第10話 第1章 恋文!? ~ いきなり春が来たかと思ったけど、そんなことはなかった話 ~ その3

「さて、説明も終わったようだね」

 ミサキが、話をまとめるように口を出す。

 そして、とんでもないこと口にした!

「では、しばらく、お前の家に厄介になるぞ」

 えッ! ちょっと待ってくれ。

 お前の家って、俺の家か?

 ミサキ、お前は今、何を言っているんだ?


 両親は研究で海外、クソ兄貴あいつもいないから、家には俺一人しかいないぞ?

「この姿のままでは、亮明寺あの寺には出入りしにくくて、な。もしお前が一人でいる時に妖魔あやかしに襲われでもしたら、どうしようもないだろう?」

「そりゃ、そうだけど……」

「それとも、何か? 良からぬことでも考えていたのか?」

「ないない、ない! 絶対に、ないから!」

 ムキになって否定するあたり、認めているようなものだけど……。

 「不潔です」と、マリちゃんがつぶやく。明らかに、ひいている。

 ……頼む、そんなゴミを見るような目で、俺のことを見ないでくれ!

 そんな俺たちの様子を、マツリ先輩はクスクスと笑いながら見ている。

「じゃ、決まりだな」

 ミサキがニヤリと笑う。赤い唇から、長めの犬歯がちらっとのぞく。

 それもワンポイントになって、思わずドキッとしてしまう。

「では、早く家に帰って、わらわが使う部屋の準備をしておいてくれ。夜の八時ごろに家の方に行くから、……それまでにわらわに見られたくない本などは片付けておくように、な!」

「お、おい! 何を言っているんだ!」

 露骨にあわててしまう俺の後ろで、マリちゃんがまたも「不潔です」とつぶやく。

 ……さっきよりも、見下したような冷たい言い方になっている。

 色っぽい吸血鬼(?)にからかわれ、少し前まで中学生だった後輩にさげすまれる。

 何故、こんな目に遭うんだ?

 俺が前世で、何か悪いことでもしたとでも言うのか?


「では、な。掃除の礼に、夕食は妾が作ってやろう」

 ミサキは、つかつかと窓の方に歩いていくと、なんの躊躇(ためらい)もなく開いている窓から外に身を躍らせた。

 おい、ちょっと待てよ。ここは四階だぞ!

 あわてて窓に駆け寄って外を見ると、ミサキの姿はもう何処にもなかった。

 呆然と窓の外を見ている俺の後ろから、マツリ先輩が声をかけてくる。

「家のお片付け、お急ぎになった方が宜しいのではなくって?」

 その言葉で、はっと我に返る。

「今日は、有難うございました!」

 俺は部室を飛び出した。

 そんなワケで、地誌学研究会への入部とミサキが家に来ること、この二つが決まってしまった。


「お姉さま、私は反対です!」

 バタバタとした足音が遠のいたのを確認して、磐座真理わたしはお姉さまに気持ちをぶつけました。

 お姉さまがなさることに文句を言うなんて、そんなことは今までほとんどありませんでした。

 ですが、今日は黙っていられない! 何故かそんな気持ちがしました。

「あんな下心のありそう不潔な男性が、部活動とはいえお姉さまのお傍にいるなんて! そんなこと、絶対にダメです!」

「先ほどのお話を、マリちゃんも聞いたでしょう。神人を狙って襲ってくる妖魔あやかしは、今でも少なくありませんのよ」

「……、でも、簡単に人前に姿を見せるような妖魔あやかしは、小物ばかりじゃないですか! 延々とそんな連中の相手をするなんて、……ましてお姉さまがご自身のお手を汚しになるなんて、それこそありえません!」

 お姉さまは少し困った顔をして、私をみました。

 そんなお姉さまの顔を見ると、私はそれ以上何も言えなくなってしまいます。

「マリちゃん」

 お姉さまが柔らかい指を私の頭の上に乗せ、優しく私の頭をなでてくださいました。まるで、お母さまみたいに。

貴女あなたの言うとおりよ。でも、私たちにはどんなに僅かなものでも、手がかりが必要ですのよ。……アレ・・に近づくために」

 

 口にするのも汚らわしい、絶対に許せない存在。

 お姉さまも私も、ずっと追い続けてきたけれど、今のところアレの尻尾すらつかめていません。

「あのミサキ様は、本来は神出鬼没なお方ですわ。でも、橘クンがここにいる間は、ミサキ様も自由に行動ができませんのよ。ミサキ様と橘クン、二人の神人が同じ場所にいる。そんなことは、滅多にありませんわ。あのお二人の身近にいれば、きっとかなり大物の妖魔あやかしが接触してきます。その中にアレとゆかりのあるものがいる、そんな気がいたしますのよ」

 お姉さまは、ほんとうにいろいろなことを考えておられます。

「強い力を持つ妖魔あやかしほど、思慮深くて狡猾ですわ。貴女の身にも危険なこともあるかもしれません。……それでも、マリちゃん、橘クンの護衛と監視をお願いできますかしら?」

 お姉さまに、頼りにされている。危険なことも、任せて頂ける。

 それだけで、とっても誇らしい気がしてきます。

「はい! お姉さま!」

 私の返事に、迷いはありませんでした。

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