4月の章 -Ⅲ-
私は商人のレナンドさんを呼び止めると、そのままリビングへと案内する。
一緒に紅茶を飲みつつ、自分たちの置かれた状況を説明して、助力をお願いした。
「いやー、クルルちゃんも大変だねぇ。どうだい? 低金利の貸金業者、紹介しようか?」
「いやいやいや、それなんの解決にもなってない! 借金する先が変わるだけ!」
予想外の提案に憤慨すると「冗談だよ。冗談」と、私をなだめるような仕草をした。
本ッ当、悪い冗談やめて欲しいよ。よく考えたら、王国からの借金は無利子。一方で貸金業者は有利子。実質借金が増えるだけじゃない!
「そうだなぁ……ルタークにもお世話になってるし、今後はクルルちゃんにも贔屓にしてほしいから……」
内心怒りを抑えきれずにいると、レナンドさんは口元に手を当てながらそう言い、持っていた鞄から一枚の紙を取り出した。
「僕が使ってる価格表、特別にあげるよ。これを元に相場を考えるといい」
「ありがとうございます! 大切に使わせてもらいます!」
差し出されたそれを、私は両手で恭しく受け取った。
「レナンド様、よろしいのですか? 商人の価格表といえば、その長年の経験や知識が詰まったバイブルのようなものでしょう?」
「かまわないよ。クルルちゃんなら悪用もしないと思うしさ。まぁ、僕なりの応援ってことで」
エレナがかしこまって言うも、レナンドさんはひょうひょうと受け流していた。
マスターの取引相手ってこともあるのか、エレナってばレナンドさんにだけは敬語なんだよね。エルフ族だし、若々しい見た目と実年齢が伴わないってのも関係してるのかな。
「王都の市場価格を元にしてるから、他の地域からすると少し高めだよ。そこんところ、念頭に置いといてね」
レナンドさんは最後にそう付け加えると紅茶を飲み干し、「そろそろお暇するよ」と、席を立った。
そんな彼を玄関先まで見送ったあと、私はお店へと戻り、エレナと一緒にレナンドさんの価格表に目を通す。
「え、
「旦那様の帳簿には100フォルと書いていたわね……さすがに三倍も開きがあるとは思わなかったわ」
ちなみに、この錬金薬の素材は水とグリーングラス。
水は店の裏手にある井戸から実質タダで手に入るし、グリーングラスは街の外にたくさん生えているので、自分で採りに行けばお金はかからない。
どうしても手が離せない時は商人さんや薬屋さんから直接買う方法もある。
でも、しばらくは地下倉庫に備蓄された素材で事足りると思う。
「問題は価格設定だよね。錬金薬が300フォルは高いなぁ……」
仕事内容にもよるけど、王都で丸一日働いてもらえるお給料は4000~6000フォル。
鍛冶屋さんとか大工さんとか、体力を使う仕事はお給料が多めで、逆に接客業のような体力をあまり使わない仕事はお給料が安い傾向にある。
それに食費が一食500~1000フォルかかるので、手元に残るお金は多い人で2500~3000フォル。少ない人だと1000フォルだ。
錬金薬は主に怪我や病気の時に使う薬で、毎日使うものではないのだけど……万一の常備薬として、定期的に売れる傾向がある。
……つまり錬金薬は、店としてそれなりの利益も出しつつ、いざという時にはすぐ手を出せる価格帯でないといけないわけ。
「ここは250フォルにしない? 王都の市場価格とそこまで差もないし」
「そうね。それが適正価格だと思うわ。次に、錬金炭の値段はどうするの?」
「レナンドさんの価格表によると……わ、テンカ石、10個で500フォルだって」
「旦那様の価格表より100フォルも安いわね。帳簿に書かれていた取引先はレナンド様ではなかったけど、足元見られたのかしら」
エレナがため息交じりに言い、私も釣られるように苦笑いを浮かべる。
だけど、よく考えたらこれからは素材の仕入れも私が直接交渉しないといけないわけだし、笑ってる場合じゃないかも。ぼったくられないように気をつけないと。
「えーっと、錬金炭の調合にはテンカ石と木材が必要だから……テンカ石が1個50フォルとして、木材が種類にもよるけど、だいたい30フォルで……」
ぶつぶつ言いながら、私はレナンドさんの価格表を食い入るように見る。本当に細かい字でびっしり書いてある。
「木材は……これまた自分で採ってくればタダだけど……いや、王都からだと森って遠いし……」
いざとなれば木こりのおじさんや商人さんから買うことも可能だけど、その日持っている木材の種類によっては割高になりそう。家具に使えるような立派な木を錬金炭の素材に使うわけにもいかないし。
「木材の価格変動を加味して、錬金炭の価格は……ひとつ130フォルでどうかしら。王都の相場とあまり変わらないし、これは錬金薬と違って生活必需品だから、それなりに需要もあると思うわ」
「そうだね。料理屋さんや鍛冶屋さんだけじゃなく、家でも普通に使うし。それじゃあ、次は……」
……そんな感じに、私たちは次々と商品価格を決めていった。
そしてその日の夕方。全ての商品の値段を決め終わり、陳列も完了。ようやく開店の準備が整った。
「うんうん、いい感じにお店っぽくなったんじゃない? これなら明日は無事オープンできそう」
「そうねー。さすがに目が疲れちゃったわ……」
ぐーっと背伸びをするエレナをよそに、私は西日を避けながら、まだカウンターで作業をしていた。
「あら、クルル、何をしているの?」
「んー、スタンプカード作ろうと思って」
「スタンプカード?」
「そう。新装開店セールは無理だから、200フォルお買上げ毎にこのカードにスタンプ押してね、10個貯まったら粗品進呈! ってサービスをしようかなーって」
「粗品進呈って、借金あるのにそんな余裕あるの?」
「錬金炭とか錬金タオルとか、錬金術で作った日用品渡すだけだから大丈夫。せっかくお店に来てくれた人へ、感謝の気持を伝えたいんだよね」
完成したスタンプカードを掲げて目を輝かせる私を見ながら、エレナは「もう……カードの有効期限は決めておきなさいね」と、呆れ顔で言ったのだった。
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