君だけの視線
かのナチスの独裁者、アドルフ・ヒトラーの一番の罪はなんだろうか。
ある人はジェノサイド、ある人は侵略戦争というでしょう。
まぁ、その罪状をあげつらっていったら、枚挙に暇がないですね。
まるで、語尾に(笑)をつけていそうな目の前の男の発言に私はだいぶ苛立った。
「なんでこんなことをしたんですか?」
私は握っていた男の腕に力を込めてそう言った。
「私はね、ヒトラーの一番の罪は焚書だと思うんです。本をね、燃やす人間はそのうち人を燃やし始めるんですよ。」
だめだ、この男には、話が通じない。
話は遡ること、数か月前。
私の勤めている図書館で、蔵書にガムテープで封をするという悪戯をする人間が現れ、数か月に及ぶ戦いの末、本日犯人を取り押さえたのだ。
それはいま目の前で訳のわからないことをぬかす男の犯行であった。
「なんで、こんなことを、したんですか」
私は男に伝わりやすいように、もう一度大声で言った。
すると、大声に少しひるんだ男が表情を変え、
「怖いんですよ、小説が」と言った。
「小説が私を監視してくるんです、すべてのページに目がついていて、そう、ギョロギョロした目で私を監視しているんです。ずっと。もうたまったもんじゃないですよ。おちおち読書のできません」
やばい奴だ。私は頭の芯がスッと冷たくなるのを感じた。
「そうですか、あなたはそれでガムテープで封をしたんですね」
「はい、でも私はヒトラーになりたくなかったんで、焚書はしませんでしたよ。人は燃やしたくないんでね」
目の前の男が誇らしげに言うので私は心の底から、男に感謝した。
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