曇天に飛ぶ

 ある冬の曇天の日、K君は2階の教室の窓から飛び降りた。


 骨折したその左足を1階から引きずりながら戻って来た彼は、教室のドアを開けてこう言った。


「俺、ヒーローになれたかな?」


 その途端、静まり返っていた3年1組の教室が「ワッ」と歓声でわいた。



 このように書くと、あたかもわが母校でいじめがあったように思われるのだろうが、実際にはそんな事実は一切なく、そこにあったのは純粋な馬鹿達の熱意のみである。では、その馬鹿筆頭のK君について少し紹介させていただく。


 K君、日本人、男性、高校3年生は大学受験を控えた受験生である。彼は一応首都圏の難関と言われている大学の法学部を受験する予定だった。


 彼の将来の夢は「ヒーローになること」


 勉強のできる受験生の夢とは思えないが一応そうである。



 センター試験を控える12月、受験生は自由通学であったが、3年1組の生徒はなぜかほとんど学校に来ていた。


 野球部の元キャプテン、引退したにも関わらずまばゆい坊主頭のI君がK君にこう言った。


「Kって本当にヒーローになりたいの?」


 K君は片方の眉をクイッと上げてこう言った。


「まぁね」


「なぁ、知ってるか?ヒーローって空を飛べるんだぜ?」


 I君がニヤニヤしながら、するとしょうもないことを続ける。そして周りにいた生徒たちも、そうだ、とかKも空を飛べないとなぁ~、等のおよそ高校三年生がするとは思えない発言でまくしたてる。


 すると急に黙り込んだKは2階の教室の窓におもむろに近づき、窓のサッシに足を掛け、冬のどんよりした空のもとへ飛び出したのだ。


 その瞬間の3年1組、30人の生徒の視線を彼は強引に奪っていった。


 次の日のホームルームでは教師から


「皆さんは、ヒーローなりたくても決して窓から飛び降りないように」と、厳重に注意されたのは言うまでもない。


 その後左足を骨折した彼は、車いすに乗ってセンター試験を受けに来ており、その姿はセンター試験の緊張をいいかんじにほぐしてくれるマスコット的なキャラになっていてとても良かった。


 そしてなぜ私が、はるか昔の、とりとめのない思い出の一ページを今になって綴っているのかと言うと、彼から司法試験に合格したとの連絡をもらったからだ。その報告を聞いて嬉しくなったのと、懐かしくなったので今この場に綴らせていただいた。


 彼はこれからも、ヒーローとして、色んな人を救っているのだろう。

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