さんどりよん
頭上から灰が舞ってくる、昔読んだ絵本に出てくるお姫様みたいだ。さしずめ目の前で金切り声をあげて灰皿を振り回しているのは、意地悪な継母であろうか。
酒の飲みすぎで、濁った眼球をギロリとむけてくる女に髪を掴まれ、地面に引き倒される。「お前なんか生まれてこなければよかった」とお決まりのセリフを吐く。部屋の隅では妹が怯えた眼差しで母と私のやり取りを見ていた。その視線が気に入らなかったのか、今度は怒りの矛先を私から妹に替えた母が、妹を灰皿で滅多打ちにしだした。「イタイ、イタイ」と妹が地面をのたうちまわっているのを私はどこか他人事で、まるでつまらない映画を見て「時間を無駄にしたなぁ」なんて感想を呟くように、その光景を見ていた。
母は一通り暴れ終えると、奇声をあげながらフラフラとした足取りで、家を出て行った。机の上には千円札が置いてあり、札を置いていく理性が残っていることに嘲笑を禁じえなかった。
千円札を握りしめて、床に伏したままピクリとも動かない妹を揺り動かした。
「ねぇ、ご飯食べに行くよ」
でも妹は一向に動かなかった、力の抜けた人間は、なんか人間というより物体で、妹の肩に置いた掌 から伝わる感触はグニャリとしていた。
私は妹を起こすのを諦めて、千円札をポケットに、近所のコンビニへ向かった。カップラーメンとホットスナックを二個ずつ買って、レジで会計をしている時、店員が私の顔を見てギョッとしていた。
家に帰ると、妹は、家を出る前とまったく変わらない格好で床に伏していたので、仕方なく一人でカップラーメンを食べる。喉が渇いたので、冷蔵庫を開けると酒しかなかったのでそれを飲む。少しぐらい酒が減ったところであのアル中は気づくまい。
それからテレビをボーっとみながら、畳の上で無気力に横になり、酒を飲む。すると深夜12時に部屋のチャイムがなった。母だろうか、このチャイムを無視するとまた発狂すると思いノロノロと立ち上がって玄関を開ける。するとそこには黒いローブに身を包んだおばあさんがいた。
「…どなたですか?」
「わしは魔法使いじゃよ」
おばあさんはしわがれた声で、そう言った。
「お前があまりにも可哀そうな生活をしておるから、救いに来たんじゃ。今魔法の国では王子が妃をさがしておる。どうだ、ワシと一緒に魔法の国に行かないか」
目の前で、おばあさんがそういうのを、また私はどこか他人事で聞いていた。
「…妹」
「妹?」
「妹を置いてはいけません、あの子は一人では生きていけません」
そしてなんだか突然涙が溢れてきた、魔法使いを家に上げて、ぐったりとして冷たくなった妹を見せると魔法使いは「もう死んでおるな」と言った。そして「ワシと一緒に魔法の世界に旅立とう」と言って、手に持っていたステッキを振った。すると私の体は光に包まれた。
目をノロノロと開くと、目の前ではテレビショッピングが終わったテレビが砂嵐を流していた。畳から起き上がると周りにはビールの空き缶が散乱しており、血は争えないなと悲しくなりながら掃除をする。
部屋の隅を見ると数時間前と一切変わらない体制で、相変わらず妹は横たわっていた。
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