なつやすみ
昔から兄の言うことは正しかった。
兄は頭が良く、神童と呼ばれる人種であった。
県では一番の成績だったし、私がクラスメイトからいじめられては家でメソメソ泣いていた時なんかは、いじめっ子たちの家へ直接赴き、近所学校を巻き込んでは直談判をしてくれた。
私はそんな兄を尊敬していたが、日に日に兄はその溌剌としたなりをひそめるようになった。
ある夏の日
夏休みに入る前の学校からの帰り道で私は学校に置いていた大量の荷物をひきづるように帰路へついていた。
交差点を渡り、家の門扉の前につく。
「また、見てるな・・・」
私はため息まじりにそう言った。
家の二階にかけられたボロボロのカーテンの隙間から人影が覗いているのだ。
「兄さんか」
私はその視線を通り抜け玄関を上がった。
靴を脱ぎすて、すぐ二階に向かう階段の上り、一番奥にある部屋をノックした。
「兄さん、入るよ」
私はドアの隙間から中へ滑り込んだ。
兄はカーテンの前の椅子に深く腰掛けて私の方をじっと見ていた。
その落ちくぼんだ眼窩とやせ細った体からはかつての兄の面影が一切消え失せていた。
「兄さん、やっぱり捕まえるのは無理だよ」
私はどこか言い訳をするように言った、というのも先日兄に夏休みの自由研究は「人間観察」をしてはどうかと提案をされたからだ。
人間観察といっても、ベンチに座って人の動きを眺める、なんて生易しいものではない。
人を拉致して、兄の部屋に監禁して、夏休みの間中その姿を眺めて日記につける、という悪趣味な内容である。
その提案をされたとき、私は思わず「死んだらどうするんだ!」と反論をしたが、死んだら標本にできる、と言われてしまった。
私は人を虫のように標本にするのには抵抗があったし、どうせ死体が手に入るのならミイラを作ってみたかった。
小さいころ兄が私に読み聞かせてくれたクフ王のピラミッドの秘密に関する書籍には子供ながらに惹かれるものがあったからだ。
しかし兄にそのことを伝えても、「雑な性格だから、お前にピラミッドにあるようなミイラは作れっこない」とぐうの音も出ない反論をされて思わず黙ってしまった。でも私は完璧なミイラが作りたかった。
確かに私は雑かもしれない。
1年前、自分の部屋で首つり自殺をしていた兄の死体を使って、ミイラを作ってみたときも実際に失敗したのだ。素人知識で雑に仕上げられたミイラは、処理が甘く、少し腐らせてしまった。
完璧な兄を使って、完璧ではないミイラを作り上げてしまったのだ。
やはり兄の言うことは正しい。
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