書けない進路表と海

 現在、高校2年生。


 授業が終わり、クラスメート達がお喋りでザワザワとしている中で、私は自分の席に座って頬杖ほおづえをついて外を眺めている。


 今朝のHRホームルームで配られた、目の前に広げている進路希望調査表に、なんと書けばいいか迷っていた。


「っつーか、またまだ高校生なんだけど? 可能性多すぎじゃん? 決めんの早すぎだし。 一生を今、決めんの? マジで早いって」


 周りに聞こえない程度の小さい独り言さえも口が悪くなる程度には、現実的に、立派に成長した。自分でそう思ってしまった。


 しかし、幼い時に感じたあの言い表せない感情は、今でも胸をザワつかせている。


 小さい時にディスティニーシーで感じた、あの言い表せない感情。あれを現実に、具体性をもって勉強したり、仕事にしたりしたい事だけは解る。


“将来、人魚になりたいです”


 そんな事が頭をぎり、すぐに自分で自分を笑ってしまう。頬杖ほおづえをついていた両手を上げながら背伸びしながら上を向き、また小さく独り言を呟く。


「そんな馬鹿な事、書けるわけないっつーの」


 伸び終わると、皆がガタガタと掃除用具入れからほうきなどを取り出す音が聞こえ、掃除が始まる気配を感じる。


 どっこいせ、と高校生に似合わない掛け声で立ち上がり、掃除用具入れの扉側に掛けられている雑巾を手に取ると、自分が割り当てられている棚拭きにとりかかる。


「あーどうしよう、マジでどうしよう」


 黒板を水拭きしながら、また独り言を漏らす。友達が「どうしたんよ?」と声をかけてくるのに対して「あー、進路表がさぁ」と、適当に返事をした。


 雑巾がけを終わらせると、自分の机に置きっぱなしにしておいた進路希望調査表を、自分の鞄に仕舞い込む。


 帰宅部である私は、そのまま鞄を持つと、さっさと教室を出て、学校の自転車置き場へと向かった。


「いっくら考えても、解らないものは解らないんだよね…」


 歩きながら、またはぶつぶつと独り言が出てしまう。


 一体、どんな進路があると言うのだろう。


 ディスティニーリゾートスタッフ?

 デザイナー?

 演出家?

 水族館スタッフ?


(しっくりこない…)


 思いつく限りを頭の中に思い浮かべるが、あの胸をザワつかせるものとは、どれもこれも違うような気がする。


(なにがしたいの、私は!)


 自分に苛立ちを覚えながら、愛用の自転車の元へとたどり着く。カゴにポイッと鞄を投げ入れると、スカートが乱れるのも気にせずに、颯爽と漕ぎ出す。


 少しでも早く着きたくて力一杯に立ち漕ぎをし、制服のスカートをヒラヒラさせながら、お気に入りのある場所へと向かった。


 広大な田んぼ道を脇目も振らずに進み、前方に、まばらに暴風林が見えてくる。ペダルを踏み進める度に濃くなる、じっとりとしたいその匂い。


(よし、もうすぐ着く)


 海沿いのトンネルの手前側、人が居ない広い波止場はとばに、キーっと鋭い音を立てながらブレーキをかける。


 適当に自転車を停め、端っこに座り、足をブラブラとさせる。色んな人から、落ちたら危ないから止めろと言われてはいるが、こうすると少しだけ自由になれる気がする。


 周り見渡し、近くに誰も居ない事を確認すると、そのままアスファルトに寝っ転がって、頭の後ろに両手を当てて、目を閉じた。


 日差しを浴びると、目の裏側が赤く染まる。それが記憶が引き出し、あの時のスポットライトが思い出される。


「あれを…私に当てはめたら、どうなるんだろ?」


 思わず呟いてしまう。あの日、姉に「マリエル役になりたいの?」と聞かれたが、それとも違う。


「そもそも、あれは外国人が演じているからからこそ映えるんだよ。純日本顔の私が、なれるわけがないしさ」


 尚も、独り言を続ける。


 小さい頃から楽天家らくてんかの三人に囲まれて育った私は、困り果てて、独り言を漏らす事が多くなっていた。独り言を垂れ流し続けては、それに対して話しかけられる事もしばしばある。それが面倒で、いつもは無言で過ごしている。


 さびれて誰も居ない、このお気に入りの場所で盛大に独り言を言うのが、ストレス発散の一つだ。


「はぁ…。なんかもうさぁ、こう、もう少し、真面目に考えておけば良かったなぁ」


 いつも頭から離れないくせに、日々の勉強や友達付き合いなどを優先する。それが当たり前のことではあるが、人生の岐路に来れば後悔はしてしまう。


 はぁ、とため息をつき、頭の後ろに当てていた両手を大きく広げ、だらしなく大の字になった。


 海風でスカートがパタパタとめくり上がるが、誰も居ないこの季節外れの波止場はとばでは、気にして押さえる事すら面倒だ。


「絵本の中、そのままな感じだったなぁ…」


 確かに存在感はあるのに幻想的な夢のよう。小さい頃、童話や絵本を広げた時に、その世界に飛び込んで行けるような感じと同じ。


 ・・・


 絵本?


 自分の呟きに、しばらくしてから、目をつぶったままでハッとした。


(そうか…あれになりたいんじゃない…)


“あれをつくりたい”んだ。

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