第13話第二章 What a day ! ~ 何をしたらこんな目に遭うんだよ!って一日 ~ その3 確執

 今日は、まったく、散々な一日だ!

 朝は幼馴染のミサに誤解された。

 なんとか操と話をしようとしたら、夕方にサッカー部の加藤嫌なヤツが操にちょっかいをかけているのを見た。

 結局、丸一日かけて、操の誤解を解けていない。

 なんだか、べったりと疲れてしまった。

 ……、もう家に帰って、早く寝よう。


 家に帰ると、明かりがついていた。

 朝に寝てしまったミサキが、起きだしていた。

 起きたばかりなのか、大きなあくびをしながらぐいっと伸びをしている。

「おや、帰ったか。わらわが寝ている間に、毛布を掛けてくれていたな。すまなかったな」

 あれ、今日はやけに素直だな?

「しかし、わらわが寝ている横で、はやめてくれよ」

 その一言に、思わず頭がカッと熱くなるのを感じた。

「寝たふりをしていたなんて、ひどいじゃないか! そのおかげで……」

「ほゥ? そのおかげで、何だ? やはりわらわが寝てから、何か良からぬことをしておったようだな?」

 しまった!

 どうやら、ミサキがかけてきたカマに盛大にひかかって、思わず余計なことを言ってしまったらしい。

「さァ、何をしておったか、キリキリ話してもらおうか!」

 ちょッ! 誤解だって!

 今日は、なんて厄日だ! 

 俺が、何をしたって言うんだ!?

 ミサキが、じりっとにじり寄ってくる。

「さて、この色魔が、……、ん?」

 ミサキの動きが、止まった。

「この臭いは?」

 ミサキが、クンクンと鼻を鳴らしてにおいをかぐ。 俺は、何も感じないけど?

 それとも、そんなに汗臭かった?

 あ、ミサキの顔が近い。思わず、こちらの顔が赤くなる。

「リョウ! お前から、わずかだが妖魔あやかしのにおいがしているぞ! 今日、わらわが眠った後で、何があった? とにかく、詳しく話してみよ!」

 おいおい、思いもかけない話になってきたぞ。

 本当に、今日はなんて日だ!


「そうか。そんなことがあったのか。……やはり、一番怪しいのは、お前の幼馴染だろうね。ミサオとか言ったか?」

 俺の今日一日の出来事を聞き出した後、ミサキが思いがけないことを口にした。

 頭がカッと熱くなる感じがする。

 よりにもよって、あの操が一番怪しいだって?

 彼女のことは、本当に小さい時から知っている!

 学校の成績なんかは中ぐらいだけど、とにかく明るくて元気なヤツだ。

 それを知っているだけに、とても妖魔あやかしがらみのことがあるなんて思えない!

 何か言い返してやろうと思ったけど、ミサキが次の言葉を言う方が早かった。

「決めつけるのは、早計だな。お前に残った、妖魔あやかしの残り香。それから考えると可能性が一番高そうだというだけのことだから、まだ決定的と言うわけではないが……。幼馴染だけに、お前にもいろいろと思うところはあるだろう。この残り香のぬしが敵か味方か? 何か狙いがあるのか? 今は、正体すら全く分かっていない。想像だけで決めつけるのは、危険だからね」

 フォローのつもりがあるのか、ないのか。ただ、そう言われてしまうと、何も言えない。

「とにかく、この一件は、お前は手出ししないようにしてくれ。こちらの方で、手は打っておくようにする」

「ちょっと待ってくれよ! ミサのことは、小さいころから知ってるんだ。何もするなって、そんなことできないだろう!」

「今のお前に、何ができるというのだ? とにかく、妖魔あやかしがらみの事件には近づかないようにしろ!」

 そう言われてしまうと、言葉に詰まる。

 俺は……、何もできない。


「さて、では、わらわは寝るとするか」

「また寝るつもりかよ。いくらなんでも、このところずっと寝ていないか? 体、どこか悪いのか?」

「分かっているだろうが、妙な気は起こさないようにな!」

「はいはい、分かってます! 分かっておりますよ!」

 俺の問いには答えずに、ミサキが部屋を出て行く。その足取りは、どこか力がない。

 バタンと、ドアを閉める音。

 部屋に一人残されて、考える。

 あの元気だけが取り柄みたいなミサにかぎって、妖魔あやかしに関係があるなんてことがあるワケがないじゃないか! そうだ、そうに決まっている! 操が関わっているって証拠だって、何もないんだ。

 幼馴染を疑われて、知らん顔なんてできない! 手を出すなって言われたけど、それは無理な話だ。

 とにかく、明日だ!

 気を付けてミサの様子を見ておけば、何か変わったことがあれば、きっと気が付く。なんてったって、ミサとは長いつきあいなんだから。

 そこまで考えた時、夕飯をまだ食べていないことに気が付いた。

 時計を見ると、もう九時半を回っている。

 学校から帰るのが遅かったし、帰ってからミサキと話をしていて、遅くなってしまった。

 近くのコンビニに買いに行くのも面倒くさいし、買い置きのレトルトカレーでも食べて寝てしまおう。

 そう言えば、ミサキは何か食べたのだろうか?

 もう寝ると言っていたので、今晩は自分の分だけでよいだろう。

 妖魔あやかしのことで、ミサキが俺に嘘をつくとは思えない。

 でも、もしかして、ミサが裏で何か企んでいるなんてことは?

 いや、そんなことはあるはずがないじゃないか!

 操じゃないなら、……いったい誰なんだ?

 ただの偶然か、それとも何か狙いでもあるのだろうか?

 答えの出ないことを、いろいろ考えてしまう。

 いつもの食べ慣れたレトルトの中辛カレーは、何故か味がしなかった。


 翌朝、ミサは俺の家に呼びに来なかった。

 学校でも、明らかに操から避けられていた。こちらから声をかけられるような感じじゃなかった。

 家でミサキといる所を見られて、やっぱり何か変な誤解をされたままなんだろうか?

 こちらが疑いの目で見ているせいか、何もかもが怪しく見えてきてしまう。

 正直、一日の授業が終わるころにはグッタリと疲れてしまった。

 その次の日も、ミサと話をできなかった。


 そして、そのまた次の日。

 ミサキが「妖魔の残り香」ってのに気付いてから3日目。

 学校でミサを見て、驚いた。

 左の頬に、大きなガーゼが貼られていた。

 それを見てとっさに思ったのは、誰かに殴られたんじゃないかってことだ。

 その日の操は、いつもにもなく落ち込んでいた。いつもの元気が、全くなかった。

 いつもは俺とミサのことを「夫婦漫才」とな何かとからかってくる同級生たちも、俺にもミサにも声をかけづらそうにしていた。


 今日も、重たい気持ちを引きずったままの帰宅。

 玄関でカバンを放り出し、俺の部屋のベッドに横になる。

 今日も、学校でミサと話はできなかった。特に今日は、とても声をかけられる雰囲気じゃなかった。

 今日も一日中気を張っていたから、とにかく疲れた。体が重い。

 ミサキは、もう自分の部屋で寝てしまっている。俺も、早く寝てしまおう。

 そう思っていると、不意にスマホが鳴る。

 アニメの主題歌の明るいイントロ。これは——ミサからのラインだ!

 急いで飛び起きて、アプリを開く。

「よかったら、金輪公園きんりんこうえんに来てくれない?」

 帰ったばかりで制服のままだから着替えてから出ようとか、出かける前に返信をしておかなくちゃとか、——そんなことを考える間も無く、公園に向かって家を飛び出していた。

 

 金輪公園きんりんこうえん

 小さいころ、ここでよくミサと遊んだ、家の近所の公園だ。

 家の近くとはいっても、全速力で走ってくるとかなり息が切れる。

 けっこう大きな公園の入り口で見回すと、ブランコのところに人影があった。

 ――、ミサだ。

「あ、来てくれたんだ……」

 近づく俺に気が付いて、操の方から声をかけてきた。

 ものすごく久しぶりに声を聞いたように感じられたけど、彼女と話をできなくなってからまだ3日ぐらいしか経っていない。

 その声は、明らかにいつもとは違う。無理に明るい感じにしようとしているのが分かる、そんな痛々しさがあった。

ミサ……」

 何を言ってよいのか、よく分からない。

 お互いに無言の時間、ほんの数分だったけど、ものすごく長く感じた。

「あのね、リョウちゃん」

 学校じゃない時には、ミサは俺を「ちゃん」付けで呼ぶ。いい加減やめてくれと何回も言っているけど、こればっかりは変わらない。

「あたし、遠くへ行かなくちゃならなくなりそう」

 ……、えッ!?

 ミサは、今、何を言ったんだ。

 聞き返す時間もなく、ミサは立ち上がって足早に帰っていった。

 後姿でも分かる。

 ミサは――――泣いていた。

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