11
翌日はすっきりとした晴れ間が覗いていた。
昨日、夕方に屋敷を訪れたジョニーには晴れていたら今日と約束をし直し、改めて一緒に山を訪れる手筈になった。
イギーは荷車に二日分のゴミの入った麻袋を載せると足取りも軽く、それを引き始める。
まだ朝靄漂う城下町を尻目に西ラント川を渡り、街の外壁を見上げながら抜けていく。清々しい空気だ。山道に入ったが歩みは変わらない。何とも軽快だ。
気持ちの差なのだろうか。一歩一歩が充実していた。
ただゴミを捨てに行く。
それだけなのに心がウキウキとして仕方ない。
「グリーモ、待ってろ。今日もいっぱい食わせてやるし、何なら明日からは大量に食わせてやれるぞ」
今まではただ重いだけのゴミの袋が、これからは中身が金貨にでも変わったかのように生活が一変するだろう。それを想像しただけでイギーの口内には唾液が溢れた。
山道を上り切り、いつもの調子で右手の方に視線を向ける。その先は切り立った崖になっているはずだったが、いつもとは異なり、もうもうと煙が立ち昇っていた。霧が掛かっているとか、そういうレベルではない。まるで山火事でも起きているかのようだ。しかも鼻を捻じ曲げたくなるような強烈な刺激臭が漂い、思わずイギーは呻いた。
「何だこれ」
昨日の雨で何かあったのだろうか。土砂崩れが起こったとか、そういう可能性を考えてみたが、とにかく煙で全然見えないし、どこまで地面があるのかも分からない。もし足を踏み外したら底の知れない深い谷に落ち、イギー自身がゴミになってしまう可能性だってある。
どうするか。
イギーはしばらくその場で荷車と一緒に煙を睨んでいたが、妙な音が近づくのを感じ、周囲に目を走らせた。
キュイーン。
そんな耳障りな鳴き声だ。時折それにゴゴゴという、何かを吸い込むような音が混ざる。
いつの間にか谷底から上がる煙はイギーの周囲も覆っていて、視界が悪くなっていた。
そのイギーの背後だ。突然、何か銀色に光るものが飛び込んできた。
酷い音をさせ、荷車の上の麻袋に突っ込んでいく。
逃げようと思ったのだが腰が抜けたのか、その場から動けない。
その銀色の生物はイギーよりも一回りほど大きく、巨大なパンのような形状をして、下から緑色に光る長い舌のようなものを複数伸ばしては、それを手のように使って麻袋を破っていく。中身のゴミが出たところでその上に乗り、またゴゴゴという音を立て、どうやらそれを食っているようだ。
――グリーモだ。
それ以外になかった。
「な、グリーモなんだろ?」
呼びかけてみる。イギーの言葉が理解できるかどうかは分からないが、少なくとも敵意がないことを示したい。
だが当然その銀色の生物は何も答えない。次々と麻袋を破り、中身を食い、また次の麻袋を破る。最後に破れた麻袋も綺麗に吸い込むと、まるで人間のようにゲップをし、それから緑色の目を光らせた。
グリーモはじっとイギーを見つめているように見えたが、近づこうともせず、何も喋らず、その場でじっとしている。
ひょっとして、このまま連れて帰れるんじゃないだろうか。
そんなことを思いついたが、体は言うことを聞いてくれない。荷車を引いてここから立ち去れば、今ちょうどそこに載っているグリーモを連れて行ける。果たしてずっと大人しくしてくれているだろうか。納屋まで行けばロープでも何でもある。それで繋いでしまえばペットのように飼うことだってできるんじゃないだろうか。
「グリーモ、もっとゴミ、食いたいだろう?」
イギーがそう話しかけるとそいつはまるで言葉を理解しているかのように、二度、緑色の目を光らせた。
「じゃあ、食わせてやるから、一緒に来い」
再びグリーモの目が光ったのを確認したイギーは意思疎通が出来ていると感じ、ようやく立ち上がった。荷車に手を伸ばし、グリーモが動かないように注意しつつ、それを引っ張る。
屋敷に戻るまでこのままいてくれるだろうか。
何とか誰にも見つからないようにしたいが、そうなるとどこか別の場所で飼う必要が出てくる。ただ、そこまで出来ればわざわざここまでゴミを運ぶ必要もなくなるから、もっと楽に儲けられるじゃないか。
一体何なのかよく分からないグリーモだったが、イギーの頭の中からは既に不安や危険といった単語は弾き出され、金儲けと美味い食事にありつけるという妄想が広がっていた。
お掃除ロボット異世界に行く!〜汚世界は綺麗にしましょうね〜 凪司工房 @nagi_nt
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