5-11

 タクミに加勢するべく7階層を突破したドミニクは8階層へと繋がる階段に到達した。


「…………まさか、この先ですか?」


 階段の先では物音と振動が響いている。

 迷うことなく階段を降り、8階層へと転がり出る。


 相手は斧を持ったミノタウロス。充分な警戒をしながら階段下からその先の部屋に忍び込む。

 その時だった。突如、視界の先で強い光が弾ける。

 舞い上がり、勢いを増す砂ぼこりに、両腕で顔を守りながら抵抗する。


「…………あれ、は」


 砂ぼこりが晴れ、ミノタウロスが膝を地面に着く光景を目にする。

 その傍らに立つのは血を流すタクミ。

 彼の手には眩く光る剣が握られていた。


「すげぇ…………」


 タクミが光る刀身を見上げて声をこぼした。



「タクミ!」


 ドミニクが叫ぶと、タクミはドミニクの存在に気づき、軽く片手を上げた。


「あ、ドミニクさん」


 外見は無事どころではない。

 左腕に巻かれた包帯には血が滲み、両足はひどく歪んでいる。頭から血を流し、着ている服もボロボロでいくつも青あざをつくっている。

 青く腫れた肌と血で赤く汚れた肌が痛々しさを物語っている。


 それでも、タクミは陽気に笑ってみせた。

 命を賭けた戦闘の直後だというのに。



 それがどこか嬉しくもあり、歪だとドミニクは思ってしまった。



「…………手当をするので、そこに座ってください!」


 ドミニクは急いでタクミに駆け寄り、知識を頼りに応急処置を行った。






 ♦♦♦



 命がけの戦闘だった。

 勝てたのは偶然だ。この凄い剣を偶然見つけ、手にしたから勝つことができ、今こうして呼吸を繰り返すことができている。


 ドミニクさんの丁寧な応急処置を受け、俺は迷宮の天井を見上げながら生きていることを確かめるように、ただ呼吸を繰り返した。


 ここの空気は美味しいとは言えない。

 それでも、命を賭けて勝利した後の安心感たるや。


 この呼吸の一回一回が凄く特別なものに感じた。


「…………その剣は、一体何なのですか?」


「それが、この隣の部屋で見つけたんです」


 ドミニクさんの質問に答えて、剣を見せると、ドミニクさんは考え込むように顔を傾けた。


「神殿に眠る不思議な剣、ですか。すこし、借りてもいいですか?」


「いいですよ」


 剣を手渡すと、ドミニクさんは剣を観察した。

 刃先から柄頭まで時間をかけてじっくりと確認し、


「光り輝く鉱石の剣。不思議なものですね」


 ドミニクさんから剣を返され、それを受け取る。


「すこし、隣の部屋を確認してきます」


「分かりました」

 そう答えると、ドミニクさんは一人で隣の部屋の中に消えていった。

 数分待っていると、ドミニクさんは戻ってきた。


「他に珍しいものは見当たらなかったですね。そんな剣がどうしてこの神殿に、しかもこの8階層の部屋にあったのかも不明です」


「そうですか」


「はい。他には簡素なベッドと机。その引き出しの中に塗料が滲んだ、たくさんの紙があっただけですので」


「その紙には何か書かれていたんですかね?」


「もとは書かれていたようですが、随分と古いもののようです。既に文字が霞んでいて、読み取ることは出来ませんでした。一応、何枚か持ってきたので地上に戻ったら詳しく調べるとしましょう」


 ドミニクさんの意見に賛成する。

 まだ怪物が潜んでいるかもしれないこの迷宮に長居することは危険だ。


「…………そうですね。この下が9階層。そして、その下が10階層」


「そうですね。私はアンジェリカ様達を呼んできます。タクミはここで安静にしていてください」


 素直にその言葉に従い、ドミニクさんが戻って来るのを待つ。


 体中が痛みで悲鳴を上げている。

 この剣を見つけることができたのは本当に幸運だ。


 この剣が無かったら、俺は今頃…………。


 想像して、身体が震える。

 自分が死ぬところなんて簡単に想像すべきじゃない。俺はただでさえ、一度死んでいるのだから。




 暫くすると、人の気配があった。

 どうやらアンジェリカたちが来たようだ。


 俺は四肢に力を入れて立ち上がり、虹色に輝く剣を持った。

 鋼の剣よりも重い、鉱石でできた剣は手になじまない。



 この剣が何でここにあったのかはわからない。

 この剣が元は誰のものだったのかもわからない。



「…………この剣を借りていきます」


 それでも、自分の目的を果たすためにこの剣が必要だと感じた。だから、ポツリとその言葉を呟いて、ぎゅっと剣の柄を握り締めた。











「タクミ! 無事だったのね!」


 興奮気味に近寄って来るアンジェリカ。


「あのミノタウロスをひとりでやっつけたんだって!? すげーじゃねえか」


 ルイーズが槍斧を肩に担いで、きらきらと目を輝かせている。


「偶々だって。この剣が無かったらやられていたし」


 そうして、事のあらましをみんなに話す。

 アルドニスとローズさんと再会を喜び合い、暫く休憩を取ることになった。



「いよいよこの下が地下9階ね」


「ええ。気を引き締めていきましょう」


 傷の手当と体力の回復、水分補給と必要最低限の休息を終え、祭壇部屋の奥にある階段の前で息を整える。


「…………、この階段!」


「タクミも気付きましたか」


 漏れた声に、ドミニクさんが反応する。


「ん、どういうことだ?」


「この階段は今まで下ってきた階段とは造りが違います」


 今までは石でつくられた階段だったのに対し、今回の階段は木の根っこが何層にも積み重なったような造りになっていた。



「本当ね」

「それがどうかしたのか?」


「いえ、気になっただけです。特に問題はなさそうなので私から降りますね」


 そう言ってドミニクさんを先頭にして階段を下りる。木でつくられた階段は想像よりも堅く崩れることはなかった。


 階段の中は広いが、四方を木の壁で覆われているせいか、閉塞感を感じた。



「着きました。…………これは!」

 先頭のドミニクさんが声を上げた。それに続いて9階層へと降りる。

 階段の出口を通過して…………。



 それは一面、樹木に覆われた空間だった。


「おいおい、マジかよ!」

 アルドニスの声に、後ろを振り返る。


「な…………!」

 あまりの光景に、目を剥き開いた口が塞がらなかった。



「俺たち、バカでかい木の中を下りてきたのかよ!?」


 アルドニスの言葉通り、後ろには天井を貫くほど高い木がそびえ立っている。

 つまり、木で造られた階段ではなく、木の内部に造られた階段だったのだ。



「こ、こんなの人が造れるモノなの?」


「…………、違う。これは明らかに人の手によるものじゃない」


 だとしたら、この階段は一体なにが造ったのか。

 恐らくは、この先に居るであろう怪物のヴァーテクスだ。





「おい、こっちに来てくれ!」


 ルイーズの叫び声に現実に引き戻される。彼女は部屋の隅にある隣の部屋に続く通路の先でこちらを振り向いていた。


 木の階段は部屋の中央に立っていて、その部屋は円形になっていた。東西南北に隣の部屋へと続く通路が設けられ、その内のひとつの入り口でルイーズが俺たちを待っている状況だった。


「行ってみましょう」

 アンジェリカが走り出し、みんながそれに続く。

 通路を抜け、その先の部屋へと侵入する。



「う…………」

 息を漏らしたのはローズさんだろうか。

 それほどまでに、その部屋は異質なものだった。

 床は木で造られているが、異質なのは壁と天井だ。ピンク色のブヨブヨとしたものが壁と天井にこびりつき、その中を黒い影が動いている。


「な、なんだょ。これぇ」


 ブヨブヨとしたピンク色はひとつひとつが人間サイズ超といったところだ。それが部屋中に何個もこびりついている。間を開けないように。それもランダムに配置されている。

 更に、鼓動のようなものを刻んでいた。


「気持ち悪すぎだろ」


「まさか、ここって」

「…………おそらく、怪物が誕生する場所ですね」


 ドミニクさんが冷静にアンジェリカの疑問に答えた。


「なんか見てるだけで鳥肌が立ってきたわ」


 ローズさんが両腕を擦りながら部屋の出口へと後ずさる。


「うげ、気持ち悪。…………他の部屋も確認してくるぜ」

 アルドニスが他の部屋へと向かう。



「つまり、これは怪物の卵ってことだろ? 今のうちに潰しておいた方がよくないか?」


 ルイーズがドミニクさんに問う。すると、ドミニクさんは険しい顔で頭を横に振った。


「やめた方がいいでしょう。変に刺激して怪物が生まれるよりは無視するのが最善だと思います」

「私もドミニクと同意見よ」


 アンジェリカがドミニクさんに賛同すると、ルイーズは大人しくそれに従った。


「おい、こっちにいちばんデカいブヨブヨがあるぞ!」


 アルドニスの声に、渋々とその部屋に向かう。

 彼の言葉通り、その部屋にはかなり巨大な卵があった。

 見た目、8メートルはある。



「こ、こんな怪物、見たことねぇぞ」


「あ、あれじゃないか? 電気ウナギ」


「いや、中の黒い影は人型だぞ」


 ピンク色のブヨブヨの中に浮かぶ黒い影は確かに、人の形をしているようにも見える。しかも、赤子のように膝を抱えるような姿勢だ。


「こ、これは潰した方がいいだろ」


「お、落ち着いてください。今こいつが生まれてきたら、それこそ最悪な展開ですよ?」


「だからそうなる前に殺すんだろ」


「無理無理無理よ!? こんな大きな怪物、気持ち悪いわ。早く次の階へ向かいましょうよ」


「やるなら俺がやるぞ!」

 アルドニスが槍を握り締める。

 見たことも聞いたこともない怪物を前に皆パニックに陥っている。


「アルドニス、ルイーズ、待て!」


「なんだよ。こいつは流石に殺した方がいいだろ!」


「怪物の生命力をなめない方がいい。一撃で殺せなかった場合、ドミニクさんの言う通り最悪の展開になる」


「じゃあ、どうしろって言うんだよ」


「…………ここは無視でいこう。俺の故郷にこんな言葉があるくらいだからな。触らぬ神に祟りなし、って」



「そうね。私もその方がいいと思うわ」



「アンジェリカ様がそう言うならわかりました」


 アルドニスとルイーズが矛を収める。


「ところでタクミ、カミってなんだ?」


「あー…………この世界で言うヴァーテクス様みたいなものだ。って言っても俺の故郷じゃその存在も半信半疑で見ることも感じることもできないけどな」




「それじゃあ、下の階へ向かいましょう」


 アンジェリカがそう切り出し、歩き出す。下の階へ続く階段は直ぐに見つかった。中央の部屋に隣接する4つの廊下の内、ひとつが階段のある部屋に繋がっていたのだ。


「…………この先に、いるんだな」


 怪物のヴァーテクス。テラシア・テオス。


 怪物を生み出した元凶がこの先に居ると思うと、少しだけ不安だった。

 それでも、意を決して進みだす。


 階段はさっき下ってきたものと同じ木の階段だった。



 そうして、俺たちは地下10階へと到達した。




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