非青春ラヂオ

「私が死んだら、葬式ではチャイコフスキーのくるみ割り人形をながしてほしい」


 Kが妙に真面目な顔でそう告げるので、私は思わず、


「くるみ割り人形の、第何楽章よ?」と的外れな返事をした。


 すると彼女は、切れ長の美しい目を細めながら、


「くるみ割り人形の、春のワルツかな。あと遺灰はスカイブルーの海に散骨してくれ」



「ロマンチストかよ」とツッコんでおいた。


 木枯らしが吹きすさぶ街路樹と下校時に二人で歩いていたからよく覚えている。


 あれは、3か月まえの秋の話だったな---


 私は暖房の聞いた教室で窓の外を眺めながら、ほんの少し昔のことを思い出していた。


 Kは死んだ。


 あの秋の日の告白からたったの3日後Kはあっさりと死んだ。


 まるで、元からそこになかったかのように、彼女のいない世界は穏やかに進んでいる。


 Kと私は、小学校からの親友で、美人で優しい彼女は私の自慢だった。


 引っ込み思案の私をぐいぐい引っ張っていってくれるK、大好きだったのに、なぜ。


 3か月前の秋、Kが学校の裏山にある、海に面した崖から身を投げたのだ。


 あまりの突然の衝撃に私は、約束していたお葬式も、呆然をしてすごすだけて彼女との約束を守れなかった。


「Kちゃんのお父さん、事業に失敗して、失踪したらしいわよ」


「お母さんとの二人ぐらしだったけど、家になんか怪しい人たちがよく督促に来てたらしいのよ、怖いわねぇ」


 葬式の参列者のひそひそ話が私の右耳から入って、左耳から出て行った。


 窓の外を眺めながら、あの日のことを思い出していると、教師に授業の内容を当てられて私は椅子をはじくようにして立ち上がった。


 その日の放課後、下校の準備をしていたらD君から


「一緒に帰らないか?」と誘われたので、一瞬の逡巡の後、


「いいよ」と答えた。


 D君は隣のクラスの、人気者のハンサムだが、何故か私に好意を寄せている奇特な人間だ。


「今日は、ちょっと裏山に寄って帰りたいんだけど」


 私は、おずおずとD君に聞いてみた。


「・・・いいよ。でも、大丈夫?」


 Dはその凛々しい眉をグッと目に近づけるような表情をして私に聞いてきた。


「うん、ちょっとだけ整理がついたから、行きたい。」


 私はDと裏山の崖に、Kが死んでから初めて向かったのだ。


 裏山の崖は、地元でも有名なハイキングコースで、切り立った崖に沿って雄大な日本海が荒波のしぶきをあげている。そのちょっとコースをそれたところにある雑木林を抜けたところに、百葉箱が置いてあり、その先の崖で、彼女は身を投げた。


 冬の日本海は、寒い。それも激烈な寒さだ。

 

しかし、日本海にしずむ夕日がなんともノスタルジックで、放課後よく彼女とここにきてだらだらと駄弁ったことを思い出した。


「ねぇ、今度の文化祭の出し物さ、なにやんのかな?」


 今年の春、彼女と放課後ここに来た時、原っぱに寝転がりながらそんなことを聞かれた。


「さぁ、なんでもいいや。準備とかさなんかダルいしテキトーにすごしたいね」


 私は思春期を拗らせてそんなことを言ったのを覚えている。


「なんかさ、変わったことをやりたいよね。」


「変わったこと?」


「うん、私はキミと喋るの大好きだから、君とラジオをやりたいよ」


 彼女は深夜ラジオが大好きで、よく私によくわからないゲスな話をニヤニヤしながら話していたのを思い出した。


「ラジオ?嫌だよ。私は口下手だし、緊張しいだ。そんなことしたら口から心臓がでる」


「でもさ、面白くない?『アイツこんなことやってやがりました!!妊娠してる体育教師のバーバラが鉄棒の授業で逆上がりをしてたのを見た不良のO君が、書道の授業の書初めで、妊婦鉄棒って書いてやがりましたぁ』みたいなの、発表するの」


「しかもその後O君は書道の授業で、教師に墨が足りなくてカスカスの文字書いて怒られて『カスカスなのはお前の髪の毛だろ』って言ったやつね、ってかそんなのラジオにして言ったら私たちO君にボコられるじゃん」


 私は思わずKの発言に乗っかる。


「でもさ、ラジオいいよね。あれ聞いてるときは現実忘れられる。私も人に夢与えることしたいよ」


 結局、文化祭はたこ焼きを作った。


 彼女との思い出を振り返っていると、背後でガンっと音がした。振り返るとDが百葉箱の扉を開けているところだった。


「ちょっと」


 私は思わぬ器物損壊に苦言を呈した。


「いや、足を滑らせて百葉箱のドア触ったら開いたんだよ。・・・あれ?」


 Dはしどろもどろの弁明をしながら、百葉箱の中から一冊のノートを取り出した。


 表紙には「デスノート」と書かれており、名前欄にはKの名前が記名されていた。


「それ、Kの・・・」


 私は思わずDに詰め寄って、そのノートを奪い取って、中身を見た。


 中には我が校で起こった面白エピソードがぎっちりと書かれていた。


 その時私の脳裏にあることがひらめいた、天啓。


「D君って放送部だったよね?」


「まぁね、ほとんど幽霊部員だけど」


「明日の昼休み、忍び込んでこのノートの内容、読んでいい?」


「えっ、それはダメだよっ」


 Dが焦りながら言うので、私は目を潤ませながらDに上目遣いでお願いをしたらしぶしぶ了承してくれた。


 次の日の昼休み、Dと二人で放送室に忍び込んだ。


 心臓が既にバクバクしているが、やるしかない。


 基本的な機材の操作はDがやってくれることとなった。


 昼休みの学校にくるみ割り人形が流れる。


「はいどぉ~も~、○○ラジオでぇ~す」


 私は当然深夜ラジオなど一切を聞いたことないので、たどたどしく震える声で、全校生徒へ挨拶をつげ、縺れる舌でKのデスノートの内容を読み上げていった。


 素人でも分かる、これはひどい放送だが、Kへの気持ちが溢れて私はどんどん稚拙な喋りながら饒舌になってゆく。


「---はい、では最後のお便りです、山口県Kさんからのおたよりです、私は女ですが、親友のことを愛してしまいました。とても苦しいです。との狭い田舎で彼女と出会えたことはとても運命だと感じました。ある日冗談っぽく、同性だけど好きだと伝えましたが、気持ちが悪いといわれてしまいました。その数日後彼女は彼氏を作りました。彼女は私の心のよりどころでしたが、拒否されたという事実は何日たっても心からぬぐえられません。家でも学校でも、彼女以外のよりどころがありません。人は、死ぬと生まれ変わるといいます。私は次の人生では、都会の裕福な家庭に生まれて、いっぱいの人と出会って、幸せな人生を歩みたいです。でもやっぱり彼女を探してしまうのでしょう」


 私の両目から、止めどなく涙が出ていた。


 そう、彼女が死ぬ前日、私は彼女に告白をされた。


 動揺と驚愕から思わず、


「気持ち悪い」


 そう言ってしまった。


 嗚咽が止まらなくなり、デスノートがくしゃくしゃになってしまった。


 放送室にある窓の外をみると雪が降りだしていた。


 彼女の魂も都会でこの雪を見れていますように。


 涙と鼻水でびちょびちょの顔で、私はささやかな願いを曇天の空へ向けた。

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