第8話 第1章 恋文!? ~ いきなり春が来たかと思ったけど、そんなことはなかった話 ~
「宜しかったら、見てくださらないかしら」
その言葉と共に差し出されたのは、真っ白な封筒。
俺の目の前にいるのは、
この鷹野高校で「始まって以来の才媛」とよばれる、俺の一つ絵の学年、3年生のマツリ先輩だ。
高校の昼休み。
授業が終わってざわつく教室で、クラスメートが大慌てで俺を呼ぶ。
教室の後ろ側の扉を出たところに、マツリ先輩が待っていた。
俺の後ろには、教室の窓から鈴なりに顔を突き出している同級生たち。
驚き、好奇心、そして明らかな殺意……。いろんな感情を含んだいくつもの視線が、俺の背中にグサグサと突き刺さってくる。もしも視線に力があったら、その力だけで命まで取られてしまいそうだ。
「
「では、ごきげんよう」と華のある微笑みを残して、マツリ先輩は立ち去った。
彼女のこの笑みを見られるなら、命なんて惜しくない。そんなふうに感じるヤツは、
少なくないだろう。
でも、俺にはその微笑みの余韻にひたる暇なんかなかった。
次の瞬間には、同級生たちが雪崩のような勢いで押しかけくる。抵抗する間もなく、マツリ先輩から渡された手紙はもぎ取られてしまった。
一言の断りもなく、俺の目の前で乱暴に封筒が破かれる。
その中に入っていた一枚の紙。
それに書かれていたのは――――
史学研究会 入部届
・学生氏名 ・学年 ・教室
・部活動顧問名 印
……、それだけだった。
その日の夕方。
終業のチャイムを号砲に、教室から飛び出した。
行先は、史学研究会の部室だ。
扉には鍵がかかっていた。もちろん、俺は鍵なんか持っていない。
扉の前で待たされること、数分。
「あら、もういらしてたのね」
後ろから、マツリ先輩の声が聞こえた。
あわてて振り返ると、先輩とばっちり目が合った。
「いらしてたのね、じゃないですよ! 先輩!」
そうだ。あの後、級友たちからメチャクチャにいじられた。
「なんだ、ただの入部届か!」
入部届を見て、あからさまに興味をなくて去っていくヤツ。
――、恋文なんかじゃなくて、悪ぅござんしたねぇ。
いや、実は俺も少しだけ期待していたけど。――そう、誤解しないようにしてほしいけど、少しだけだからな!
「あの方からよろしく、なんて、いったい誰のことだよ!」
くってかかってくるヤツ。
俺が教えてほしいぐらいだよ!
――マツリ先輩と面と向かってお話したのは、先ほどが初めてでございますとも、えェ。共通の知り合いなんて、心当たりがない。
「そりゃ、そうだよね! あのマツリ先輩が、まさか
妙に晴れ晴れとした笑顔を見せるヤツ。
――「お前なんか」って、今まで俺をそんなふうに見ていたのかよ。
「あのお方、とか誰のことだよ。まさか、偉い人が決めた
勝手に妄想を爆発させるヤツ。
――そんな設定、俺も初めて聞いたよ。
まぁ、とにかく、散々な目に遭った。
しばらくは、このネタでいじられそうだ。
でも、放課後を待ちかねて、俺が地誌学研究会の部屋に駆け付けた理由は、入部届だけじゃない。
同級生に乱暴にもみくちゃにされ、クシャクシャになってしまった入部届。
ビリビリに破けていないのが不思議なくらいになってしまったその紙の裏に、小さな字が書かれていることに気が付いたからだ。
「ミサキ様から、伝言をお預かりしております」
まさか、マツリ先輩は、あのミサキを知っているのか?
もしもそうなら、……何をどこまで知っているんだろう?
放課後までの時間が、これほど長く感じられたことはなかった。
マツリ先輩は、慣れた手つきで史学研究会の部室のカギを回して、扉を開ける。
そう広くない部屋の中には、俺と先輩の二人だけだ。
「どうぞ、おかけくださいませ」
丁寧に椅子をすすめられる。
「先輩! いったい、どういうつもりですか?」
すすめられた椅子に腰掛けるよりも早く、先輩に訊く。
この鷹野高校が始まって以来の天才と噂される3年生。一つ年上の先輩だ。
入学以降、全科目でほぼ満点を叩き出す規格外の頭の良さ。彼女が間違うことがあったのなら、設問の方に問題があるのかもしれない。
それに加えて、ずば抜けて奇麗なことでも知られている。
そう、可愛らしいでなくて、奇麗だ。長い黒髪が、この上なく似合っている。
そのうえ、動作や言葉にもなんとも言えない気品がある。実家は古い神社らしい。
絶滅危惧種の、純粋な大和なでしこ。国際的な保護が必要かもしれない。
そんな先輩とこんなに近くで言葉を交わすのは、初めてだ。
改めて見ると、良家のお嬢様ってものを絵にかいたような
ほんとに、こんな時でもなければ此方から声をかけるのがためらわれるぐらいだ。
大手の芸能プロダクションからのお誘いが引きも切らないとか、マツリ先輩に片思いして告白してフラれて、やっと一人前の鷹野高校生だとか、いろんな噂が絶えないのもなるほどと納得できる。
「先ほどは、まことに失礼いたしました。
どこまでも落ち着いた話し方だ。
ただ、どこか悪戯めいた小悪魔的な笑みが唇に浮かんでいる。
先輩の上品なしぐさを見ていると、今まであせり(テンパり)まくっていた自分が、急にバカらしく感じられる。
「今まで橘クンとは接点がなかったので、あのような形で連絡を差し上げてしまって、ほんとうに申し訳ございませんでした。でも、
先輩に頭を下げられると、だんだん俺の方が悪いような気がしてきた。
先輩のペースに完全に巻き込まれる前に、とにかく、早く、俺が訊きたいことを訊いてしまわないといけない。
「昼に先輩が言っていた、あの方。それに今のお友達。それって、誰のことですか?」
「無論、
この場にいないはずの声が、聞こえる。
この声は、――ミサキだ。
いつの間にか、部室の窓辺の席に座っていた。さっきまでは、この部屋には俺とマツリ先輩の二人しかいなかった。いつの間に、どうやってこの部屋に入ってきたのだろう?ってか、高校の部室に学外の者がいても、いいのか?
ミサキは、自称『
腰までの長い銀髪。日本人離れした、プロポーション。やや厚めの赤い唇から、笑うと犬歯がのぞく。
俺と同じぐらいの年齢にしか見えないけど、思わず項のあたりがゾクっとしてしまうような色気がある。
少し前に、俺は『
「マツリには、
「やっぱり、お前のことか。ところで、なんで俺に護衛なんかが必要なんだよ?あ、もちろん先輩に何か文句があるワケじゃ、ありませんよ」
「それに関して、
マツリ先輩が、ちらっとミサキの方に目をやる。ミサキがうなづくのを見て、先輩が言葉を続ける。
「橘クン、宜しくって?」
マツリ先輩は、一体何を話すのだろう?
緊張して、思わず握りしめた手が汗でじっとりとしてくるのを感じる。
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