第11話 第二章 What a day ! ~ 何をしたらこんな目に遭うんだよ!って一日 ~ その1 新生活
八時きっかりに、ミサキが家に現れた。
時間にはきっちりしている
夕方の部室の時と同じで、どうやって入ってきたのか全く分からない。
彼女には、二階の奥の部屋を使ってもらうことにした。
両親が海外に出張に行く時に家の大片づけをして、都合よく一部屋空いていた。
広い部屋ではないけど、この際は文句は言わないでもらおう。
ミサキを部屋に案内し、居間に戻った時に、疑問に思っていたことを訊く。
「――ところで、さっきの話だと、ミサキはずっと
「そうだね。お前は、なぜ
「話の流れ的に、
「そうだね。正面から
ミサキが素直に「厄介だ」というほどの敵、お目にかかりたくはないもんだ。
「それに、神人の姿は目立ちすぎる。余計なトラブルは、避けておくに限るからな。姿を変えるときには、あの
「とても信じられないけど……」
あのミサキ先輩なら、何をできても驚かないけど……、マリちゃんの方は「ほんとに大丈夫か?」って気持ちがわいてくる。
「ただ、大きな問題もあって、ね。神人は本来、呪術にかかりにくいのだよ。だから、術で姿を変えるときには、本来の力を制限しなければならない」
そう言えば、
「余計な争いには巻き込まれにくくなるが、神人の力をセーブするおかげで、この前のような不意の戦いでは後れを取ることがある。
そこまで言って、ミサキが話題をかえる。
俺は、
そう言えば、あの時、俺の唇に柔らかい感覚があったのを覚えている。
あの時はもう感覚がなくって何かは分からないけど……、あれは、まさか、ひょっとして。
「さて、難しい話はおしまいだ。夕飯にしようか。冷蔵庫にあるもので適当に作るが、何か食べたいものはあるか?」
その言葉で、夕飯がまだだったので腹がすいているのを思い出した。
学校から急いで帰って、家の片づけをして……、昼食の後はまだ何も食べていない。
「おいおい、冷蔵庫がほとんどからだぞ。もう少しましな食材の買い置きは、ないのかな?」
文句を言いながらも、ミサキがありあわせのもので手早く夕食を作ってくれた。
夕飯は、――口惜しいけど美味かった。
食べ慣れた味。
やっぱり、ミサキは俺が小さいころからよく知っている「田淵さん」の正体だったってことを実感する。
人のよさそうな笑顔の、近所の
いくら姿を変えていたって言っても、とても同一人物だなんて信じられない。
俺が片づけをしている間に、ミサキはさっさとシャワーを浴びて部屋に入ってしまった。
「今日は、これ以上話をするつもりはない」という感じだったから、いろいろと訊きそびれてしまった。
……どこまで本当のことを話してくれるかは分からないけど。
ミサキは、暫くはこの家にいるつもりみたいだし、いつでも機会はあるだろう。
第二章 What a day !
~ 何をしたらこんな目に遭うんだよ!って一日 ~
ジリリリリン!
目覚まし時計の音が、耳を突き抜けて頭の中に突き刺さる。
そんな、いつもと同じ朝。
まずはうるさい時計に、安眠を邪魔された怒りをのせた必殺の一撃。
にくい敵を黙らせ、むなしい勝利を胸にモゾモゾと布団から這い出る。
両親は研究で海外出張、
ここで二度寝なんてした日には、確実に学校に遅刻する。
顎が外れてしまいそうな大あくびをして、大きな伸びをひとつ。
キッチンで、パンをトースターにセット。
パンが焼きあがるまでに、コーヒーの準備。
コーヒー好きの爺さんに教えてもらったから、味にはひそかに自信がある。
カップは、二つ。
「ミルクは多いめ、砂糖は一つで、よかった?」
「あぁ、それで良い」
先ほどまで誰もいなかった居間のソファに、銀髪の少女が足を組んで座っている。
ミサキだ。
いつ部屋に入ってきたか、音も全くしなかった。
ほんと、瞬間移動でもしてきたみたいだ。
「
「気配ってのは、なんとなくだけどね。もし間違って2杯分淹れてもも、俺がどっちも飲めばいいだけのことだし。あ、トーストは?」
「ママレードで、頼む。」
ミサキが、淹れたてのコーヒーをくゆらせてから、一口飲む。
「相も変わらず、コーヒーを淹れる腕だけはなかなかだな」
「まぁ、あの爺さんの直伝だから、ね」
「いや、あやつの淹れたものは、正直いまいちだよ。お前の淹れたものの方が、
「そりゃ、どうも」
そうしている間に、トーストが焼きあがる。
先に朝食を食べ終え、ミサキが食べ終わるのを待つ。
今こそ、あのことを訊いておかないと!
「前から訊こうと思っていたんだけど……」
ミサキが食べ終わるのを待ちきれず、思わず声に出してしまった。
彼女がこの家に来てから、数日。
うまくはぐらかされてばかりで訊けずじまいだったけど、今度こそは確かめないと!
「お前が、
ミサキが、顔を上げて俺を見る。
「それを知って、どうするつもりだ?」
「神人は
「その時には、とにかくその場から逃げて
コーヒーの最後の一口を飲み干して、ミサキがカップを置く。
「話はこれで終わりだ」とでも言わんばかりだ。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「頼む、教えてくれ! せめて、自分の身ぐらい自分で
少し、間が開く。
「自分の身ぐらいは
今回は、話をはぐらかされなかった。
ミサキが、まっすぐに俺の眼を見る。
ダメだ。何も、言えない。
時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
……でも、このまま引き下がってしまうワケには、いかない。
「俺は、……」
その時、ボーン、ボーンと、時計が時刻を告げた。
その数、八回。
時計の音に、話をするタイミングをなくしてしまった。
「そろそろ学校に行く時間だろう? 遅れるぞ。
これ以上、話すことはない。そんな感じの、ミサキの言葉。
それに、今まで高校に皆勤なのが、俺の唯一の自慢だ。……覚悟を決めて訊きだすつもりだったけど、今回もダメか!
「
ミサキの眼が、急にとろんとしてくる。確かに、眠そうだ。
「はいはい、分かっておりますよ。ご安心くださいませ、お嬢サマ。何も致しませんとも」
ミサキをダイニングに残して部屋に戻り、急いで学校の制服に着替える。
居間に戻ると、ソファでミサキが寝ていた。
一旦寝付いてしまうと、なかなか起きてこない。
なんだか、昼間は寝ている吸血鬼みたいだ、と思う。
……、しかし、ミサキを見るたびに思う。
ほんとに、すごいプロポーションだ。
今すぐに有名雑誌でも超売れっ子のモデルになれるんじゃないか?
重量に逆らって存在を主張する、この胸のハリ。
こいつを見たら、ニュートンも万有引力なんか思いつかなかっただろう。そうすれば、俺たちが勉強しなきゃいけない量も、少しは減ったんじゃないか?
まるでブラックホールでもあるみたいに、思わず視線が吸い寄せられてしまう。……健康な一人の高校生として、この引力に逆らうのは、なかなかに強い心が必要だ。
思わず釘付けになりそうな視線を、無理矢理にひっぺがす。
ダメだ、これは目の毒だ。
春になったけど、朝晩はまだ冷える。
このまま放っておいて、風邪でもひくといけない。……、神人が風邪をひくかは分からないけど。
まァ毛布でも、掛けておいてやるか。歩く視線吸引兵器を隠すためにも、それが良いだろう。
登校時間には、まだ少し余裕がある。
押し入れから使っていない毛布を引っ張り出して、居間に持ってくる。
毛布をミサキにかけてやろうとした、まさにその時。
――――アイツが、やって来た。
最悪のタイミングで、アイツがやって来た。
それが、俺の最悪の一日の始まりだった。
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