第7話 第二話 眠れる騎士と人形使い
プロローグ ~ 眠れる騎士と研究者 ~
「残念ながら、今回の実験でも目立った反応はありませんでした。貴方様のご協力ならば、もしかしたら、とも思ったのですけど……」
主任の声が、暗い。
「いえ、お力になれずに、こちらこそ申し訳ございません」
「いえ、いえ、こちらこそ、お忙しいところに無理にお願いして、すみませんでした。10日ほど前の夕方には不意に反応があったのですが、それ以降はうんともすんとも言わないんですよ」
渡された実験データの束にさっと目を通し、隣の部屋の彫像に目を転じる。
分厚い強化ガラス越しに見える、ひとつの彫像。
中世ヨーロッパ風の鎧を身にまとった人の姿の上半身、そして四本の足を持つ馬のような下半身。ギリシア神話のケンタウロスを思わせる、純白の彫像だ。
半人半馬のその姿は、大人の背丈を軽く超えている。目測で、頭の上までは2.5メートル程度だろうか。
彫像を取り囲む様々な計器が、絶え間なく音や光を発している。そして、強化ガラスのこちら側で測定器から送られてくるデータを食い入るように見つめる白衣の研究者たち。
この実験に参加する前に、守秘義務に関する分厚い契約書にサインさせられた。
日本屈指の大企業にとっても、この研究内容は最高ランクの機密事項に属している。
不思議な光沢を放つ白い体表は、金属とも陶器とも見える。関節部分には明らかに駆動を目的とした構造物がのぞいている。
なかなかに均整の取れた姿、控えめながら全体を引き立てる装飾。かなり腕の立つ職人の手によるものだろうことが伝わってくる。
ひときわ目を引くのは、胸部の中央に位置する真紅の宝玉。白と白銀で統一された意匠の中で、それだけが異彩を放ち、ワンポイントとなって華を添えている。
主任が私の横にきて、横に並ぶかたちで彫像を見る。
「私たちが『
主任が、熱っぽく語る。
この彫像の出どころは、秘されている。
しかし、心当たりが無いわけではない。
「インドの遺跡で、半人半馬の
もしも、この彫像が発見された古代遺物であったならば……、そんなものが何故ここにあるのか、それは訊かない方がお互いの為だろう。
インドと言えば、ヒンドゥー教の3大神の一柱・ヴィシュヌの10番目にして最後となる「
……もしかすると、この彫像は神話の起源に関わるものかもしれない。ふと、そんな妄想が頭をよぎる。
白馬に乗った偉人の伝説は、洋の東西を問わずに存在する。
例えば、中国の民間伝承では、三国志の趙雲が白い甲冑をまとって白い愛馬に跨った姿で表現される。それ以外にも、キリスト教では白馬は守護聖人の乗り物とされている。イスラームでは、開祖を天国に運んだのは白馬であったと伝えられている。ユニコーンやペガサスも、白馬として描かれている。
インドと白馬から安直に答えを連想すれば、思わぬ誤解が生じるかもしれない。
この彫像の出どころに関しても、こちらの想像で決めつけるとかえって間違いを犯すかもしれない。
「今日の実験は、これで終了です。お茶でもお出ししますので、別室でご休憩ください」
「お気遣い、有難うございます。しかし、この眠れる騎士様は、なかなかお目ざめにならないようですね」
「まったくです。『眠れる森の美女』なら王子様のキスで目を覚ましますけど、ね。いや、今回は逆に、お姫様のキスでも必要ですかねェ?」
主任が屈託のない笑顔を見せた。
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