第4話 民事訴訟の場合


 マスコミの今後の動きがどうなるか、推測を交えながら教えてくれた署長さんは、

「それで、どうしますか?オススメはどこかのホテルでマスコミが消えるまで待つのが1番ですな。」とホテルでほとぼりが冷めるのを待つことを提案した。


(家に帰ってゆっくりしたかったけど、帰っても誰も居ないみたいだし、しばらくはホテルに隠れるか…)と考えたところで、

(そういえば、話が脱線してるけど民事になると負けるかもみたいなことを言ってなかったか?)

 と思い出した。


 一応確認しておいた方がいいと思ったので、もう一度話を戻してもらうことにした。


「家に帰っても誰もいないようですし、ホテルで暮らすことにします。少し前の話に戻りますけど民事だと負けるかもしれないというのはどうしてなんですか?そりゃ遺族側からしたら、オカルト的だろうと関係無いんでしょうけど、警察と検察は無罪だと認めるんですよね?」と改めて確認した。


 すると署長さんは、思い出したような顔をした後、少し顔をしかめながらこう語った。

「刑事裁判と民事裁判の違いは、訴える側が全く違うことでしてね、刑事事件の場合は検察だけが訴えることになるんです。検察が不起訴にしたら裁判もしないので無罪が確定します。ドラマとかでもよく無罪を勝ち取るのは難しいって言われてますけど、そりゃ証拠を集めて、確実に勝てる勝ち戦しかしないだけです。検察でも確実ではないと考えたら証拠不十分って形で不起訴になるんですよ。」と刑事事件の場合の裁判について教えてくれた。


「刑事事件はこんな感じなんですが、民事は厄介でね、誰でも訴えることが出来るので、勝ち負けを断言出来ないんですよ…。刑事は起訴されたらほぼ100%負けますけど、民事だと勝訴率は約80%なので20%くらいで勝てることになります。」


「それと今回の事件は、不可解な点はあれど、一応は死亡事故の扱いなんですよ。そうなると西木さんが入ってる自賠責と任意保険の会社とご遺族が損害賠償の調整をすることになります。ご遺族がもし損害賠償金額に納得すれば民事裁判も無しで、自由の身です。」


「ただ、今回の件はねぇ…、もし裁判を起こされても警察と検察が集めた資料が証拠として提示されるんですけど、まだ相手が若かったのが響いてきそうなんですよ。」


 相手と言われて、そういえば名前やら年齢やら全く知らされていないのに気付いた。


「すみません、その相手の情報を教えてもらうのは何か問題ありますか?」と質問した。


 それに対して署長さんは、すっかり忘れていたようで、「そういえば伝えていませんでしたな。あまり個人情報は無理ですが、表面的なことなら問題無いですよ。彼は近隣の高校に通う男子高校生で、年齢は17歳の高校2年生、運動部ではありませんでしたが、運動能力は人並みで普通の子だったようです。ゲームが好きで、夜のゲーム中に飲むためのエナジードリンクをコンビニで買った帰り道だったようです。トラックから少し離れたところに袋に入った財布と2缶が見つかってます。」と説明してくれた。


「相手が若いと、損害賠償が高くなるんですか?」とシンプルに聞いてみた。


(17歳か、やっぱり未成年だと賠償が高くなったりするんだろうな…)


「そうですね…。若いとこれからの将来でどれだけ収入があったかとか、ご両親の精神的苦痛の慰謝料だとかで関わってきます。警察、検察は証拠から判断するので、『メスが刺さらず傷も付かない身体をどう殺すんだ、無罪。』となりますけど、民事だと『でも実際には死んでいるんだ、トラックで轢かれたタイミングで死んだんだから、賠償しろ』が通ってもおかしくないんです。実際、この件は死亡事故扱いになってるんで、損害賠償を請求する権利がご遺族の方にはあるんです。それに、トラックのドラレコと周囲の車から提供された映像にも彼が袋をぶら下げて歩いているのが映っているんですよ。」


「傷が付かなかろうと轢かれるタイミングまでは生きていたので、死亡したのはトラックが原因だとされると、これは否定出来ないんです…」

 と最後を少し言いづらそうに説明された。


 続けて、署長さんは唸りながら腕を組むと、

「しかし、今回はですね、裁判を起こされたら、どう判決が転ぶか全く分かりません。死亡のタイミングがトラックに原因があるというのは証拠からも充分に明白なので、これは否定出来ません。ですが、そこに検察の資料が公開されて、ご遺体とトラックの特異性が周知されれば、逆にこちらに賠償責任が無いという判決に繋がる可能性もあるんです。この件の2つの特異性がどれだけ、賠償金額を増減するか分からない向こうの弁護士だって、賠償金額0円になってしまう可能性よりは裁判ではなく自賠責保険の分で交渉で納めようとするはずです。」


(ってことは裁判にならないかもってこと?)


「ただ、トラックのハンドルの件を知らせても、整備に問題があったと突かれるとこれも完全に否定することが出来ないんです。否定することは出来るんですが、実際に解体出来ずに確認が取れていないので、向こうの言い分も少し通ってしまうんですよ。まぁ、これを根拠に裁判を起こされても、大した請求は出来ませんが、こればっかりはご遺族の気持ちの問題ですからねぇ…。」と説明された。


(そっか、無傷の遺体と動かないハンドルのせいで向こうもあまり強気に出られないのか…)


 署長さんは黙って考え込んだ俺に、

「ただ、この件はご遺族が示談に応じなかった場合の話ですし、法要の諸々と四十九日以降ですから大分先の話ですよ。」

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