第12話第二章 What a day !  ~何をしたらこんな目に遭うんだよ!って一日~ その2 誤解

 眠ったミサキに毛布を掛けてやろうとした、まさにその時。

 アイツがやってきた!


「おーーい! リョウちゃん、起きてるゥ?」

 聞き慣れた声。

 折田おりたミサオ

 近所に住む幼馴染で、同じ高校の女生徒だ。

「まだ明かりがついてたけど、早く出ないと遅刻しちゃうぞ――」

 遠慮なく玄関の扉を開け、ドタドタと上がってくる。

 ミサにミサキを見られるのは、ヤバい。

 ――どうする?

 すぐに玄関まで出て行って、操を中に入れないのが良いか?

  ……いや、ダメだ。もう中に入ってきている。

 ミサキに毛布をかぶせて、隠すか?

 ……いや、この部屋に毛布は不自然だし、バレた時に言い訳ができないじゃないか。

 とりあえず、大声で返事だけでもしておくか?

 ……、その大声でミサキが目を覚まして何か言おうものなら、俺以外に誰かいるのがモロ分かりだ。

 いっそ、急いでこの部屋の扉を中から押さえて、操を入れないようにするのは?

 ……、いや、 アイツのことだ。絶対に押し入ってくる。その時こそ、絶対に言い訳できない。

 急いで対策を考える。

 ――つまりは、素早く行動を起こせずにフリーズしてしまって、貴重な5秒ほどの時間が浪費されてしまった。

 ダイニングの扉が、無慈悲にも押し開かれ、よく知った姿が見える。

「おーーい、返事もないけど、もしかしてまだ寝てる……、ふえッ!?」

 変な声を出して、ミサは扉を開けた姿勢のままで、固まってしまった。

 操の大きな眼が、まんまるに見開かれている。

 その瞳に映るのは、——ソファで寝ている超ナイスバディな銀髪美少女と、彼女に毛布を掛けようとしている俺。

 見方によっては、毛布をめくろうとしているように、あるいは今まさにミサキに何かしようとしているように、見えるかもしれない。

 一瞬の間をおいて、ミサの顔がみるみる真っ赤になる。

「あ、ははは……。――お邪魔、しましたァ」

 ギクシャクとぎこちないしぐさで扉を閉め、そそくさと部屋から出ていく。

「おい、ちょっと待ってくれ!」

 あわてて全力で追いかけ、家の玄関で追いついた。

「ご、ごめんね! リョウちゃんも、もう高校だし、も、あるよね」

 ミサの笑顔が、ぎこちない。

 「そんなこと」って、どんなことだよ!

 思わずツッコミたくなるけど、まずは説明だ。

「ちょっと、聞いてくれ!」

 思わず、肩に手をかけて、強引にグイっとこちらに向ける。

「えッ! ……、な、何?」

 強引なその態度に、操はかなり驚いた様子だ。そういえば、こんなに近くでコイツの顔を見ることなんて、ここしばらくはなかったなァ。

 事情を説明しようして、言葉に詰まってしまう。

 事実のみを説明すれば、こういう内容だ。

 少し前に爺さんの寺に行ったら、下半身がクモの妖魔あやかし蜘蛛女アラクネに襲われて、危うく死にかけた。

 寺にいた田淵さんの姿が変わって、銀髪の美少女になった。

 命が危ないところを助けてくれたのは、神人しんじんを名乗るその少女だ。

 そんなこんなで、どうやら俺も神人になったらしい。

 それ以来、彼女が家に住み込むようになった。今朝は、彼女が家の居間で爆睡していたから、毛布を掛けてやろうとした。

 その時に、操がやって来た。

 つまり、お前操が思うような「そんなこと」は、断じてないのだ!


 ……、おい、ちょっと待てよ。

 事実であるにしても、これって、無茶苦茶すぎないか?

 これは、人格どころか、正気を疑われるレベルだ。

 都市伝説だと、黄色い救急車が俺を迎えに来るかもしれない。

 言葉を続けられない俺を見る操の眼には、残念なものや汚物を見るような光がある。一言も、話してくれない。

 結局、何も説明できないまま、同じ道で高校まで行くことになった。

 気まずい。めっちゃ、気まずい。

 普段は、二人でバカ話をしながら歩く登校の道。これほど長く感じられたのは、生まれて初めてだ。


 その日の、放課後。

 学校にいる間、ミサに話をする機会がなかった。

 クラブが終わって、操が帰るのを校門の近くで待つ。

 操になんと説明すればよいか、まだ分からない。でも、とくにかく早く何かを言わなくちゃいけないと、気ばかりがあせる。

 会って、きちんと話をしよう。

 そうすれば、きっと分かってくれる! そうだ。起こったことを、隠さずに話そう!

 なんたって、幼馴染なんだ! 今までも喧嘩とかもしたけど、いつも仲なおりできていた。

 今回だって、大丈夫!

 大丈夫な、ハズだ。

 ……大丈夫、だよな?


 周りは暗くなってきたけど、操はなかなか姿を見せない。

 帰り道は、こちらの校門を通るハズだ。

 ……、ひょっとして避けられて、違う道から帰ったかも?

 だったら、このまま此処で待っていても……。

 だんだん、不安になってきた。

 待ちきれずに、陸上部の部室の方を見に行くことにした。

 暗くなった校舎、残っている生徒は少ない。

 陸上部の部室に行くと、――いた。

 操は、誰かと話をしているみたいだ。

 暗くなってきているので、此処から顔はよく見えない。

 だけど、髪の色で相手は分かる。

 サッカー部の、加藤のヤツだ。

 この高校は服装や髪形がかなり自由だ。でも、あれだけ黄色い髪をしているヤツは、他にいない。

 この高校の運動部は結構盛んだけど、加藤アイツの名前はちょくちょく耳にする。正直、俺は運動系のクラブには、あまり詳しくない。だけど、加藤はこの近辺の高校ではサッカーの得点王として、そこそこ名が知られているらしい。

 ただ、俺が加藤の名前を知っている理由は、サッカー部で活躍しているからだけじゃない。

 いつもチャラチャラしていて、誰彼構わずに女生徒に声をかけまくるので、男子の間では評判が良くない。でも、女性受けは意外と良いみたいだ。


 そんな加藤が、操と何を話しているのだろう?

 気にはなるけど出て行きにくくて、物陰から様子をうかがう形になってしまう。

 なんだか、覗きでもしているみたいで、落ち着かない。

 あ、加藤のヤツが、操の肩になれなれしく手を回しやがった。

 おい、加藤! 操に何をしやがる!

 いや、操が加藤の手を振りはらって、足早にこちらに来る。

 加藤のヤツは、——追ってこない。

 俺が身を隠していた角を、操が曲がる。

 操と、正面からばったり鉢合わせる形になる。

 目が合った。

「あッ、みさ……」

「リョウちゃん……」

 気まずい。

 本当に、これ以上ないくらい、気まずい。

 いろいろと話すつもりで来たけど、何を話して良いか、すぐに言葉が出てこない。

 操は顔を伏せて、無言で足早に俺の前を通り過ぎて行った。

 声をかけられず、そのまま遠ざかっていく後姿を見ていることしかできなかった。

 ……、俺は、何をしているんだろう?


 その時、その場にもう一人いることに気が付いた。

 いつからか、少し離れた向かい側の木の陰に、女生徒がいた。

 彼女は、俺の方をキッとにらんだ、ように思う。それから、足早にその場を去っていった。

 気づくと、加藤もいなくなっていた。

 しかたなく、俺は一人で帰ることにした。

 なんだか、ひどく疲れた一日だった……。


 重たい体を引きずりながら、慣れた道を家まで帰る

 そして、俺の最悪の一日は、まだ終わっていなかったんだ!

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