作者の体験した少し奇妙な話
のすけまる
黒い靄
小説を書き始めるにあたって私は、まず自分の書きたいジャンルというものを小一時間ほど考えてみた。
恋愛小説などは小恥ずかしくて書けないだろうし、そもそもあまりその手のジャンルの物語を読まないのでどう書けば良いのか分からない。
多少なりとも私が読むジャンルといえば、ミステリー系やヒューマンドラマ系のものになるが、残念ながらそれらを書く頭脳も人生経験も私は持ち合わせていなかった。
パソコンの前でうんうんと唸っていた私は最終的に、やはり自分の体験した出来事を小説に起こしてみるのが一番だと思い至った。
小説を書き始めたばかりの素人がよくやるあれである。
ということで、前置きもほどほどにこれは私が十年ほど前に体験した奇妙な出来事の一つだ。
******
当時、小学四年生であった私は肺炎を患ってとある地方の病院に一週間ほど入院をしていた。
何でも「マイコプラズマ肺炎」という病気で、熱は入院してすぐに下がったが咳だけがやたらと長引いたのを今でも覚えている。
私が入院していた病室には私の他にもう一人、同じ年頃の男の子が入院をしていた。
名前を一泉(いずみ)君といって、彼の母親と妹が毎日お見舞いに来ていた。
私の両親は共働きで家から病院までも距離があった為、面会時間の終わる直前にやってきて少しばかり話をするのが常であった。
そのこともあり、私は一泉君のことを幼心に羨ましいとも思っていた。
私は一泉君と彼の妹が話しているところに混ぜてもらい、よくいっしょにトランプをしたりして遊んだ。
一泉君の妹は梨奈(りな)ちゃんといい、よく笑いよく怒る物怖じしない溌溂な子であった。
ある時、いつものように三人で遊んでいると梨奈ちゃんがこんなことを言い出した。
「さっきトイレに行ったときね。隣の部屋にね、黒い人が入っていったの」
黒い人、という表現に私と一泉君はとまどった。
気になったので二人でいっしょに詳細を問いただしてみれば、何でも部屋の外にあるトイレから戻ってくる際、黒い人影のようなものが隣の病室に扉をすり抜けて入っていったそうだ。
それを聞いて一泉君は梨奈ちゃんに嘘をつくなと怒り、まるで信じていない様子だった。
しかし一方の私は、内心怖くて仕方がなかった。
その病院に何かいわれがあったのかどうかは分からないが、病院には幽霊がいるものだというイメージが強かったからだ。
梨奈ちゃんも嘘なんてついていないと怒り出し、二人の兄妹喧嘩は次第にヒートアップしていった。
その日の夜、消灯時間の二十一時を過ぎてもなかなか寝付けないでいた私は、ふと変な音を聞いた。
ちちちちちちち、とも。じじじじじじ、とも。
正確な表現ではないが、例えるならそれは電子機器の発するノイズのようなそんな音であった。
怖くなった私は頭から布団にもぐって音が止むのを待ったが、しかし一向に音は止まない。
昼間の梨奈ちゃんの話が頭をよぎった。
「隣の部屋にね、黒い人が入っていったの」と。
黒い人、それは何だったのだろう。
いつまで経っても音は止まないので、私は意を決して病室の扉を開け、廊下を伺ってみることにした。
隣の病室の扉の前に黒い靄のようなものが見えた気がした。
もしかするとそれは、私の心の恐怖が生んだ幻覚や思い込みであったのかもしれない。
ただの暗闇を見間違えたのかもしれない。
ただ、その黒い靄は、人型ではなく顔などなかったはずなのに、私はそれがゆっくりとこちらに顔を向けたような気がした。
私はすぐさま扉を閉めて病室に戻り、布団にくるまって泣き声を押し殺した。
ほとんど気絶するように、私は眠りについて意識を失った。
その翌朝、隣の病室に入院していた老人が亡くなったらしい。
トイレに行った一泉君がたまたま聞いた話なので詳細までは分からないが、医者や看護師が慌ただしくしていたのは病室にいながらも分かった。
私はただただ怖くて、昨日のことは誰にも話さず翌日には退院をした。
******
それから約十年後、何の巡り合わせか私は大学生の頃に梨奈ちゃんと再会をした。
当時の話を彼女にしてみたが、彼女はそのことをよくは覚えていなかった。
ただ、あれからも時々彼女は見るそうだ。
人の死に目に。
黒い影が現れるのを。
それは時に夢であったり、現実であったりと様々なかたちで。
ただ確かに。
人の死に目に、現れるのだ。
作者の体験した少し奇妙な話 のすけまる @nosukemaru
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