第9話 第1章 恋文!?  ~ いきなり春が来たかと思ったけど、そんなことはなかった話 ~ その2


 マツリ先輩が説明を始めようとした時、部屋の外からパタパタと足音が聞こえてきた。

 ガラっと音を立てて、部室の扉が開かれる。

「お姉さま!」

 部室に駆け込んできたのは、マツリ先輩によく似た少女。

「お姉さまが男の方にお手紙を渡したって、そんなの嘘でしょう!?」

 かなり急いで走ってきたのか、肩で大きく息をしながら、それでも高めの声で一気にまくしたててきた。

「ねぇ、嘘だと言ってください! 私のお姉さまが、そんな、そんな……」

 少女の大きな瞳、今にも涙がこぼれだしそうだ

真理マリちゃん、どうぞ落ち着いてくださいまし。人前ですわよ」

 そう言われて、やっと俺の姿に気が付いたみたいだ。

「お姉さま、失礼しました。……、その方は、どなたです?」

「あら、紹介が遅れましたわね。このお方は、橘クン。今日、わたくしがこの史学研究会の入部届をお渡ししましたのよ」

 その言葉を聞いて、真理マリちゃんが俺を見る。

 ジトッ。

 日本語で表現するとしたら、まさにそんな感じだ。

 思わずこちらの腰が引けてしまいそうな、まとわりついてくるような陰湿な湿気すら感じる視線で、じろじろと俺を見る。

 そして、数秒後。

 ……晴れ晴れとした顔で、トンデモナイことを言ってくれた!

「あぁ、この方なら、大丈夫です! 私のお姉さまが、こんな殿方を気になさるなんて、あるワケないですもの!」

「ちょっ!」

 絶句する俺の後ろで、ミサキが派手に噴き出した。

 マツリ先輩も、口に手を当てているけど、肩が小さく震えているところを見ると笑うのを我慢しているのだろう。

「真理ちゃん、初めてお会いするお方に失礼でしょう。橘クン、失礼いたしました。この子は、磐座いわくら真理マリわたくしの妹ですわ」

 ――そう言えば、聞いたことがある。

 マツリ先輩が有名すぎてあまり噂にはならないけど、先輩の妹が今年入学したって話だった。

 それが、この娘。

 確かに、マツリ先輩とよく似ている。

 でも、なんというか。……いろいろと、ちっちゃい。

 そりゃ、あのマツリ先輩の実の妹だ。

 お人形さんみたいって表現がピッタリくる正真正銘の美少女であるのは、間違いない。天使みたいだ、って言っても良いくらいだ。

 でも、パタパタと少し落ち着かない動作を見ていると、元気に走り回るかわいい小型犬を見ているような、ほほえましいような、そんな気分と言えば分かってもらえるだろうか?

 それに、何より、比較の対象となる相手が悪すぎる。

 顔、プロポーション、清楚な雰囲気、いろいろと完璧に整いすぎている、マツリ先輩。

 それに、今すぐでもトップグラビアアイドルになれそうな、日本人離れしたメリハリボディを誇るミサキ。

 比べる相手が悪すぎるのは分かっているンだけど、……その、やっぱり、なんだか、いろいろと、……ちっちゃい。

 高校一年生。ほんの少し前までは中学生だったってことを考えても、うん、まぁ、なんだ。

 ……、未来の可能性を信じて、今は、今を強く生きてほしい。

 そのマリちゃんが、俺とマツリ先輩の間に割り込む位置に入ってきた。椅子を動かして、俺と先輩の間を遮る形で座る。

 先輩に誰も近づけるつもりはないのだろう。

 

「では、改めて、お話をさせて頂いてよろしいかしら?」

 思わぬ闖入者ちんにゅうしゃの登場で話の腰が折れてしまった。コホンと小さく咳をして、改めてマツリ先輩が話を始める。

「橘クン、『西遊記』はご存知かしら?」

「『西遊記』? えぇ、そりゃ、もう。だいぶ前に、TVで番組の再放送を見たことがありますけど。その西遊記が、どうかしたって言うんです?」


 西遊記。 

 めちゃくちゃ偉い中国の坊さん・三蔵法師が、弟子の孫悟空、猪八戒、沙悟浄をひき連れて、世界を救うために天竺までお経を取りに行く大冒険の物語だ。途中で襲ってくる妖怪などを退治したり、様々な困難を乗り越えていく中で四人(+馬)の絆が深まっていく、そんな内容だった。

 原典は……、もちろん読んだことはない。


「三蔵法師が、妖怪たちに襲われる理由は、ご存知かしら?」

「それは……。えーッと、たしか、偉い坊さんの『生きぎも』を食べると、不老不死になれるとかなんとか……」

 そこまで言って、自分で話したその内容のヤバさに気が付いた。

 『生き胆を食べると、不老不死になれる』って、これはまさか……。

「そう、貴方のご想像の通りですわ。神人しんじんの生き胆を食べると不老不死になる、そんなお話を真に受けて襲ってくる妖魔あやかしも、残念ながら少なくはございませんのよ」

 先輩の説明に、ミサキが口をはさんでくる。

「この手のヨタ話が広まっているのは、なんとも迷惑な話だな。まァ、この前の蜘蛛女アラクネは、ただの偶然だったようだがな。あの程度の力では、わざわざわらわをねらってくるほどの知能もないだろう」

「じゃあ、なにか? まったくのデタラメのせいで、俺が襲われるかもしれない、ってことか?」

「いや、まったくのデタラメでないようだな。実のところ、妖魔あやかしどもの力をある程度高めるぐらいの効果はあるらしい。さすがに、不老不死とまではいかないみたいだがね。完全に嘘でないだけ、なんともタチが悪い話だ。ともかく、今のお前には、何の力もない。襲われでもしたら、妖魔ヤツらの襲撃から身を守ることはできないだろう」

「お、おい、ちょっと待ってくれ! じゃあ、俺はこの後ずっと、この前みたいな化け物どもに命を狙われ続けるかも、ってことか?」

 思わず、声が大きくなる。

「少し、声を抑えてくれ。声が外に漏れる」

「ミサキ様。それは、大丈夫ですわ。込み入ったお話になりそうですので、部屋の外に声が漏れないように『呪術』をかけておきましたのよ」

 『呪術』?

 何のことだ?

 疑問がもろに顔に出てしまったのだろう。それに気が付いたマツリ先輩が、説明してくれる。

「橘クンには、まだ説明をしておりませんでしたわね。わたくしの実家が神社なのは、ご存知かしら? そのご縁で、少しばかり神道の呪術を使えますのよ」

 マツリ先輩の実家は、『丹産にむす神社』。

 この近辺では、かなり有名な神社だ。それに、マツリ先輩の実家を知らないなんてことがあれば、この高校ではモグリってもんだ。

 この先輩が言う「少しばかり」ってのがどの程度のものなのかは分からないけど、……きっと俺なんかの想像をはるかに超えた、スゴいものなんだろう。

 巫女姿の先輩が、アニメなんかに出てくるような派手な呪術を使って、悪い妖魔あやかしをバッタバッタと倒す!

 そんな絵を、思わず想像してしまった。

「さすがのミサキ様でも、学校の中では目が届きにくいのです。わたくしも、及ばずながらお手伝いさせていただきますわ。何かお気づきのことがあったら、どうぞご遠慮なく、私に仰ってくださいませ」

 マツリ先輩が、丁寧に頭を下げる。

「あ、は、はい」

 何処までも優雅な先輩の動作につられて、俺もあわてて頭を下げる。

「お姉さまの偉大さが、少しは分かりましたか! お姉さまのお近くにいられるってことは、それはそれは凄いことなのよ!」

 先輩の説明を誇らしそうに聞いていたマリちゃんが、自慢げに胸を張る。その胸は、……ぺったんこだ。

 アンタが、何かしたわけじゃないだろう?とツッコミたくなるぐらいだけど、本当に先輩のことが大好きなんだろう。


「橘クン、他に何か訊きたいことはあるかしら? わたくしが分かることでしたら、お答えいたしますわ」

 マツリ先輩が、俺にきいてきた。

「そうですね……。まだ、よく分からないんですけど、『妖魔あやかし』って、いったい何なんですか?」

「それは……、なかなかに難しい質問ですわね。民俗学では、妖怪は神の零落した姿――落ちぶれた神だと言われていますわ。妖魔あやかしも同じようなものと考えると、イメージをつかみやすいかもしれませんわね。何らかの超常の力を持つ存在、そのようにイメージして頂けば、大きな間違いはないと思います」

「神、ですか? 先輩はもう知っているかもしれませんが、俺はこの前に蜘蛛女アラクネに襲われて、危うく死んじゃうところだったんですよ! そんなものが、神さんなんですか? 落ちぶれたとはいえ、あんまりじゃないですか!」

「橘先輩。神と悪魔の違いって、何だと思いますか?」

 マリちゃんが、口を挟んできた。

「そりゃ、……、えぇと、神サマは良いことをして、悪魔は悪いことをするんじゃないか?」

「そうですね。要するに、人間にとって良いか悪いかという違いだけで、どちらも超常の存在であることには変わりないんじゃないですか?」

「そう言われると……」

 うーん。

 だんだん、分からなくなってきた。

「正直に申しますと、厳密な違いがあるワケではありませんわ。日本の神道でも、ひとつの神がいろいろな性格を持っている場合もありますから。あまり難しく考えすぎると、かえって本質を見失う場合もありますわ」


 マツリ先輩の話は、一区切りついたみたいだ。

 マツリ先輩もマリちゃんもミサキも、当たり前のように話をしていたけど、十分にトンデモない内容だった。

 理解と実感が置いてけぼりを喰らっていて、頭の中が半分ぼうっしている。

「さて、説明も終わったようだね」

 ミサキが、話をまとめるように口を出す。

 そして、とんでもないこと口にした!


「では、しばらく、お前の家に厄介になるぞ!」

 えっ?

 お前の家って、俺の家か?

 おいおい、ちょっと待ってくれ!

 ミサキ、お前は今、何を言ったんだ?

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