに、敬意を表そうとしていたのかもしれない。

 もしくは、ただ自分がヒーローになりたかったのかもしれない。

「俺は逃げねぇ......一緒にぶっ潰そう。ウノザリー・コアエル......!!」

 まだ声は震えていた。だが彼は今、本当のヒーローになろうとしていた。

 そして、その意思を彼女も受け取っていた。

「分かってるわよ......キョーカマン!!」

 キョーカマンという単語が発せられた瞬間、謎の男は驚いていた。

 そう......キョーカマンとは、本当のヒーローだったのだ。


  ......


 という妄想も虚しく、キョーカとウノは謎の男にボコボコにされた。

 血だらけの額を互いに見合わせ、手を合わせた。

 彼らは自身らが殺されると感じており、最後の別れをしようとしていたのだ。

 眼鏡の奥で細くなる瞳と、仮面の奥で涙を流す瞳があった。

 謎の男は、それを嗤いながら剣を振り下ろした。

 剣は空気を裂くような勢いで、二人の元へ飛び込んでいた。




 剣が止められていた。誰も、何が起こったか分かっていない。

 だが、確かに謎の男の剣は、空中で何かの影響で、その運動を静止していた。

 それを最初に理解したのは、キョーカだった。

 キョーカの右腕が、謎の男の剣を止めていたのだ。

 反射的といえばそうかもしれないが、確かに彼は右腕を伸ばした。

 そして、この先待ち受ける「死」という未来を、確かに捻じ曲げたのだ。

 彼は剣を奪い取り、教室の隅へと投げた。儚い金属音が響く。

 それを見たウノは、鼻で笑うような仕草を見せた後、右手から炎のようなものを取り出した。

 それを謎の男に直撃させる。

 謎の男は炎に包まれ、苦しんだ数秒後、断末魔と共に灰となって消え失せたのだった。


「俺は本当に......キョーカマンになっていたのか?」

 キョーカがそう自身に問う。自身に、剣を止めるほどの力が宿った記憶なぞ、どこにもないからだ。

 ウノはその独り言を聞き、窓の外から見える空を見上げるように告げた。

「貴方はかつて、ペペロンドラゴンとシルラという奴らを倒した後、普通の中学生になるといって、私に頼んで記憶を消したのよ。だから、貴方は既に[キョーカマンだった]ということ。記憶と共に力も消去されていたのかと思ったけど、どうやら感覚が戻ったようね。」

 ペペロンドラゴン......シルラ......それは、キョーカが行っていたTRPGの悪役であった。

 そして、ウノの記憶は存在したものの、平凡な世界でボケてしまって忘れかけていたということ。

「貴方の部屋に、TRPGの本があったでしょ。それ全部事実だから。後、私の[ウノザリー・コアエル]も、[キョーカマン]みたいなものだからね。」

 と、サラッと重要なことをウノは告げる。

 膝まであるスカートのポケットに手を入れながら、大きな溜息もついた。

 それは、この先起こる運命を案じていたからだと思われた。

 そう、キョーカマンとウノザリー・コアエル。この二人の復活は、世界の調和を意味している。

 二人が記憶と力を呼び戻した以上、学校、そしてこの町にもたらされた災害を、この手で止める運命がある。

 謎の男が言っていた「ペペロンドラゴン」も、復活して、この世界を蝕もうとしているのだろう。

 ならば、それを止める必要があるのだ。

 それは、キョーカとウノがヒーローだからである。

 それ以上の理由も、それ以下の理由もない。

 何かを決意したように、二人は学校の外へと繰り出していった。

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