悪い夢
「はぁ、今日はなんだかすごく疲れたな」
バイトの帰り道、とぼとぼと帰路を歩く。
世間は中秋の名月と言われている季節で、まだ少し蒸し暑い。ふと夜空を見上げると燦然と輝く満月が目に入ってきて眩しかった。
家についてから手を洗い、仏間に行く。「ただいま」と俺は父と母の仏壇に線香を供える。そして今日あったことを報告してから夕飯の準備をすべく台所へ向かう、といってもの20歳男子大学生の自炊などたかが知れておりコンビニのビニール袋から弁当を取り出して電子レンジに放り込んだ。
テレビをつける気分にもなれず、無心で弁当を掻きこむ。なんだかあまり味がせず結局半分を残した。父の手料理が恋しくなった。
「料理をできる男はモテるぞ、それに母さんは料理が下手だった」
母に先立たれた父は明るくよく言っていた。
「まぁ、俺は母さん一筋だけどな」
あの頃は、まだ父がいたかな。交通事故が4年前だったので。
すると5年前のお月見の日を思い出した、父はなぜか仕事帰りに笹の木を片手に持ち帰り、「これに願い事を書いて吊るすんだ」と、喜色満面を述べていた。
父はテキトーが服を着たような人種だったが、一緒にいてすごく楽しかった。
結局あの笹に自分はなんというお願いを書いたのだろうか。思い出されるのは父の笑顔と綺麗な満月だった。
こういう気分がくさくさする日に一人で過ごすのは本当に精神衛生上良くない。俺は早々に2階の自分の部屋のベッドへもぐりこんだ。
ひとりで思い出に耽っていると窓から「コツコツ」という音が聞こえた。
「?」
俺は訝しげに布団から顔を出すと、二階にも関わらず窓の外に人影があったので、思わずカーテンを勢いよく開ける。
するとそこには白い両翼を携え、頭上にキラキラと輝く環が付いている天使がいたのだ。しかし眩いばかりの月光をバックにしたその人物の顔は逆光のため暗くあまりよく見えなかった。
そいつがずっと窓を「コツコツコツコツ」と叩くのだ。不思議と恐れは感じず、窓の鍵を下ろして、開けた。
「こんばんは、天使です」
*
「君のお願いを叶えにやってきました」
「…これは夢?」
そう質問をすると、天使は首を少しかしげる。そしてウーンと唸った後に「君が夢だと思うならそうかもしれない」と他人行儀に言った。
俺の願い?そういえば5年前は「母さんに会ってみたい」と笹に書いて吊るしたんだった。その短冊を見た父は少し表情を陰らせていたので「あぁ、正直に書くべきではなかった」と反省したのだった。
でも天使ならどうだろう、俺の夢が叶うのではないか?
俺は意を決して「父と母に会いたい」と言った。
すると天使はにべもなく「それは無理です」と言った。
「嘘・・・」
「嘘ではありません、死んだ者は蘇られません」
俺はがっくりと肩を落とした、天使って意外としょうもないな。
「じゃあ、苦しまずに俺を殺して下さい。そうしたらまたあっちで三人で暮らせるだろ」
「それもダメです」
天使はそう切り捨てる。
「天使を名乗るならせめて願いを叶えようと少しぐらい逡巡してもいいんじゃないか?」
俺は少しイライラしてそう言った。
そして夢の中でも俺は両親に会えないのか、と妙に悲しくなってきたので投げやりに「じゃあ明日の朝ごはん作ってよ」と言った。
「御意」
―なんだそれは、と思った。夢なら夢でさっさと醒めてほしい。
天使と一階に降りで(まぁあいつは浮いていたが)、台所を貸した。手際悪く料理する天使の後ろ姿をぼんやり眺めていたらだんだんと瞼が重くなり俺は船を漕いでしまった。非常に眠い。
そして「できました」と言う声が聞こえて、重い瞼を少し開く。
その時台所のライトに照らされた天使の顔が見えた、天使はすごく見慣れた顔をしていた。そしてそのまま俺は夢の世界へ旅立った。
*
チュンチュン
鳥のさえずりで目が覚める、二階のベットの上でぼんやりと目が覚める。なんか変な夢を見た気がする。一階にあくびを噛み殺しながら降りて顔を洗ってから、仏壇に線香をあげる。そして朝ごはんを作るべく台所に行くと電気がつけっぱなしになっていた。
そしてテーブルの上に目を向けると、凄く焦げているフレンチトーストが置いてあった。
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