第14話 第二章 What a day ! ~ 何をしたらこんな目に遭うんだよ!って一日 ~ その4敗北、そして光明

 ミサに誤解されて、話もできないまま数日。

 ミサから呼び出しがあって、やっと誤解を解けると思って公園に駆け付けた俺は、彼女の口から衝撃的なことを聞かされた。

「遠くへ行かなきゃならなくなりそう」だと。

 そのことを告げて走り去ったミサは、泣いていた。


 分からない。

 ミサに、いったい何が起こっているんだ?

 分からない。まったく、分からない。

 呆然としたまま家に帰りついたら、居間でミサキが待っていた。

「遅かったな」

 椅子に座ったままで、スンスンとにおいをかぐ。

「お前の体から、また、妖魔あやかしの残り香がしているな。操とやらにでも、会いに行っていたのか? ならば、今回の件、犯人は操で決まりだ。この件はわらわが何とかするから、任せておけと言っただろう?」

「待ってくれ! 違うんだ! ミサはきっと、被害者なんだ!」

 思わず、声が大きくなる。

 ここ数日の操の様子を話すと、ミサキは大きくため息をついた。

「まったく、お前というヤツは……。この件には深入りするな、と言っておいただろう。ともかく、これ以上は関わるのは止めておけ」

 ソファから立ち上がり部屋を出て行こうとするミサキを、呼び止める。

「待ってくれ! 何をするつもりかは知らないけど、俺にも手伝わせてくれ!」

「良い心がけだ、と言いたいところだが……。手伝うとは言っても、お前に何ができるんだ?」

「それでも!」

 言い募る俺を見て、ミサキは大きくため息をつく。

「……言っても、聞かなさそうだね」

「それじゃあ!」

 思わず期待で声が大きくなる俺に対して、ミサキが思いもかけないことを言う。

「……この家の中じゃ何だし、外で人目につくと厄介だ。亮明寺りょうめいじにでも行くとするか」

 そう言って、俺に背を向けて歩き出した。

「えッ?」

 意図が読めずに、あたふたする俺。

 振り返らずに、ミサキはこう言った。

「どうした? ついて来い! お前に、現実・・というものを見せてやろう」


 俺の実家、爺さんが住職をしている亮明寺りょうめいじは、歩いて20分ぐらいだ。

 寺に着くと、ミサキは慣れた手つきで門の横の勝手口を開け、中に入っていく。

 俺も、おずおずと後に続く。

 こんな時間に、ミサキはここで何をするつもりなんだ?

 寺の裏庭に着く。

 今晩は、月の光が明るい。

「さて、ここなら人目もないな……。さぁ、かかって来い!」

 思わず、自分の耳を疑う。ミサキは、いったい何を言っているのだろう?

「どうした? 現実・・を見せてやると言っただろう? 戦いの場で、敵は待ってはくれないぞ?」

「え、ちょ、ちょっと……」

 その言葉も言い終わらないうちに、右足に軽い衝撃が走る!

 俺の見ている景色が90度横を向く。

「あッ?」

 ワケが分からないまま、慌てて上半身を起こす。

 俺の目の前に、いつの間にかミサキがいた。

 文字どおり、目にもとまらぬスピードで間合いを詰め、足払い。

 反応もできないまま、見事にバランスを崩され、柔道の教本の写真みたいに地面に転がされた。

 そのことを理解するのに、数秒かかった。

「どうした? 今の攻撃、わらわは本気ではないぞ? この程度の攻撃もよけられずに、妖魔あやかしどもと戦えるつもりか?」

 ミサキの一言に、カッと頭に血が上る。

 バッと跳ね起きて、身構える。

 これでも、昔は空手をやっていたんだ。

……クソ兄貴アイツのマネをして始めたってのは完全な黒歴史だけれど、あの頃は結構マジメにやっていたんだ!

 俺の様子を見て、今度はミサキが正面から来る。

 さっきは何をされたかも分からないうちに転がされたけど、今回は――見える!

 すらりとした足が跳ね上がり、ハイキック。

 知っている限り、ミサキの腕力自体はそんなに強くない。

 半歩踏み込んで打点をずらしながら、手で防御する。……蹴り足を防御ガードさえできれば、何とかなる!

 蹴りを受け止めたと思った、その瞬間。

 俺の視界から、ミサキの姿が消えた!

 あっと思う間もなく、再び体が浮く感じがあって、無様に地面に転がされる。

 呆気に取られて、下からミサキの顔を見上げる形になる。

 超スピードで後ろに回り込まれて、二度目の足払いを喰らったと理解するのに、またまた少し時間がかかった。


「どうだ? まだやるつもりかい?」

 あきれたような、ミサキの声。

 格が違う、なんて甘いもんじゃない!

 俺とミサキの間には、大人と子供、いやライオンと蟻ぐらいの差がある!

 でも、ここで「はいそうですか、すみません」と終わりにはできない!

 飛び起きて、ミサキと距離をとる。

 俺の様子を見て、ミサキがやれやれと言いたげに首を振った

「まだ、理解できないみたいだね。……力の差を知るのも、強さのうちだぞ!」

 ミサキが、ゆっくりと両手を重ねて構えをとる。

 左手の上に右手を乗せ、銃を構えるみたいにな姿勢をとる。その右手が、淡い光を帯びる。 

 これは……、蜘蛛女アラクネの足を吹き飛ばした、あの攻撃だ!

 そう思った瞬間、俺の頭のすぐ横を光が走り抜け、少し遅れて強い風が巻き起こった。

 思わず体勢を崩し、ぺたんと尻もちをついてしまう。

 何が起きたのか? 何をされたのか?

 全然分からない。想像も、できない。

「ダメだね、全然、ダメだ! 今の手加減した『指弾』にも、反応すらできていない。そんな力で、妖魔あやかしどもと戦えるつもりか? その有様じゃ、弾除けにもなりはしないぞ! いらぬ手出しをして、わらわに余計な手間をかけさせるな!」

 呆然とへたり込んでいる俺に向けて、ミサキが容赦のない言葉を投げつけてくる。

 ミサキが、俺に背を向ける。

「良いか、この件には関わるな! わらわは、先に帰っているぞ。せいぜい、頭を冷やしておけ!」

 ミサキの姿が、ふっと消えた。

 重い気持ちを引きずったままトボトボと家に帰ったのは、その夜もかなり更けたころだった。


 その翌日、この日、ミサは学校に来ていなかった。

 ミサ何が起こったのか本人に訊こうにも、確かめようがない。

 その日の放課後。

 まっすぐに家に帰る気にはならなくて、珍しく図書館に行った。

 形だけ適当に本を選んで席に座ったけど、本を読む気になんてなれない。

 昨晩、ミサキに格の違いを見せつけられたばかりだ。

 今もう一度勝負をしても、どうにかできるとは全く思えない。

 悔しいけど、いや、悔しいなんて気持ちも起きないぐらいの完敗だ!

 幼馴染ミサの身に、何かが起きている!

 ――――、何か行動を起こさなきゃと気持ちばかりあせるけど、取っ掛かりがない。

 俺は、……何もできない!

 ひとりで悶々とする俺に、声をかけてくる人がいた。

「あら、橘クン。図書館でお見かけするのは珍しいですわね。どうかなさいましたの?」

 顔を上げると、長い黒髪の女生徒がいた。

 鷹野高校この学校で、彼女を知らぬ生徒はいない。

 マツリ先輩だ。

「深刻なお悩みがあるって、顔に書いてらっしゃいますわよ。宜しければ、わたくしが伺いましょうか?」


 地史研の部室。

 俺は、ここ数日で会ったことをマツリ先輩に打ち明けた。

 初めは、起こったことだけの話だった。でも、話をしているうちに、だんだん止まらなくなった。

 ミサキにまったく歯が立たなかったこと。

 力がないことへの焦り、口惜しさ。

 ……話し出すと次々に言葉が出てきてしまって、ほとんど洗いざらいをぶちまけることになってしまった。

 マツリ先輩は、俺の話を黙って聞いてくれた。

 前後の順番も無茶苦茶な俺の話を一通り聞き終えた後で、マツリ先輩が話し始める。

「そうでしたの。それは、大変でしたわね……。このところの急な変化と残り香、幼馴染のミサオ様が妖魔あやかしに関係のある事件に巻き込まれているのも、まず間違いなさそうですわね」

 「お気を悪くなさるかもしれませんが」と前置きして、先輩が言葉を続ける。

「ミサキ様との立ち合い、それはあの方なりの気づかいだと思いますわ。橘クンに、争いごとに巻き込まれて傷ついて欲しくなくて、それでワザと突き放していらっしゃるのでしょう。わたくしも少しは存じ上げておりますが、あの方も、あまり器用な方ではありませんから」

 その言葉は、ただでさえ落ち込んへこんでいる俺を更にどん底にたたき落とす。

 俺だって、幼馴染を疑われたり、その彼女が大変そうな状態だったり……、何とかしようとしているいんだ!

 そりゃ、何もできていないけど、見て見ぬふりなんかできない!

 それなのに変に気づかわれているなんて、自分が更に益々どんどん惨めになってくるじゃないか!

 ちくしょう!

 うつむいて唇をかむ俺を、ミサキ先輩は少しの間見つめている。

「呪術にも、自身の動きを速くするものは伝わっております。ミサキ様のことは、前から存じ上げております。わたくしの知る限り、あのお方は呪術の類はお使いになりませんわ。それなら、ミサキ様が使われたお力は、きっと神人しんじんとしての力に関係のあるものだと考えるのが、自然ですわね。どのような原理が作用しているのか、それは推測するしかなさそうですが……」

 それから、思いもかけないことを言った。

「でも、それなら、同じ神人しんじんである橘クンにも、何か特別なお力があるのではなくって? わたくしなら、橘クンのお力になれるかもしれませんわ!」


 「特別なお力」

 どん底まで落ち込んでいた俺に、その言葉が本当に力を与えてくれたような気がした。

 神様のお言葉をもらった、本当にそんな感じがした。

 そうだ、ミサキも俺も、神人しんじんだ。

 それなら、俺にも「何か特別な力」があるんじゃないか?

 それさえあれば、……あのミサキにだって負けない、勝てるようになるかもしれない!

 その力でミサ守護まもってやることだって、できるかもしれない!

 でも、引っかかることもある。

「……でも、ミサキが、関わるなって……」

「それは、きっと、大丈夫ですわ。ミサキ様とは、ずっと前から、ミサキ様が田淵様の姿をしておられた頃からのお知り合いなのでしょう? 今まで橘クンが新しい何かをできるようになって、そのことで怒られたことがございまして?」

 ――、そうだ!

 俺が何か新しいことをできるようになった時、「田淵さん」はいつも褒めてくれていたじゃないか!

 今回だって、きっとそうだ! そうに違いない!

 どんな形でも、きっと最後は認めてくれる!

 目の前が急に拓けた、そんな気がした。

 そうだよ!

 迷うことなんて、何もないじゃないか!

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