第5話 釈放
署長さんから一通りの説明を受けて、納得した俺は一旦、ホテルに籠ってほとぼりが冷めるのを待つことに決めた。
話し終えて満足した様子の署長さんは、
「では、取り調べという体のご相談は終了ということでよろしいかな?何か聞いておきたいことはもう無いか?」と最後の質問タイムを設けてくれた。
(うーん、釈放の理由も聞けたし、民事に訴えられた時の注意事項も教えてもらったし…。あ、弁護士はどうなるんだろう?)
「では、最後に1つだけ、弁護士はどうなるんでしょう?朝食前にお願いしていたんですが
…」
すると取り調べ室に連れてきた俺を番号呼びした方の警察官が、「それについてはキャンセルしてあります。民事になるとしても、かなり先の話ですし、また別の人に頼んだ方がよろしいかと。」と割り込んできた。
いきなりだったので少し驚いたが、
「そうですか、ありがとうございます。また必要になった時に頼むことにします。」となんとか返事を返した。
「よし、では今回の聴取は終了とする。西木さんは、12時の検察の発表と同時に釈放されるので、着替えと預けた物をまとめて12時まで署内で待機しておいて欲しい。」と腕時計を見ながら、一息で指示をして部屋を出て行った。
(うわぁ、取り調べ中と全然人が違うよ、自分で言ってたけどせっかちなんだな…)
スタスタ出て行った署長さんを見送ると、
「西木さん、では私物を返却しますので付いてきて下さい。」と番号呼びの人から声を掛けられた。
「分かりました。」と返事をしてその後ろを付いていく。
(無罪で釈放だから番号呼びは終わりってことかな?)と名前呼びになった理由を呑気に考えながら保管場所まで歩いた。
***
紺の作業着に着替えながら、スマホのチェックをする。時刻は11:10で、家族と友人達からの心配するメッセージと落ち着いたら近況を教えて欲しいという連絡が入っていた。
家族からの連絡には12時に検察から不起訴の発表があって、釈放されることを送っておいた。
友人達からの連絡には一応釈放の話は流すのはマズいかなと思ったので、未読でスルーしておいた。
私物を返却してもらってからは、しばらく泊まることになるホテルを調べていた。値段が高すぎるとすぐに資金が尽きるし、値段が安すぎても居場所をリークされそうなので、慎重に選ぶ必要がある。
ホテルで着るための服と下着も少し用意しないといけないしで、考えることが結構多かった。
結局は、全国にある素泊まり4500円のビジネスホテルに決めて、(従業員の質
そんなことを考えている内に、11:50になっていた。
(予約まで出来なかったけど、入れるよな?流し見だから一瞬だったけど空室ありってなってたし。)
スマホを上着ポケットに入れ、正面玄関の方に移動してみると、遠目に報道陣が団子になって構えている。
ただその手前、玄関ドアのすぐ前にタクシーが1台停まっていた。
報道陣とタクシーを隠れながらチラチラ見ていると、後ろから声を掛けられた。
「西木君、あのタクシーは君をホテルまで送るために手配したんだ。」
振り返ると、やっぱり軍人っぽいマッチョな署長さんが立っていた。
「そうなんですか、無罪だからてっきりこのまま放り出されるのかと思ってました。」(犯罪者じゃなくて一般人になったし、公費はあんまり掛けちゃいけないんじゃないのかな?)
すると少しムッとした顔で署長さんが、
「いや、事故現場から連行しておいて、やっぱり無罪だったから勝手に帰れなんて、ダサいし、
(ダサいって…この人何のドラマに影響されたんだろう?)
少し…かなり失礼なことを考えながら、署長さんを見ていると、
「本来こういうケースはご自宅まで職員の車でお送りするんだが…、今回は事情があるのでタクシーになるのが申し訳ない。」と頭を下げられた。
これには慌てて、
「署長さん⁉︎そんな頭なんて下げなくて大丈夫です!色々と寄りたいところもありますし、これで頼みやすくなりました!」なんて少しズレたことを言ってしまったが、
頭を上げた署長さんは、
「そうか…?そうだな、確かに西木君は気を遣って、言い出さない感じがするな」と微妙な納得の仕方をされた。
「それはそれとして、そのタクシーはタクシーチケットを渡してあるから、ホテルに着くまで好きなだけ乗ってくれ。それと今後は会社、保険会社、向こうの弁護士とかからも連絡が来るだろうからしっかりな。」と連絡を密に取る様に注意された。
「はい、色々と教えていただいてありがとうございました!短い間でしたがお世話になりました!」と頭を下げながらお礼を言うと、
「もう留置場は懲りただろう、2度と警察の世話になるんじゃないぞ。ほら、もう12時を回っているから乗った乗った!」
と俺の背中をタクシーの方にぐいぐい押してきた。
抵抗せずに押されていれば、正面玄関の自動ドアが開いて、報道陣がこちらに注目したのが遠目に見えた。
それを無視するように手慣れた手付きで、タクシーに詰め込まれ、窓越しにキメ顔を見せつけると、報道陣の方に歩いていった。
ドライバーさんと2人で困惑していると、どうやら道を塞いでいた報道陣を退かしてくれているらしい。
さっさと脱出した方がいいと考えた俺は、
「ファッションサイド町山までお願いします。」と車をだしてもらった。
タクシーが出口に近づくと、一斉にフラッシュが焚かれて、目がチカチカする。
署長が近づいてきてドア横に陣取ると、いい絵を撮られないようにか、覆い被さるようにして、写真の妨害をしてくれた。
出口を過ぎて左折する時に、見えていないかもしれないけど、改めてペコペコと頭を下げた。
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