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 部屋に戻ってきたマリアンヌから結局ミリア様にずっと付いていないといけないと云われ、仕方なく二人で調査を続けることになった。

 イギーはどうせそんなことになるだろうと思っていたが、心のどこかでマリアンヌと一緒に行動できるのは嬉しいと感じていただけに、やや落胆があった。


「ところでイギー、何か心当たりあんのかよ」

「地道に聞いて回るしかないんじゃないかと思うんだけど、その前に一つ、調べたいことがあるんだ」

「何だよ?」

「まずは屋敷を出よう。話はそれからだ」


 訝しむロンを連れ、イギーは屋敷を出た。

 坂道を下り、西ラント川を渡る。石造りの橋の上は馬車や荷車が余裕ですれ違える大きなもので、その上を歩きながらロンは「そろそろ教えてくれよ」とイギーの小脇を突く。


「どうもさ、昨日見つけてきた例のアレが気になって。それでアダ爺さんにそういう物に心当たりあるか、聞いておきたいんだ」

「あの妙ちくりんな円盤を? まあ確かにアレが何かは気になるけどさ、それとゴミ消失事件とどう関係あんのさ」

「関係ないかも知れないけど、さっきアルデバランの入ってた箱調べた時に付いてたんだよ。あの円盤の銀色が。色々見てきたから言わせてもらうと、あんな色が付くもの他に思い浮かばないんだ」


 イギーの提案に「そうかあ?」と疑問を抱きながらも、ロンは屋敷の仕事をサボれることの方がずっと嬉しいらしく、


「どうせなら調査という名目で久々に城下町観光しちまおうぜ」


 とまで言い出した。


「そうしたいとこだけど、流石にマリアンヌさんに悪い」


 その名を出すとロンも文句は言えない。


「わーかった。じゃあ、とりまイースタン街だな」


 小春日和と云うのだろう。空は晴れ上がり、太陽が眩しい。ただ日差しの強さは薄手のシャツでも良さそうなほどで、通りを歩いているご婦人は真っ白な日傘を差していた。


 一時間ほどだろうか。二人で何だかんだと屋敷の使用人や料理長に対する愚痴、それにマリアンヌやミリアの話をしながらセントラル街を抜け、東ラント川の畔へと出る。

 街を南北に抜けている西川と違い、東のラント川は南側で大きな湖を形成している。以前は栄養豊富で良い漁場だったらしいが、今では汚水の最終到着地となっていて、近づいただけで臭いが凄い。色も緑は当然として、赤や黄色、紫と本当に派手だ。

 しかしそんな場所の水でも飲まざるを得ないのがイースタン街に暮らす人々だった。通称“スタン族”と呼ばれ、貧民の中でも最下層に属する彼らの仕事と云えばやはりそれはゴミやし尿処理、それに屠殺に死刑執行人という役回りが押し付けられていた。

 半円状に湖畔に沿ってボロ小屋が立ち並んでいる。どれもが違法建築だ。そもそもこの場所を管理すべきエトワール公爵は半ばそれを諦めてしまっていて、余計に無法地帯と化している。街の警備を担当するセントラルガードもこの場所にだけは近寄らない。入ったら最後、パンツ一枚まで引っ剥がされてしまうと思えと云われるそんな場所を、けれどイギーたちは堂々と歩いていた。

 そのボロ小屋の並びに異物が挟まるようにして、金属製の細長い建物がある。立ち並ぶ多くは一階、あるいは二階建てだが、その錆の目立つ赤茶げた建物だけは五階建てだ。

 イギーはドアの右手のところにあるレバーを下に引いた。がっちゃんこん、がっちゃんこん、と妙な音が沢山してベルが鳴り響くと、


「今故障中だから自分で開けて入ってきてくれんか」


 中からいがらっぽい声がして、そう言われた。


「これちゃんと動いてたことあんのかよ」


 ロンが苦笑したが、イギーは首を横に振り、それからドアノブを回して中に入った。


「こんにちは」

「ちわーっす」


 外からはただのでかい箱が突っ立っているだけに見えるが、中は中でそこら中に物が散乱し、足の踏み場を探すのが大変なくらいで、とにかく狭い。二階までは吹き抜けになっているのに天井からよく分からない鉄製のオブジェがぶら下がっていたりするから、広さは全く感じられないのだ。それに建物の中央に真っ直ぐ上まで伸びた太い柱のようなものがあるのだが、これには椅子が一つ取り付けられていて、最上階まで一瞬で移動できるカラクリだと教わったのだが、利用しているところは見たことがない。

 白髪の髭面の老人は鍋の底を金槌で叩いていた。


「珍しく普通の仕事ですか?」

「おう、イギーにロン。こいつは仕事じゃなくてな、新しい装置だ。名付けて『ラント汚水浄化装置』。こいつがあれば一瞬であの汚水が飲水に変わるって代物だ。いいだろう?」


 その鍋の何が装置なのかよく分からなかったがイギーはいつもの調子で「すげえ」と驚いたフリをする。


「あ、そうだアダ爺さん。ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「ん? 何かまた珍しいものでも拾ったか?」

「今ここに現物はないんだけど、これくらいの銀色で縁が黒っぽく塗られている、なんか金属製っぽい円盤なんだけど、ひっくり返すと口みたいなもんがあるんだ。そういうの、心当たりある?」

「何だそりゃ」


 質問すると大抵は「こうだろう」と答えてくれるアダ爺さんだが、流石にイギーの説明だけではよく分からなかったらしい。


「えっと……」


 それで落ちているものから適当に似ているものを探し、表から見た形状と裏返した時のそれを説明して聞かせた。しかしアダ爺さんは腕組みをし、低い唸り声を上げて考え込んでしまった。


「アダ爺も分かんねえってなると、売り物にはなんねえなあ。そもそもあれ、金属だったのか?」

「さあ。でも木じゃないし、陶器とも違ったし、やっぱり金属だったんじゃないか? それこそ俺たちの知らない」

「そんなに珍しいもんだったら逆に見てみたくなったな」

「ただ、どっかに消えちゃったんだよ。誰かが盗んだんだと思うんだけど……あ、そうだった。アダ爺さん。最近ゴミが勝手に消えたりする事件、こっちで起こってない?」

「そんな事件があったら、もっとイースタンが綺麗になっとるわ」

「だよな」


 ロンとアダ爺さんは二人して口を開けて笑う。


「もしさ、そういう話を聞いたら教えて欲しいんだ。お屋敷でこの数日、そんな奇妙な現象が続いてて」

「そりゃあ簡単だろ?」


 だがアダ爺さんはイギーの話にそう答える。


「簡単て?」

「屋敷から物が失くなったってのなら、屋敷の使用人の誰かを疑うのが先じゃろ?」

「やっぱそうだよなー。アダ爺だわ」


 ロンは賛成しているが、イギーはその考えに疑問を持っていた。その後、何かの実験に今度付き合う約束をして、二人はアダ爺さんの家を出た。

 既に日が傾きかけていて、二人はこの日、これ以上の調査はやめ、さっさと屋敷に帰った。いつまでもこの無法地帯にいて、小柄で力のない二人が無事で済むはずがないからだ。

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