3

 翌朝、イギーはロンの声に叩き起こされた。


「何だよ」


 使用人たちの中でも最低ランクのイギーたちは当然個室なんてものはなく、地下に築かれたかつての牢獄の壁を取っ払い、大きな一つの部屋に改修したものを寝室として使わせられている。下は石を並べた冷たい床で、その上に申し訳程度の薄い麻のシーツを敷いて寝ているのだが、これが何とも頼りない。だからイギーなんかは貴族たちが捨てた汚れた古着を毛布代わりにして寒さを凌いでいる。その中は当然男物ばかりではなく女物のコートもあり、寧ろそっちの方が温かくていいのだが、これがまたよく臭うのだ。使っている毛皮によっては鼻を曲げても入り込んでくるほどで、しかし使用人たちの多くはそういったものにも慣れてしまっていた。

 ロンはそのコートを剥ぎ取り、イギーを無理やり起こす。


「お前さ、あの木材の山、いつの間に片付けたんだ?」

「ん? 何だそれ」

「朝から大工の奴ら、みんな喜んでたぞ。しかしお前すごいな。いつからそんな働き者になったんだ?」


 イギーはまるで身に覚えのないことで褒められ、何とも背中のむず痒い思いだったが、とにかくロンから話を聞き、下着のシャツ一枚だったところにボロの上着を羽織って、現場に向かった。

 階段を駆け上がり、屋敷裏の勝手口から出る。

 既に大工たちは改修作業を始めていて、梯子を使い、組んだ足場に上ったり、新しい木材を運び込んだりしていた。


「おう、イギーっつったか。あの邪魔なゴミ、綺麗にしてくれんだってな。ありがとよ」

「あ、はい」


 何もしてない、知らない、とは言わない。何故ならゴミ捨てはイギーの仕事だからだ。自分がやってないなら泥棒か何かがここから持ち出した以外にない。そんなことがバレでもしたら即日クビになってもおかしくなかった。

 名前もよく知らない大工のお兄さんは満面の笑顔で軽々と柱になりそうな木材を担いで行ってしまった。

 見れば確かに、昨日まであったあの木屑、煉瓦屑は見当たらない。一体誰があんなもの持っていったのだろう。もし中に高く売れるものが混ざっていたなら大損だが、あれを処理することを考えるとこのまま黙っておいた方が自分にとってはマシだろうとイギーは考え、深入りはしないでおくことにした。


「それよりも」


 周囲を見て、他の使用人の姿が見えないことを確認すると、イギーは裏手の納屋に足を向けた。

 納屋の扉を開け、奥を見る。そこに片付けられた箒や鎌の脇に雑然と麻袋が重なっていたはずだが、その袋が消えていた。


「ちょっと待てよ……」


 誰が片付けたのだろうか。それとも誰かが例のブツを持ち出したのだろうか。だとしたらその候補は一人しかいない。ロンだ。

 慌てて納屋を出たイギーは屋敷の周囲を探す。掃除係のロンは上司のバーバラさんにこき使われていることだろう。


「おーい! ロン!」


 彼の姿を見つけたのは屋敷の前庭に植えられたオークの木立の陰だった。木の根本に座り込み、箒を手にしたままコクリコクリと船を漕いでいる。やはりサボって寝ていた。


「ん? 何かデカい儲け話でもあったか?」

「バカ野郎。何寝ぼけてんだよ。ロン、お前さあ、アレ、売り払っただろ?」

「アレって何だよ?」

「アレだよ、昨日見せた銀色の円盤」

「ああ、アレな。どうする? やっぱ一旦アグ爺に見せるか?」


 全然分かっていないロンの頭を軽く小突き、イギーは不満そうに顔を歪める。


「だからさあ、ロン。そんな知らんふりしたって俺には分かるんだよ」

「いやいや、オレにはお前が何言ってんのか、さっぱりだね。一体何があったんだ?」

「本当に知らないのか?」


 ロン以外にいないはずだが、仕方なくイギーは麻袋が消えていた件を話し、その上で「だからお前しか犯人いないんだって」と念を押した。


「ちょっと待て。あの銀色の円盤を知ってるってだけで犯人扱いか? あそこは基本、鍵も掛けないし、夜中なら誰にも見つからずに入ることも可能だ。それこそ泥棒でも入ったんじゃないか? この前もあったろ、何だったか、そうそう。マリアンヌさんの寝室から彼女の仕事着が一枚、盗まれたって話」

「確かに。言われてみればロンならあの麻袋全部取ることないもんなあ。銀色だけ抜いて売っぱらっちまえばいいことだし。じゃあ、泥棒か?」

「そうじゃね?」


 泥棒。もしそうなら、改修ゴミを運び出した奴らの一味かも知れない。イギーは少し迷ったが、ロンにだけは告白することにした。


「――とまあ、そういう訳で、朝起きたらあのゴミ、勝手に消えてたんだよ。やっぱ泥棒だろう?」

「何だよ、お前が片付けたんじゃなかったのかよ。けどさ、あれは本当にゴミだぞ? 薪の代わりにでもすんのか?」


 これから迎える冬に向けて確かに大量の薪が必要になる。といってもあれは釘やら余計な塗料やらが付いていて、薪にして売る訳にもいかない。それとも自分で使うのだろうか。泥棒が?

 しばらく二人でああでもないこうでもないと話していたが、結局二人して「わからん」ということで決着を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る