第15話 第三章 超古代兵器(アヴァター)の目覚め  ~僕(しもべ)を探すのも、なかなかどうして楽じゃないという話~ その1 始動

 幼馴染のミサが、妖魔あやかしがらみの騒動に巻き込まれているみたいだ。

 なんとかしたいと焦る気持ちとは裏腹に、俺には何の力もない。

 ミサキに力を試されたけど、手も足も出ずに完敗。

 どん底に落ち込んでいた俺に、茉莉マツリ先輩が声をかけてくれた。

 先輩が言うには、俺にも何か「特別な力」があるかもしれない!


 ここは、史学研究会の部室。

「人目があると良くありませんから」と図書館から場所を移した。

「橘クンのお力になるためにも、まずはミサキ様のお力に関してご存知のことを教えて頂けないかしら?」

「……えッと、初めて見た時には、ミサキの手がぼうっと光って、その度に蜘蛛女ばけものの足が吹き飛ばされていました。そう言えば、昨日の時にも、手から何かを飛ばしてきた感じでしたね。何をしたのか、全く見えませんでしたけど、……そう言えば、確か、『シダン』とか言ってたように思います」

「『シダン』? きっと、『指弾』のことですわね。武術の技のひとつで、コインなどを指で弾いて攻撃するものですわ。もしかすると、橘クンも同じものが仕えるのではなくって? 試しに、一度やってみて頂けないかしら?」

 先輩に促されて、試しに壁に向けてコインをはじいてみる。

 コインは軽い音を立てて、部室の壁にはじき返された。

「ダメ、みたいですね……」

 落ち込むへこむ俺。

「橘クンのお力がミサキ様と同じものとは、限りませんわ。気落ちなさらず、一緒にいろいろと試してみましょう」

 マツリ先輩が、励ましてくれる。

「その他は、何かなくって?」

「ミサキが本気の時には、目で見えないぐらいはやく動いていました。ほんとに、目にもとまらぬって感じです」

「そうでしたか。素早く動く術なら、呪術の世界でもいくつか思い当たることがございますわ。一般に、呪術を使う場合には、呪符を使ったり呪文を唱えたり、そんな感じのことがほとんどですわね。ミサキ様にそんなご様子は、ございまして?わたくしが知っている限りではミサキ様は呪術は使われません。けれど、普段は隠しているという可能性も考えられますわ」

「お札とか、何か呪文を唱えていたとか。……、うーん、無かったと思います」

「それでしたら、ミサキ様のお力はご自身の能力で、呪術とは系統が違うものの可能性が高いですわね。強い能力を持つ者ほど一つの系統に特化しますから、同時に複数の系統で奥義を窮めるのは難しくなりますわ」

 その後も先輩のアドバイスを受けながら、30分ほどいろいろと試してみたけれど、残念ながら特に収穫はなかった。


「お姉さま! 何なさってるんですか?」

 部室でマツリ先輩と特訓をしていると、トゲのある声が聞こえてきた。

 この声は、――マリちゃんだ。

 つかつかと部室に入ってきて、俺とマツリ先輩の間の席に陣取る。

 マツリ先輩が、その様子を見てくすりと笑う。

「お姉さま、不用心すぎます! こんな不埒な方と、部室で二人きりなんて!」

「あら、マリちゃん。ちょうど良いところに来てくれましたわね。橘クンのお力を知るために、マリちゃんの力を貸してもらえないかしら?」

「えっ! 何故、私がこんな人の手伝いをしてしなければならないのですか?」

 露骨に、嫌な顔。

 マリちゃんは、ちっちゃな全身で拒否の気持ちを表す。

 ……そんなに嫌がられると、さすがに俺も傷つくかも。

「お願い致しますわ。マリちゃんの力が是非とも必要ですのよ。信用してこんなことをお願いできるのも、マリちゃんだけですわ」

「はい、お姉さま! 分かりました! 何をすれば良いですか?」

 はやッ!

 切り替え、はやッ!

 変わり身の早さに驚いている俺を、マリちゃんが指さす。

「良いですか! お姉さまのお願いですから、力を貸すのです! 先輩の為じゃありません!」

 そんな様子を見て、マツリ先輩がクスリと笑う。

「マリちゃんは、とても頼りになりましてよ」

 そのとおり! とばかりに胸を張るマリちゃん。

 その胸は、……やはりどうみても、まな板だった。


 マリちゃんが加わり、更に三十分ぐらい。

 いろいろとやってみたけど、残念ながら何かの力が現れる兆しはない。

 でも、マツリ先輩が言うには、何かの力は確実に動いているらしい。

「少し、お待ちになって」

 マツリ先輩が、俺を取り囲む形で周りの机の上に何かを置く。

 ちらっと見たところ、折り紙のようだけど、見たことのない形だった。

「なんですか、それ?」

 近寄って詳しく見ようとした俺を、マリちゃんが慌てて止める。

 後ろから制服を引っ張られた拍子に、首のところがギュッと締まって思わずせき込む。

「橘先輩、近くで見ないでください! ……お姉さまは、呪術の秘密の維持に無頓着すぎます! そりゃ、橘先輩が見て何か分かるとは思いませんけど、何処からお姉さまの術の秘密が洩れるか分かりません!」

 マリちゃんがプリプリとむくれるのにも、だんだん慣れてきた。

 マツリ先輩は、テキパキと手慣れた様子で準備を進めていく。

「準備は、よろしくってよ。橘クン、もう一度、意識を集中してくださいませんか?」

 「集中しろ」って言われても、何をどうしたら良いかはイマイチ分からない。

 取りあえず、目を閉じていろいろとイメージしてみる。

 俺の隠された力。

 どんなものなのか?

 そもそも、本当にあるのか?

 ……見当もつかない。ほんとに、雲をつかむみたいだ。

 とにかく、今は言われたとおりにいろいろと試していくしかない!


「一度、止めて頂けますかしら?」

 折り紙の種類や位置を変えて、同じことを繰り返す。

 それと並行して、いろいろな地図を取り出して線を引く。

 それを数回繰り返した。

「呪術の世界では、目標から遠く離れた場所から術をかけることもありますのよ。何処から、どのような術をかけてくるのか? それを素早く見抜いて対策をすることは、とても重要な技術ですわ。時には勝敗の行方を決め、お互いの命も左右することもありますのよ」

 流れるように作業を進めながら、マツリ先輩が簡単な説明をしてくれた。

「お互いに術の種類や方法が相手に分からないように工夫するのが、通常ですが……。今回は、橘クンが術を隠すお気持ちをお持ちでないので、術式としては比較的簡単ですわね」

 特に気負った様子もなく、淡々と作業をこなしていく。

 この女性ひとも、ミサキと同じように、少し前まで俺が知っていた常識とは異なる世界にいる。

 改めて、思い知らされる。

「お姉さまの術を近くで見られるなんて。これがどれほど幸運なことか、橘先輩には分からないでしょうね!」

 マツリ先輩の所作に見とれている俺に、マリちゃんが声をかけてきた。

 マリちゃんは、いつも一言多い。

マリちゃんきみは、先輩を手伝わなくって良いの?」

「お姉さまに、私の手伝いなど必要だと思いますか?……、そりゃあ、いつかお手伝いできるくらいになればと思いますけど」

 マリちゃんの最後の方の声は、少し小さくなった。

マリちゃんその子が得意な呪術は、わたくしが今している様な分析の系統ではありませんのよ。必要な時が来たら、もちろん、その子にも手伝っていただきますわ。とても頼りになりますのよ」

「その時には、任せてください!」

 先輩のその言葉に、マリちゃんが「ふふん」と調子づく。

 ……いくら先輩の言葉でも、マリちゃんが頼りになるなんてのは信じられない。


「できましたわ」

 少し時間が経ってから、先輩が作業の手を止めた。

 地図にひかれた色違いの何本もの線、それらはきれいにひとつの場所で交わっていた。

「先輩。その場所って……」

九曜くよう九曜テクノニクスの研究所、ですわね。この国の政治や経済に大きな影響力を持つ九曜くようグループ、その中核をなす大企業のひとつですわ。思っていたよりも近い場所で、良かったですわ」

 先輩は地図の場所を指で示し、にっこりと笑って言葉を続ける。

「は、はいッ」

 先輩の笑顔を見て、思わず頬が熱くなるのを感じる。

 俺の横で、マリちゃんがムスッとした顔をした。

「出来るだけ早く、今週中にでも研究所の方に伺えるように、『お友達』を通じて手配しておきますわ。ミサオ様の方、妖魔あやかしの事件に関しては、すでにミサオ様の身辺には既にわたくしの『式神しきがみ』を放って警戒と護衛をしております。何かあれば、すぐに分かりますわ。わたくしたちの準備が整うまで、変わったことが何も無いと宜しいのですけれど……」

 マツリ先輩が学校始まっての天才と言われているって、人づてに聞いていた。

 でも、本当に、何なんだよ、この人は!

 暗記に強いとか、試験の点数が良いとか、頭の回転が速いとか、そんなレベルじゃない!

 断じて、そんな甘いレベルじゃない!

「今日は、これぐらいで終わりに致しませんか? あまり根を詰めすぎるのも、良くありませんから。最近に何か事件のきっかけになりそうなトラブル等なかったか、橘クンの幼馴染さんの身辺のことは、わたくしの方でも少し調べておくように致しますわ」

 マツリ先輩が、ニコリと笑う。

 確かに、先輩のおかげで今日はいろいろと大きく前進した。

 気が付くと、外がもう暗くなっていた。

 今日は、ここまでで帰ることにしよう。

 ここ数日になく気分がすっきりして、帰りの足取りは軽かった。

 俺の悩みを聞いてくれる、俺の力を引き出そうとしてくれる、そんな人がいてくれた。

 それだけで、ものすごく救われた気がする。

 まして、その人があのマツリ先輩だなんて、マンガなんかでも話が出来すぎているじゃないか!


 その週の土曜日。

 待っていた機会は、思っていたよりもずっと早く来た。

 何処をどうやって、誰に頼んだのか? ともかく、マツリ先輩はものすごく手際よく研究所の見学の約束を取り付けてくれた。

 本当に、なんて人なんだ!

 九曜くようテクノニクスの研究所、そこに「俺の力」につながる何かがある!

 意気込んで、同時にかなり緊張して研究所に乗り込んだ。

 それなりに覚悟を固めて向かった、ハズだった。

 でも、まさかあんな事・・・・になるだなんて!

 

 九曜くようテクノニクスの研究所。

 そこで、俺はアレ・・にであった!

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