喫煙所でダンスを

 私の最近の非日常体験。


 大学のF号館の5階にある喫煙所、夕方にもなるとまったく人がいなくなる。


 そこに行って、お気に入りのタバコをふかす。


 その日もいつものように、実験で疲れた脳を癒そうと胸ポケットのタバコをいじりながら喫煙所へ向かった。


「ギィギィ…ギィギィ…」


 喫煙所の前につくと、ドアの向こうから不愉快な音がする。


 ドアノブに手をかけてから、ほんの少しドアを前に押し中を覗いた。


 するとそこには、長い黒髪を振り乱した女が半狂乱になりながら、クルクルと回っていた。


 足元はハイヒールを履いており、片足を軸にしてまるでコンパスのようにひたすらグルグルと回っていた、床にいびつな円を描きながらヒールの底がすり減っているのが見える。


 人間は圧倒的に理解が追い付かない光景を目にしたり、体験すると声が出なくなったり、思考が停止したりするが、俺の場合は「冷静になる」だ。


 最初に円周率を発見したギリシャの数学者アルキメデスもこんな体験はしていないだろう、と妙なやる気がむくむくと湧いていて、タバコを取り出しかけていた手を元にも戻して俺は実験室へ戻った。


 やれる!今ならノーベル賞ものの発見ができる気がする!


 俺は女に感謝をしつつ、その場を去った。


数分後、「ゴン」という、何かを地面に叩きつけたような嫌な音が聞こえた。


 後日、大学のニュースで、喫煙所から女が飛び降り自殺をしたというニュースを聞いた。


 その話を聞きながら


「ニュートンも人が落下するシーンを見たことがないのであろうか」と考えた。


 そう、俺は冷静なところがあるのだ。

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