判明と決意

 私は不安症でもあり、神経質でもあり、男勝りでもあり、現実主義であり、なによりとても性格が悪い。


 そんな私は、家庭環境や周りの友達付き合いは無くてはならないものではあるが、同時に負担でもあった。


 それから逃れる為に、幼い頃から絵本や童話を広げ、その世界に入り込んでいたのだ。その延長として、今でも本や漫画にのめり込む事がよくある。


「あー、それか」


 頭の中で、思い込んでいた違和感と、今までの自分の存在が合致した。


 現実逃避としてのめり込んでいた“現実では無い世界”を、実際のものとして創り出したいのだ。


 現実と幻想の融合。それが、あの時の“人魚”が、最たるものだったのだ。


「そっかぁ… 解っちゃったなぁ…」


 広げていた両腕で顔を覆い、大きくひとつ、深呼吸をした。


「よっしゃ!」


 息を吐き出し終わると、自分に掛け声をかけ、目を開けながらガバリと勢いよく起きる。照りつける太陽が、直接顔に降り注いできて、目の前が真っ白にくらんでしまう。


 まぶしさに手をかざすが、それすらも、あの時からの疑問が晴れた祝福のように感じた。


 海に落っこちてしまわないように、フラフラする視界が落ち着くのを待ってから、立ち上がる。


 砂で汚れた制服をパンパンとはたき落としながら、目の前の海を遠くまで、キッと強く見据える。


「まぁ、無謀だろうし。どこまでやれるか、わかんねぇけどさ」


 最後に、意を決した独り言を漏らすと、くるりと踵を返して自転車にまたがる。いつもはノロノロと踏み出すペダルを、全力で踏みつけ、急発進させる。


 その勢いのまま、全速力で家に向かう。ガタガタと舗装が古くなってきている海沿いの道を、スカートがめくりあがって下着が見えてしまうのも気にせずに、脇目も振らずに漕ぎ続ける。


 見えてきた自宅の庭に入り、自転車を停めるのももどかしく、玄関の扉を勢いよく開ける。


 どこからか「おかえりー」と家族の誰かが声をかけてくる。大声で「ただいまー!」と返しながら、階段をバタバタとかけ登り、自室へと入った。


 ベッドに鞄をポイッと投げ置くと、普段はロクに使わないノートPCを机の真ん中に置き、電源ボタンを入れる。


 しばらく立ち上げていなかったからか、「更新しています」の表示が出てしまった。それを眺めると拍子抜けしてしまい、フウっと深呼吸を一つして、自分を落ち着かせる。


 ベッドに勢いよく座ると、投げた鞄を開けてゴソゴソと探り、先程しまい込んだ進路希望調査表を取り出した。


 机に向かうと、更新が始まってしまったノートPCを端に寄せ、進路希望調査表を広げる。再び鞄を探ってペンケースを取り出し、シャープペンシルを手にした。


 いつもの癖でクルクルとペン回しをすると、パシッと持ち直し、希望欄にカリカリとペンを走らせる。


“第1希望 童話・絵本作家(進学案調査中)”


“第2希望 童話出版社 編集部(志望社調査中)“


 所詮しょせん、高校生が思いつきで書く内容だ。自分で自分に、クックッと喉を震わせて笑いが出る。


「あっは、内容薄すぎない? アホっぽいわ~。まあでもさ、今はさ、そんなもんだよね」


 いつもより独り言が多い。それくらい、今からやりたい事が、魅力的なのだろう。


 いつもの現実主義の私らしくないなと思うが、それすらも“現実”にすることが今からの私なのだと、なんとなくではあるが、腹を括る。


 はぁ…と一息つきながら、横目でPCを眺めると、いつの間にか更新が終わってサインイン画面になっている。


 進路希望調査表をクリアファイルに入れて、再び鞄にしまうと、机に向かい直してノートPCを真ん中に置き直す。


 クリックしてデスクトップ画面に変わると、Wordを立ち上げ、縦書き画面へと設定を変更した。


「まぁ、どうしていいかは分からんけど。とりあえず書いてみますか」


 今まで絵本や童話、小説や漫画を読んでいた経験しかなく、文法や専門知識なんて、国語の授業でなんとなく聞いた事くらいしか覚えていない。


(でもさ、初めてなんだし。何を書いたっていいんだし。下手なのは当たり前だって)


 机を指でトントンとしながら、少しだけ考えを巡らすが、すぐにキーボードに両手を構えた。


「はは、まずは、これしかないよね」


〝人魚に恋した、少女の話〟

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