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 謎のゴミ失踪事件は翌日も発生した。それも一箇所じゃない。最初に気づいたのは朝、準備の為に訪れた料理長のアーバインだ。台所の隅にまとめてあった野菜屑や残飯を入れた麻袋がない。てっきり使用人の誰かが既に外のゴミ置き場まで持っていったのかと思ったが、確認すると誰もそんなことはしていないと言う。もちろんゴミ搬出当番のイギーもそんなことは知らず、屋敷から綺麗に消えてしまっていた。

 他にも使用人や侍女の持ち物が幾つか紛失していて、これはゴミではなかったものの、汚れた下着だったり、エプロンだったり、カビが生えたパンだったりしたから、ゴミ同然と云えた。

 そんなことが数日続き、流石におかしいということで、屋敷の執務を取り仕切る執事長のランドルフが使用人や侍女たち、屋敷で働く人間を集め、事件の調査をすることになった。


「えー、皆も承知しているだろうが、最近妙な紛失が多発しておる。これについて、当主のエトワール卿は大変心を痛められておる」


 ランドルフは催事に使われる大ホールに集めた一同を壇上から見下ろし、その長い白髭を弄びながら溜息をつく。年齢はもう七十を超えていると聞いている。今の当主が子どもの頃からそう変わらない容姿だったというから、本当はもっと歳でもおかしくない。


「ここだけの話だが、何でもミリア様の大切にされていたぬいぐるみが消えたということで、どうにも本心はそちらを探して欲しいようじゃが、ともかくだ、このまま事件が続くというのも気持ちの良いものではない。そこでだ。何人か募り、調査隊を結成しようと思うが、いかがだろうか」


 その提案に誰もが顔を逸した。そもそもみんな余計な仕事を増やしたくないし、更に云えば特別手当てが出されるということもない。金払いがしっかりしているということで屋敷の使用人募集にやってきたイギーは、その本当の意味が「支払いの延滞はないものの、かなりケチ」という意味での“しっかり”なのだと、入って十日ほどで理解した。


「あの」


 そんな中で手を挙げたのは何とマリアンヌだ。イギーだけでなく、ロンも、他十数名の男の使用人も驚きに声を漏らした。


「わたしがその役をお引き受けしても宜しいでしょうか」

「マリアンヌ。構わぬが、君にはミリア様の身の回りの世話という大役があるが、それもこなしつつやると言うのかね?」

「勿論、わたし一人ではございません。調査隊と仰いましたから、他の方にも手伝っていただこうと思っております……ねえ、イギー、ロン」

「え?」

「オレ?」


 突然自分たちの名が呼ばれたことにイギーもロンもびっくりして立ち上がってしまった。


「そうかそうか。ゴミの話だからゴミ処理係と掃除係のお前らにはうってつけだな。確かに確かに」

「許可していただけますか?」

「ああ、そういうことなら構わん。マリアンヌを調査隊の隊長とし、部下にイギーとロンを付けよう。皆もそれで良いな?」


 誰もが面倒な役が回ってこなくてほっとした安堵の「はい」を返した。しかし安堵とは無縁の謎の疲労感を抱えた二人は、互いの顔を見合わせつつも小声で「どうして俺たちなんだ?」と疑問符を突きつけ合っていた。

 解散すると真っ先にマリアンヌの許に向かう。


「なあ、マリアンヌ。どうしてオレとイギーなんだ?」

「知ってるのよ、あなたたち。よく相談してるでしょう……ゴミの中から金目のものを見つけて売り払っ」

「しー! マリアンヌしー! みんなに聞かれたらどうすんだよ」

「あら、わたし以外にも結構知ってる人いるわよ。でも、そういう抜け目のなさって大事だと思うの。だからね、お願い。どうしてもミリア様のぬいぐるみを探し出したいの。あれは彼女が五歳の誕生日に父であるご当主様から頂いた大切なプレゼントなの。あれがないとね、ミリア様の寝付きが悪くて」


 マリアンヌのミリア様好きは単なる好意を通り越して、乳母、いや、もう恋人なんじゃないかというくらい凄まじく、一度彼女が体調を崩した時に別の侍女が担当を代わったのだが、その時にミリア様の嫌いな人参を無理やり食べさせただけで、後日、その侍女がクビにされたという逸話が残っているほどだ。


「それで、マリアンヌ。調べるって、一体何から手をつければいいんだ?」

「まずはミリア様の部屋から始めましょう。だってそれが一番の目的ですから」


 彼女の笑顔にイギーもロンも苦笑いを返すしかなかった。

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