第11話 第二章 What a day !  ~ 何をしたらこんな目に遭うんだよ!って一日 ~ その1 新生活

 八時きっかりに、ミサキが家に現れた。

 時間にはきっちりしている性格タチらしい。

 夕方の部室の時と同じで、どうやって入ってきたのか全く分からない。

 彼女には、二階の奥の部屋を使ってもらうことにした。

 両親が海外に出張に行く時に家の大片づけをして、都合よく一部屋空いていた。

 広い部屋ではないけど、この際は文句は言わないでもらおう。

 ミサキを部屋に案内し、居間に戻った時に、疑問に思っていたことを訊く。

「――ところで、さっきの話だと、ミサキはずっと妖魔あやかしなんかに命を狙われ続けていたのか?」

「そうだね。お前は、なぜわらわ田淵あのの姿をしていたのか、その理由が分かるか?」

「話の流れ的に、妖魔あやかしに見つからないようにする為、ってこと?」

「そうだね。正面から一対一サシわらわと戦えるほど強力な妖魔あやかしは、正直、それほど多くはない。しかし、小物でも数でつけねらわれるとオチオチ寝ていることもできないくなる。強力な妖魔あやかしで知恵がまわるヤツは、かなり厄介だ」

 ミサキが素直に「厄介だ」というほどの敵、お目にかかりたくはないもんだ。

「それに、神人の姿は目立ちすぎる。余計なトラブルは、避けておくに限るからな。姿を変えるときには、あの磐座いわくらの姉妹にも力を借りている。あのマリも、ああ見えて、なかなかの術者だよ」

「とても信じられないけど……」

 あのミサキ先輩なら、何をできても驚かないけど……、マリちゃんの方は「ほんとに大丈夫か?」って気持ちがわいてくる。

「ただ、大きな問題もあって、ね。神人は本来、呪術にかかりにくいのだよ。だから、術で姿を変えるときには、本来の力を制限しなければならない」

 そう言えば、蜘蛛女アラクネに襲われた時、ミサキは最初の一撃で重傷を負わされていた。でも、元の姿に戻った後には、文字通りに圧倒していた。

「余計な争いには巻き込まれにくくなるが、神人の力をセーブするおかげで、この前のような不意の戦いでは後れを取ることがある。蜘蛛女アラクネの時には、相手が弱かったから良かったが……、やはり、いろいろと考え直さなければならないな」

 そこまで言って、ミサキが話題をかえる。

 俺は、蜘蛛女アラクネに危うく殺されかけた。いや、ミサキに助けられて神人しんじんにならなかったら、確実にあのまま死んでた。蜘蛛女アレが、弱いだって? ますます、強い妖魔あやかしになんか、お目にかかりたくないもんだ。

 そう言えば、あの時、俺の唇に柔らかい感覚があったのを覚えている。

 あの時はもう感覚がなくって何かは分からないけど……、あれは、まさか、ひょっとして。

「さて、難しい話はおしまいだ。夕飯にしようか。冷蔵庫にあるもので適当に作るが、何か食べたいものはあるか?」

 その言葉で、夕飯がまだだったので腹がすいているのを思い出した。

 学校から急いで帰って、家の片づけをして……、昼食の後はまだ何も食べていない。


「おいおい、冷蔵庫がほとんどからだぞ。もう少しましな食材の買い置きは、ないのかな?」

 文句を言いながらも、ミサキがありあわせのもので手早く夕食を作ってくれた。

 夕飯は、――口惜しいけど美味かった。

 食べ慣れた味。

 やっぱり、ミサキは俺が小さいころからよく知っている「田淵さん」の正体だったってことを実感する。

 人のよさそうな笑顔の、近所の田淵さんおばあちゃん。それと、妖しいお色気満点のミサキ。

 いくら姿を変えていたって言っても、とても同一人物だなんて信じられない。

 俺が片づけをしている間に、ミサキはさっさとシャワーを浴びて部屋に入ってしまった。

「今日は、これ以上話をするつもりはない」という感じだったから、いろいろと訊きそびれてしまった。

 神人しんじんのこと、ミサキが蜘蛛女アラクネを倒した力のこと、……訊きたい事はたくさんある。

 ……どこまで本当のことを話してくれるかは分からないけど。 

 ミサキは、暫くはこの家にいるつもりみたいだし、いつでも機会はあるだろう。

 

 第二章 What a day !

 ~ 何をしたらこんな目に遭うんだよ!って一日 ~


 ジリリリリン!

 目覚まし時計の音が、耳を突き抜けて頭の中に突き刺さる。

 そんな、いつもと同じ朝。

 まずはうるさい時計に、安眠を邪魔された怒りをのせた必殺の一撃。

 にくい敵を黙らせ、むなしい勝利を胸にモゾモゾと布団から這い出る。

 両親は研究で海外出張、兄貴アイツは大学で家を出て、この家には俺だけだ。

 ここで二度寝なんてした日には、確実に学校に遅刻する。

 顎が外れてしまいそうな大あくびをして、大きな伸びをひとつ。

 キッチンで、パンをトースターにセット。

 パンが焼きあがるまでに、コーヒーの準備。

 コーヒー好きの爺さんに教えてもらったから、味にはひそかに自信がある。


 カップは、二つ。

「ミルクは多いめ、砂糖は一つで、よかった?」

「あぁ、それで良い」

 先ほどまで誰もいなかった居間のソファに、銀髪の少女が足を組んで座っている。

 ミサキだ。

 いつ部屋に入ってきたか、音も全くしなかった。

 ほんと、瞬間移動でもしてきたみたいだ。

わらわ好みを覚えているとは、なかなか良い心掛けだね。それに、わらわの気配も、分かるようになってきたようだな」

「気配ってのは、なんとなくだけどね。もし間違って2杯分淹れてもも、俺がどっちも飲めばいいだけのことだし。あ、トーストは?」

「ママレードで、頼む。」

 ミサキが、淹れたてのコーヒーをくゆらせてから、一口飲む。

「相も変わらず、コーヒーを淹れる腕だけはなかなかだな」

「まぁ、あの爺さんの直伝だから、ね」

「いや、あやつの淹れたものは、正直いまいちだよ。お前の淹れたものの方が、わらわの口に合うようだ」

「そりゃ、どうも」

 そうしている間に、トーストが焼きあがる。

 先に朝食を食べ終え、ミサキが食べ終わるのを待つ。

 今こそ、あのことを訊いておかないと!


「前から訊こうと思っていたんだけど……」

 ミサキが食べ終わるのを待ちきれず、思わず声に出してしまった。

 彼女がこの家に来てから、数日。

 うまくはぐらかされてばかりで訊けずじまいだったけど、今度こそは確かめないと!

「お前が、蜘蛛女アラクネを倒したあの力、アレはいったい何なんだ?」

 ミサキが、顔を上げて俺を見る。

「それを知って、どうするつもりだ?」

「神人は妖魔あやかし妖魔(あやかし)に狙われやすいって、言ってたじゃないか? 万一、俺が襲われた時のためにも、何かできることがあったら、今のうちに知っておきたいんだ!」

「その時には、とにかくその場から逃げてわらわを呼ぶか、マツリかマリにでも頼め」

 コーヒーの最後の一口を飲み干して、ミサキがカップを置く。

 「話はこれで終わりだ」とでも言わんばかりだ。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

「頼む、教えてくれ! せめて、自分の身ぐらい自分で守護まもれるようになりたいんだ!」

 少し、間が開く。

「自分の身ぐらいは守護まもりたいなんて、結構な心がけだな。だが、お前の命を助けるためとはいっても、あの時にお前を神人にしたのはわらわの責任だ。それで、妖魔あやかしに狙われるようになったことも含めて、な。お前が気にしなくても、わらわがなんとかしてやる」

 今回は、話をはぐらかされなかった。

 ミサキが、まっすぐに俺の眼を見る。

 ダメだ。何も、言えない。

 時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえる。

 ……でも、このまま引き下がってしまうワケには、いかない。

「俺は、……」

 その時、ボーン、ボーンと、時計が時刻を告げた。

 その数、八回。


 時計の音に、話をするタイミングをなくしてしまった。

「そろそろ学校に行く時間だろう? 遅れるぞ。わらわは、少し寝るからな」

 これ以上、話すことはない。そんな感じの、ミサキの言葉。

 それに、今まで高校に皆勤なのが、俺の唯一の自慢だ。……覚悟を決めて訊きだすつもりだったけど、今回もダメか!

わらわが寝ておる間に何かしたら、――分かっておるだろうな?」

 ミサキの眼が、急にとろんとしてくる。確かに、眠そうだ。

「はいはい、分かっておりますよ。ご安心くださいませ、お嬢サマ。何も致しませんとも」

 ミサキをダイニングに残して部屋に戻り、急いで学校の制服に着替える。

 大急ぎダッシュで制服に着替え、カバンに教科書を詰める。

 居間に戻ると、ソファでミサキが寝ていた。

 一旦寝付いてしまうと、なかなか起きてこない。

 神人しんじんが力を消耗すると、回復のために長い眠りがいるそうだ。

 なんだか、昼間は寝ている吸血鬼みたいだ、と思う。

 ……、しかし、ミサキを見るたびに思う。

 ほんとに、すごいプロポーションだ。

 今すぐに有名雑誌でも超売れっ子のモデルになれるんじゃないか?

 重量に逆らって存在を主張する、この胸のハリ。

 こいつを見たら、ニュートンも万有引力なんか思いつかなかっただろう。そうすれば、俺たちが勉強しなきゃいけない量も、少しは減ったんじゃないか?

 まるでブラックホールでもあるみたいに、思わず視線が吸い寄せられてしまう。……健康な一人の高校生として、この引力に逆らうのは、なかなかに強い心が必要だ。

 思わず釘付けになりそうな視線を、無理矢理にひっぺがす。

 ダメだ、これは目の毒だ。

 春になったけど、朝晩はまだ冷える。

 このまま放っておいて、風邪でもひくといけない。……、神人が風邪をひくかは分からないけど。

 まァ毛布でも、掛けておいてやるか。歩く視線吸引兵器を隠すためにも、それが良いだろう。

 登校時間には、まだ少し余裕がある。

 押し入れから使っていない毛布を引っ張り出して、居間に持ってくる。

 毛布をミサキにかけてやろうとした、まさにその時。

 ――――アイツが、やって来た。

 最悪のタイミングで、アイツがやって来た。

 

 それが、俺の最悪の一日の始まりだった。

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