第20話 第三章 超古代兵器(アヴァター)の目覚め  ~僕(しもべ)を探すのも、なかなかどうして楽じゃないという話~ その6 一触即発

 研究棟の正面玄関を出たところで、意外な姿を見た。

 月明かりに照らされて、うっすらと浮かび上がる銀色の長い髪。まるで、月の光が結晶になったみたいだ。

 今すぐにでも世界のトップモデルにでもなれそうなぐらい、抜群のプロポーション。

 そして、思わずうなじがチリチリしてしまいそうな、妖しいお色気。

 ミサキだ!


「あっ、ミサキ! 聞いてくれ! 実は、……」

 『白焔はくえん』を手に入れて興奮ハイになっていた俺は、喜び勇んで今日のことを話そうとした。

 ミサキは俺が事件に首を突っ込むことを嫌っていたとか、何で俺の居所が分かったんだろうとか、そんなことは全く気にしていなかった。

 ミサキは、研究所であったことを説明しようとした俺を、無視して前を素通りした。

 そのまま、マツリ先輩に詰め寄る。

「マツリ! 何故、このようなことをした?」

 静かな、押し殺した声。

 でも、声の中にドロドロとした感情がこもっていて、思わず息をのんでしまった。

「何を考えている?」 

 ミサキを中心に、急速に空気が重くなった。

 息をするのも、重苦しいくらいだ。

 俺のさっきまでの浮かれた気分は、一瞬で吹き飛んでしまった。

「リョウに、何をさせるつもりだ?」

 このまま、ここでミサキとマツリ先輩が戦いでも始めそうな雰囲気だ!

 それも、下手をすればどちらかが命まで落としてしまいそうなぐらいの!

 何故だ?

 何をそんなに怒っているんだ?

 まるで、周りの空気までゆがみ始めたみたいに感じられる!


「なんですか、その態度は! お姉さまに対し、失礼は許しません!」

 ミサキに、マリちゃんがかみつく。

「そもそも、ミサキあなたが何もしないから、わざわざお姉さまが動かれたのです! そして、橘先輩とあの超古代兵器をめぐり合わせました! こんなこと、お姉さま以外にいったい誰にできたというんです? 感謝されるのが当然です! それなのに、文句を言うなんて! お姉さまが許しても、わたくしは許しません!」

 小さな体で、全力で怒りを表す。

「ミサキ! ちょっと待ってくれ! 先輩は、俺を手伝ってくれたんだ! 何も悪くない!」

 思わずミサキと先輩の間に割りこんだ。

「悪いなら、俺だ! 責めるなら、俺を責めてくれ!」

 必死に呼びかける俺の声も、ミサキに届いていない!

 ミサキから、戦闘の素人の俺でもビリビリ感じるくらいの殺気が放たれている!

 俺は、前にもこんなミサキを見たことがある。

 あれは、俺が蜘蛛女アラクネに襲われて、危うく殺されそうになっていた時だ!

 あの時と同じぐらいの殺気が、マツリ先輩に向けられている。

 このままだと、ヤバい!


 その時、マツリ先輩の澄んだ声が響いた。 

「マリちゃん、宜しくてよ。それに、橘クンも」

 俺とマリちゃんを止めて、マツリ先輩が前に進み出る。

 そして、丁寧に頭を下げた。

「ミサキ様、まことに申し訳ございませんでした。橘クンのために良かれと思ってお手伝いさせて頂きましたが、出過ぎたことをしてしまったようです。ご気分を害してしまいましたこと、重ねてお詫び申し上げます」

 ミサキに向けて深く頭を下げる先輩。

 ちょっと待ってくれ!

 どうして、マツリ先輩が頭なんか下げなきゃけないんだ!

 先輩は、落ち込んでいた俺に力を貸し暮れて、『白焔はくえん』まで導いてくれたんだ!

 悪いことなんて、何もしていないじゃないか!

 そんなマツリ先輩を見ても、ミサキからの殺気は消えていない!

 どうする?

 どうすればよいんだ?

 その時、を思い出した。

 『白焔はくえん』は、「力が必要な時に、我が名を呼べ」って言っていた!

 そうだッ!

 『白焔』がいた!

 あの『白焔』なら、何とかできるかもしれない!

 ミサキとマツリ先輩の間に割って入って、二人の戦いを止めることができるかもしれない!

 迷っている時間は、ない!

「『白焔はくえん』!」

 俺が口にすると同時に、それは起こった!


 俺の目の前の地面が、青白い光を放つ。

 その光が、マンガに出てくる魔法陣みたいに複雑な模様を描きながら、丸く広がる。

 そして、ひときわ強く光り輝くと、ほのおみたいに勢いよく燃え上がった!

 焔の中から、白い機体が飛び出してきた!

 4本の足を持つ白馬のような下半身に、鎧を着た人のような上半身。

 俺のしもべ、『白焔はくえん』だ!

 とは言っても、まさかこんな登場の仕方をするなんて思っていなかった。

 少なからず、俺も驚いてしまう。

 でも、それは、この場にいるほかの3人も同じだった。

「なんですって!」

 マリちゃんが、思わず声を上げる。

 いつも冷静クールで何事にも動じなさそうなマツリ先輩も、思わず白焔の方を見た。

「『白焔はくえん』! まさか、ここまで覚醒めざめていたのか!」

 ミサキの目も、驚きに大きく見開かれた。

 『白焔はくえん』を間に挟んで、ミサキと向き合う時間。

 それは数秒、だったと思う。

 ながいような、短いような、妙に現実感のない時間だった。

「……、そうか」

 初めに言葉を発したのは、ミサキ。

 肌を突きさされるみたいな、ほんとに痛いぐらいに感じられた殺気は、もう消えていた。

「マツリ、マリ。……すまなかった。少々取り乱したようだ」

 そう言ったミサキは、なんだか小さく見えた。

 その時のミサキの表情を、なんと表現すればよかったのだろう?

 腹を立てていると言うよりも悲しそうと言うか、……いろんな感情がごちゃ混ぜになったような、今にも泣き出しそうなのをこらえている様な、そんな顔だった。

 そんな感じで、俺の方までつらくなってくるぐらいだ。

「リョウのこと、ご苦労だった。休んでくれ」

 言いたいことを、様々な想いを無理やり抑え込んで絞り出す。

 そんな感じで力なく言って、ミサキが後ろを向く。

 ミサキを淡い光が包んで、次の瞬間には姿が消えていた。

 その肩が小さく震えているように見えたのは、気のせいだっただろうか?

 もしかしたら、ミサキは……。

 

 なぜ、ミサキが感情を爆発させたのか?

 全く分からない。

 思い当たることも、全くない。

 ミサキが田淵さんに姿を変えていた時、俺が新しいことをできるようになったら、いつも嬉しそうに褒めてくれていた。

 今回も、きっとそうだと思っていた。

 なぜ、あんなに怒ったんだろう? なぜ、あんなに悲しそうだったのだろう?

 何はともあれ、ミサキとマツリ先輩が殺しあうなんてことにならなくって、そのことは良かった。

 気が抜けたら、疲れがどっと出てきた。

 そのまま、磐座いわくらの姉妹とは別れて帰宅した。

 先に帰って出迎えてくれたミサキは、いつもと同じ感じだった。

 さっきの理由を訊くことが出来ず、この日は寝てしまった。


 ミサキが何を考えていたのか、この時には分からなかった。

 でも、俺は間もなく思い知ることになる。

 『白焔はくえん』が、ただの便利なロボットなんかじゃないこと。

 使役つかっている側の俺まで恐ろしくなるような、その驚異的な力の一端を!

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