第9話 自棄


 4月9日0:10

 15時頃から日を跨ぐまで眠っていた俺は、空腹とトイレに行きたくて目が覚めた。


(あー、この時間じゃコンビニくらいか…まぁそんなに腹減ってないし、もう少ししてからでいいや。その前にトイレトイレ…)


 寝る前にトイレに行っていなかった俺は、既に決壊寸前だったので、急いでトイレに入った。


 便座に落ち着いて横を見れば、シャワーがある。


(そういえばシャワーの使い方調べてねぇや、出たら調べて軽く浴びるか。)


 用を済ませた俺は、シャワーカーテン、ユニットバスでの湿気などを調べた。


(カーテンの使い方は分かったけど、湿気対策はホテル暮らしじゃ厳しいな…。このホテルは新しめだし、そこは考えて作られてると信じるしか無いな。)


 一通り調べ終わったので、早速初めてのユニットバスを体験した。


(ふぅー、2日振りのシャワーは最高や。サッパリしたなー。)


 シャワーから出ると、コンビニに行ったのに飲み物を買ってきていないことに気付いた。


(あー、やっぱり疲れてたんだなぁ…充電器にしか目がいってなかったわ…)


 喉が渇いたわけでもないし、まだいいやと先送りにして椅子に腰掛けた。


(目ぇ覚めたし、寝過ぎてもう寝られんねぇかな…。眠くなるまで情報収集するか。)


 髪が乾くまでは椅子で、乾いてからはベッドに寝転がって、SNSとニュースサイトで情報を集めた。


(おーおー、またマスコミ様は連日報道してますねぇ。無罪の人間をよーそんなに叩けるもんだわ。顔まで出しやがって…。逆にこっちから名誉毀損で訴えてやろうか?)


(でも思ってたよりもSNSは冷静だな。ドラレコ映像とかが出回ってるから?)


 ニュースでは毎日のように報道されているようだが、SNSではもう騒がれることも無く、トレンドにも入らず、たまに追加で新しくドラレコ映像を投稿する人がいるくらいだ。


(このコメンテーター覚えたからな…。何か不祥事起こしたら叩きまくってやる。)


 ぶっちゃけ俺はもう自暴自棄になっている。


 普通に考えて、大学中退は復学して卒業すればまだなんとかなる。

 中退して1年派遣で働いていたのも、そこまで問題は無いだろう。学費を自分で稼いで偉いねとまで言われるかもしれない。


 だけど、トラックで死亡事故。無罪になったとはいえ、これはどう考えてもマズい。人生終了お先真っ暗でしょ。


 刑務所までいってないことが唯一の救いだけど、名前がそのままじゃあ大した差は無い。


(顔写真は高校の頃のだったし、顔つきも多少変わってるけど、よく見れば普通に気付かれそうだよな…)


(あーあ、なんでこんなことになったのかねー。そりゃあのまま赤字が続いて、店売ったり、家売ったりするのもヤバかったけど、更に悪い方に転がってんだよなぁ…。)


「はぁー、ほんまクソ。ざっけんなやボケ。」


 そう毒突いて、不貞寝した。


 ***


 4月9日08:20

 寝すぎで寝れないかもと思っていた割にすんなり眠れたが、やはりイライラはそこまで収まらず、寝起きから気分が悪かった。


(あー、ムカつく。…腹減ったし何か買いに行くか…。)


(いちいち外出るのめんどいな…。この際日持ちする物買い込んでおくか。)


 外用のジャージを着て、コンビニに向かった。


 ***


 4月9日8:50

 コンビニよりもドラッグストアの方が安いことに気付いて、そちらで大量のエネルギーバーとゼリー飲料、飲み物を買い込んだ。


(合計7000円分か…こんだけあれば足りるっしょ。)


(しっかし、昨日は外食しまくる気でいたけど、もう全然行く気しねぇわ。)


 テンションが下がったというより、気力が下がっている感じがする。自分で分かるほどだけど、それでも全くやる気が出ない。


(ま、別にいいか。どうせこれからしばらく待つだけなんだし、誰に迷惑がかかる訳でもねぇし。)


 大豆のエネルギーバーをゼリー飲料で流し込むように食べて、食事を済ませた。


(ゲームもやる気おきねぇし、通知を電話以外全部切って…。寝るか〜。)


 着信に気づけるようにだけして、まだ眠くもないのに眠りについた。


 *****


 4月11日08:40

 ダラダラとベッドとトイレの往復だけの怠惰な生活をしていたら、警察から電話がかかってきた。


『西木さん、お相手の木村さんの告別式は12日の17時からで、そのあと火葬らしいですよ。』


 電話をかけてきた人は聞き覚えのない声で、恐らく署長さんの代わりとかそんなもんだろう。


「告別式?通夜はやらないんですか?」


『通夜は身内だけでやるらしいです。感染拡大防止のためだそうですけど、まぁ実際はマスコミが来るからでしょう。』


「それで、告別式に出ろって話ですか?」


『いいえ、本来なら出た方が良いのですが、学生や学校関係者が出席することになるのと、今回はマスコミが構えているので無理に行く必要はありません。マスコミは騒ぐかもしれませんが…。西木さんは刑事だと無罪なので、ただお伝えしただけです。強制するものでもありませんし、義務もありません。』


「なるほど、わざわざご連絡ありがとうございます。それでは失礼致します。」


 通話を切ってから気付いたが、今の通話相手は知らない名前を出していた。


(相手の木村さん?ニュースでも俺の名前ばっかりで向こうの名前は無かったけど…。)


 SNSの検索機能で木村と入力してみると、

 木村理玖

 木村理玖 毒親伝説

 木村 事故

 の3つが予測に出てきた。


(うーん、これは本人か?木村…りく?事故ってやつを見れば分かるか?)


 [木村 事故]で検索すると、どうやら高校の同級生やら後輩やらが、投稿しているようだ。


 鍵を付けてないアカウントを覗けば、受験のこと、指定校推薦のことを呟いているので、2年か3年だろう。


(鍵垢と話してるやつも呼び捨てか先輩呼びだし…2年の確率もあるけど、多分3年だろ。4月2日から8日までの間に誕生日だったって確率はめちゃくちゃ低いし。)


(木村理玖、17歳の高校2か3年か…楽しい盛りで可哀想だけど、あの事故は俺のせいじゃねぇからな。)


 俺はもう開き直ることにした。あのハンドルは勝手に動いたし、バラせないのもおかしい。


(もうこれはいいや。情報を出してくれてるのはありがたい。)


 次は、[木村理玖 毒親伝説]を調べてみることにした。


(あー、これはモンペを越えるレベルの毒親ですわ。過保護とかそういうレベルなん?マジで伝説級で怖すぎ…。)


 同級生?曰く

・学校、学年行事についてくるなんてのは当たり前で、入学当初に学校側に同伴を断られて、校長に直談判。学校側が折れた。

・毎日弁当を持たせていて、そこまでは問題無かったが、友達とおかずを交換したと聞いて、相手の家に乗り込んで親とその友達に謝罪させた。当然ボッチに。

・実家が金持ちで、乗ってる車は国産の1000万円クラスの高級車を白黒2台持ち。

・…etc.etc.


(怖い怖いよ、なんなんこの人?民事にはならないとか言ってたけど、無理でしょ。勝てる勝てないとかじゃなくて、絶対訴えてくるよ…)

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