アンズー編

2.こんにちは、運び屋「アクロス」です!







「こんにちは、運び屋『アクロス』です!」



そう言うと目の前の青年は鼻で嗤った。なんて奴だ。


ジメジメとした湿気にドデカい植物。そんな樹海のど真ん中、洞窟の奥深くにそのアジトはあった。剣聖と呼ばれた男、ヒルダの住む山の領地に踏み入れ早三日。そろそろ仕事をしないと期限切れでクライアントに怒られそうなので、なんとか中に通して貰いたいのだが。困った事に門番な彼、青年のジドは一向に中へ入れてくれないのである。


彼の主張はこうだった。運び屋はお前みたいな人間に務まるようなもんじゃ無い。そもアクロスはどんな奴らの塊か知ってるか嬢ちゃん。そう言った彼に首を傾げながら考える。あれ、嬢ちゃんて私のこと?

まぁ若く見られるに超したことは無いのでそれは流しておく事にしよう。日本人は童顔だ、なんて元の世界でも言われてたしね。仕方ない仕方ない。



「奴らは運び屋、つまり領土の横断屋だ。」

「うむ。」

「いいか、一昔前なら兎も角今はモンスターが出るんだぞ。大の大人でも横断するなんて珍しいこの時代、それがどれだけ難易度高い事か分かってんのか?」

「うむうむ、主張は良ーく分かる。」

「うそつけ流すな!」

「流してないですー。というかジドさんてば、何故に私がアクロスだって信じてくれないし。」

「運び屋の連中は腕に全員紋章を持ってるからだ。そして、奴らに憧れた崖下街の子供がたまにそういう遊びをしに来るからだ!ここは遊び場じゃねえって何度言えば!!」

「うわぁ、苦労してんだね。」

「うるせぇ!俺は本物の紋章の形も把握済みだ!そんなに言うならさぁ見せてみろ!」



半眼になりながらドンマイというと、それまでのストレスを吐き出すかのようにそんな事を言われてしまってさあ大変だ。巷の噂で我らがアクロスごっこが流行っているとは聞いていたものの、此処でそんな障害になるだなんて想定外中の想定外である。

仕方ないのでえ、知らないの?アクロス率いる筆頭ルネート・ロンダリアは紋章無いんだよ??なんて白々しく言えば、目の前の青年は眉間にきゅっと皺を寄せて黙り込んでしまった。その表情はまるで初めて会った時の様。

少しの警戒と困惑を混ぜながら、ジドはじっくりと此方を観察している。ので、まぁ取り敢えずにへらと笑いながら手を振ってみた。おや、ため息吐かれたぞなんでだってばよ。



「つまり、なんだ。お前がそのルネートだって言いてぇのか?ん?大きく出たなぁ。」



いかん。完全に舐められている。


だがしかし存外信じていない癖にノリの良い彼からそうか、そうか。なんてぐしゃぐしゃ頭を撫でられてしまえば突っ込む気は失せた。まったく髪が乱れるよお兄さん。つか私何歳ぐらいに見られてるんだ、なんて複雑な思いを抱えながらも満更では無い。

なんだかんだ言いつつ構ってくれるのはこの山の領地では良心的な方とみて間違いは無い筈だ。ヒルダさんに爪の垢でも飲ませたい位だなぁとか思考に耽っていたら、何やらとても暖かな目で見られたのでちょっと罪悪感に駆られてしまったのはご愛敬。個人的には彼があの鬼畜野郎の部下、だなんて未だに信じられないのが本音だったりするけれど。


この筋肉質な見た目とは裏腹にお人好しな彼と出会ったのは僅か二日前の事。警戒心バリバリなあちらさんに声かけたのは勿論私からだった。

こんにちは、運び屋アクロスです!なんていうお決まりの台詞と共に突撃し、門前払い食らったのは今や苦い思い出だ。なんやかんやで出直してる内にある程度は害が無いと判断されたものの、未だに私を運び屋だとは認めてくれない。あ、因みに話してる間も隙は無い。良い人だからこそ暴力染みた強行突破もできないし、さてはて如何してくれようか。


此方も随分絆されてしまったものである、なんて適当な理由をつけて止まっている私も私だが、案外彼の側は居心地が良くて息がしやすかった。いや、でも流石にそろそろ問題かなぁ。速達ご希望なのに此処で足止め。何度も言うけどこの領地に踏み入って早三日目なのでした。やばいわ色んな意味で殺されそう。



「ヒルダさんから頼まれたんだ。あの人気まぐれに住居変えるから見つけるの苦労したんだよ。」

「お前が長と?物資の提供か、出してみろ。」

「いんや情報。だから証明できないの。信じてくれた?」

「ばーか。」

「ぐ。というかもう面倒だから直接領主に聞いて来てよ!」

「あのなぁ、そんなの聞くまでもねぇっつの!てか俺が離れたら誰が守るんだよ此処。お前一応不審者だからな?」

「酷い、三度目の正直って言うじゃんかぁ!お願い通してお兄様!!」

「うっせぇ!てめぇの兄貴になった覚えはねぇこのちんちくりん!!」

「ち、ちんちく、!?」



きゃんきゃん言い合うものの、一向に話が進まない。ヒルダさんたらほんと頼むから新人さんにきちんと言っといてよね、なんて内心悪態を尽きつつ、よよよと悲劇のヒロインチックに泣き真似したら軽く頭を叩かれた。いたい。

でもまぁ、今までは門番なんて居なかったもんで完全に油断していたが、本来此処は剣聖と言う名の土地の領主が住まう隠れ家である。これが普通、そして今までが異常。そう考えたら対策を練っとかなかった自分も悪いと今更ながらに気付いてしまったが、いやいやしかし。別に私悪くなぁいもん。ヒルダさんが悪いんだもん。こういうのは認めたら負けだって知ってるんだからな!



「、!」

「ん?どうしたのジドさん。」

「ちょっと黙ってな。」



そのまま頬を抓られたので此方も負けじと抓り返していれば、急に辺りの空気が変わって彼の顔付きが変わった様だ。仕方がないので入り口方面をジッと見つめる門番の頬を離してやる。

微かに聞こえる足音は間違いなく新たな来訪者を示すものだった。音の感覚からして恐らく大人。しかも男。ふと思い立ちジドさんの方を見れば本格的に仕事顔になっていてビックリである。

これでも私には結構心砕いてくれてたんだなぁなんてしみじみ思いながらも、ここは雰囲気を読んで黙っておいた。ついでにこっそり門を抜けようとしたら首根っこ掴まれたので身動きが取れない。はいはいすいませんでした。どこに目があるのよ背後だぞ。


そんなこんなで暗闇の中から男がふらりとやってくる。姿を見ればフードを深くかぶって表情が読み取れない。腕には我がアクロスの印と酷似している紋章があり、ピリピリとした空気の中男は宣う。ジドさんは当然、目を細めながらも殺気立った。



「アクロスだ。通してもらいたい。」

「へぇ、証拠は?」

「ここに。」



腕の紋章を見せびらかした後、男はコインを2つ、投げてきた。この山の領土と対立する海の領土、そして中立を保つ空の領土に存在する裏町だけの貨幣。そんなものあまり持ち歩く人間はいないもので、私もジドさんも驚きを隠せない。しかし、なるほど横断屋かと。そう呟いたジドさんに内心舌打ちした。

私達からすれば身近な金銭が故に加工もしやすいし、手にも入れやすいと考えて通行手形の様な身分証明にはしなかったのだが。今回はそれが仇となった。あまり領土の横断をしない、所謂一般に近い人間にはそれで信用するに十分だった様だ。


案の定ジドさんはいいだろうと納得し、最後に1つ男へ問いかける。門番が背中にある大きな剣から手を離したのを見て、男の口元が一瞬にやりと形を変えた様な気がした。



「お前、名は?」

「ルネート・ロンダリア。」

「へぇ、筆頭か。初めてみるな。」

「ヒルダ直々の御用達だ。物資ではないが故に本人へ直接渡したい。通るぞ。」

「はぁん、なるほど。いいぜ、確かに長から聞いている。通ってよし。」



絶句する。偽物アクロスがルネートを名乗った事も1つだが、今のジドさんの発言がちょっと信じられない。どう言う事だ!長から聞いてるだと!?私のこの三日間は一体何だったんだ!!


しかし異議あり!!!と叫びそうになった口を黙らせたのは、間違いなく自分自身だった。まてよ?この偽物はヒルダさんに用があるみたいだし、このまま会わせてみたら何か面白い事が起こるのでは??

ちょっとばかしウズウズするのは紛れもない好奇心の所為である。あのヒルダさんが私ではないルネートを見て慌てる姿。あ、だめだ想像できない上にこのままでは偽物の命が危ない。助けてやる義理はないが夢見も悪いし止めてやらねば。



「ってもう居ないし!ちょっとジドさんあれ偽物!!私がルネート!!」

「はぁ?何だそりゃ。さっきの続きか?えー、物資で無く情報ね、はいはい。」

「ちっがーう!なんか飯事みたいに言うのやめー!!」

「はぁ、お前面倒くせぇなぁ。」

「それはこっちの台詞じゃこのお仕事できない系人間め!逆に何でそんな簡単に向こうの言うこと信じてんの!?」

「そりゃお前、長から聞いてるからだよ。数日の内にアクロスが来るから俺の所直通で通せって。」

「おいまて私は!?」

「いやだってなぁ、お前ごっこ遊びが好きな崖下町のお嬢ちゃんだろ?流石に分かるって。」

「わかってねええええ!!!」



瞬間ドッカーンっと内部からの轟音が洞窟内に響き渡った。それ見たことか!と吐き出して、私は未だに吃驚し過ぎて固まっているジドさんの手首を引っ張りながらも走り出す。次からは相手の特徴くらい聞いといてよねバーーーカ!!!なんて罵倒に門番はやっと己の失態を理解した様だった。



『いいか、香奈。今日からお前はルネート・ロンダリアと名乗れ。』



走っている内に数人の知人とすれ違い、懐かしい記憶が呼び起こされる。私の名。わたしのはじまり。全ては生き残る為、帰るべき元の世界への道を探す為に運び屋アクロスは生まれたのだ。

警告音が鳴り響く中、私はゆっくりと嗤ってその扉を開け放つ。中にいる偽名の名付け親は果たしてどんな顔をしているのか、そんなのはもう分かりきった事だった。


不機嫌な顔はまるで初めて出会った時の様。ジドの時と同じフレーズを使って笑い飛ばしても、残念ながら彼の表情は変らない。だから仕方なく、私はお決まりの台詞を口にした。こんにちは、運び屋アクロスです!



「そしてお久しぶりですヒルダ師匠!」



勿論そんな言葉の後。満天の笑みを浮かべる私とは裏腹に、門番が青い顔をして此方を凝視して来た事は言うまでも無い。




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