4月の章 -Ⅰ-



 王都エリオット。


 その旧市街地にある小さな商店街。


 その一角に、これまた小さな錬金術師のアトリエがありまして。


 そこには一人の国家錬金術師と、その弟子の少女が住んでいたのですが……。


「うぅ、まだ半人前なのに、借金生活とかヒドい……なんとかしないと……」


 大臣さんが帰ったあと、なんとか気持ちを落ち着かせて、エレナと一緒に朝食を食べる。


 向かいのパン屋さんで買った食パンを焼いて、目玉焼きとベーコンを乗せた簡単なもの。特に味付けはしていないけど、これが一番好きだったりする。


「ねぇー、本ッ当に私がお店するの?」


 対面に座るエレナに確認するように問いかける。


 ちなみにエレナはホムンクルスなので、ジャムが主食。今日はアプリコットジャムに舌鼓を打っている。


「そうよ。ホムンクルスに二言はないの。時間は刻一刻となくなっていくのだから、食事を終えたらすぐに準備に取り掛かりなさい。まずは作れる初歩的な道具でいいから、お店に並べるの」


「……そっか。最低限の商品を置かないとお店も開けられないし、収入もないんだよね。頑張らないと借金の返済どころか、ご飯も食べられなくなっちゃうよね」


 思わず食事の手を止めて、ため息をついてしまう。ゆくゆくは食費も抑えないといけないかも。


「クルル、言っておくけど、借金返済のために食費を減らそうなんて考えないこと。食べる量を減らして、あなたが倒れちゃどうしようもないのよ?」


 そのとき、私の考えを見透かしたようなエレナの言葉が飛んできた。


「わ、わかってるってば。ご飯はちゃんと食べるから」


 そう答えて、手元のパンに勢いよくかじりつく。まだ熱かった目玉焼きの黄身が口の中に溢れ出し、私は悶絶した。



 食事を終えて、さっそくお店の開店準備に着手する。


 最初にするべきは、お店の売れ筋商品となる錬金アイテムの調合。


 具体的には、錬金薬ポーション、錬金炭、錬金布、そして研磨石グラインダーに食用油といった、生活必需品の類だ。


 錬金薬は旅人さんや冒険者さんが直接買いに来ることもあるけど、主に商店街の薬屋さんに卸す。


 同じく、錬金炭はパン屋さんや食堂に、錬金布は洋服店に、研磨石は鍛冶屋さんにと、それぞれ納品先が決まっている。


 日常生活に欠かせない品だからこそ、作っておけばそれだけ売れる。しかも、私でも作れるくらいにその調合自体は簡単だ。


「それじゃー、始めますかー」


 私は腕まくりをして気合を入れて、自分のアトリエで調合作業に入る。


 素材とかき混ぜ棒を手に錬金釜の前に立つ私を、エレナは少し離れた棚の上から監視……もとい、見守ってくれていた。


 まず作るのは錬金薬。もっともポピュラーな錬金アイテムで、かつて錬金術師はこれを作り続けるだけで暮らしていけた時代もあったのだとか。


「えーっと、必要素材は、グリーングラスと水……」


 私は手元のレシピを確認しながら、素材を錬金釜へと投入する。


 幸いなことに、生活必需品の調合に必要な素材は地下倉庫にそれなりの量が保管されていたので、しばらく困ることはなさそう。


「これでよーし。あとは神経を集中させて、ぐるぐるーっと……」


 これまで散々練習してきたように、完成品を思い描きながら無心で錬金釜をかき混ぜる。やがて虹色の渦の中から、緑色の液体が入ったボトルが吐き出された。


「ふぅ。一本完成」


 できあがった錬金薬の品質を確かめてから、近くのテーブルへと置く。その後は、その作業を何十回と繰り返した。



「うーん、失敗こそしていないけど、だいぶ品質にバラつきがあるわねぇ」


 テーブルの上に20本ほどの錬金薬が並んだ頃、エレナが寄ってきて、おもむろに口を開く。


「しょ、しょーがないでしょ。これだけ一度に作ったの、初めてなんだから。文句あるなら、エレナも手伝ってくれたらいいのに」


「錬金術で生み出された私に錬金術はできないの。あなたが頑張るしかないのよ」


「わかってますー。言ってみただけですー」


 人差し指を立てながら論じてくるエレナにそんな言葉を返して、別の道具の調合に着手する。次に作るのは錬金炭だ。


 素材となるのは、テンカ石という赤い石と、木材。テンカ石はいわゆる火打ち石で、調合によってその成分を木材に含ませることで、一度火をつけると一定の火力を保ったまま長時間燃え続ける薪ができあがる。


 火にくべる量を増減させることで火力を調整できるので、料理には欠かせない錬金アイテムだ。


「テンカ石が重いから、さっきよりも錬金釜を底からかき混ぜるようにイメージして……ぐーるぐーる……」


 この道具もこれまで何度も作ってきた。慎重に錬金釜をかき混ぜ、無事に立派な錬金炭を作ることができた。


 ……そんな感じに、私は他の道具も順調に調合していった。


「よーし。これだけあれば売り物には困らないね! あー、腕と足が疲れたー」


 一連の道具の調合が終わり、私は自分の腕をもみながら椅子に座り込む。調合中は立ちっぱなしなのも、地味にきつい。


「休んでいる暇はないわよ。品物ができたら次は値段を決めて、お店に並べないと」


「ちょ、ちょっと待ってよ。もうお昼だし、一回休ませて」


 私は言って、逃げるようにアトリエを飛び出した。


 背後からエレナの声が飛んできたけど、腹が減ってはなんとやら。私はそのまま表へ出て、食堂へと向かった。


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