助手席の君

 私の自慢の愛車BMW。

 彼女とのデートはいつも、これで迎えに行っていた。


 私は笑顔で左ハンドルを握り、彼女が助手席から一方的に笑顔で話しかけてくるのがいつもの私たちのドライブデートだった。


 ある曇天の冬の日。

 黒のスーツに身を包み、いつものBMWに乗り込み、彼女に会いに行く。

 最近は車に乗ると、右側から彼女の甲高い声の幻聴まで聞こえてくるようになり、

どれだけ彼女を好きなのか、と思わず自嘲の声を漏らしてしまう。


 会場の駐車場につき、車を降りると、眼を真っ赤に腫らした彼女の両親が近づいてきたので挨拶をした。


「今度、私の両親に挨拶してよね」


 ふとその時、両頬をほのかに染めて恥ずかしそうに告げる彼女が脳裏に浮かんだ。


「こんな形で挨拶はしたくなかったなぁ」


 思わず口に出ていた言葉に、彼女の両親はくしゃくしゃの顔をさらに歪ませて、私に深くお辞儀をした。


 それからボーっとして過ごし、気づくと夕方だった、曇り空を押しのけるような眩い夕焼けと、空にのびる一筋の煙を見ていたら、数年前彼女と行った温泉旅行が思い出された。


 温泉から立ち上る湯気、浴衣を着た彼女。


 風呂上り、顔を赤らめながらサイダーを飲む彼女はとてもかわいくて印象的だった。


「このサイダーおいしいよ」


 その時の彼女の言葉が、今まさに私の右側から聞こえたような気がして、私はもう一度空を仰いだ。

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