天国よりも野蛮
この箱に入れられて、もう3日たった。
私はまもなく死ぬだろう、それも、箱の中で餓死をするのではなく、神への供物として捧げられる。
しかし、私は最後の最後まで一矢報いることを諦めていない。敵の喉元に食らいついてその返り血を浴びてやるのだ。
死なば諸共。上等。
*
私の友人のみつきが失踪して3日が経った。
彼女は背が高く、色白で彫りの深いの美人だ、彼女とはとある中国地方のあまり栄えていない山間部にある村の学校で出会った。
この村は田舎ながらもなかなかの人口があり、その人口の大半を支えているのは某宗教団体である。
その為、学校にもその団体の2世が多く、私たち土着の村人こと「内部」と、団体の人間こと「外部」の人間で区別をされている。
みつきは「外部」の人間だった。
彼女の特徴の一つは、お昼によくフルーツを食べていたことだ。
高校の屋上で彼女と二人してベンチに腰掛けて、お弁当を広げる。
驚くことに、彼女のお弁当箱にはぎっちりと旬のフルーツが詰め込まれているのだ。
あまりにもたくさんのフルーツを無理やり詰め込んでいるため、柔らかい果物の角はつぶれ甘い汁をよく零していた。
ある日思い掛けずに、
「フルーツ、好きなの?」
と聞くと、
「大嫌いだよ」
と吐き捨てるようにいい、その形の整った眉を非常に歪ませながら忌々しそうにフルーツを食べていた。
また、彼女はその美貌から、よく男性にアプローチを受けていた。
その為、よくお付き合いしている男性が変わっていた。
特に彼女の行動で驚かれたのは、男性を選ぶ基準だ。
いかにも遊んでそうな、いわゆるチャラ男ばかりと関係を持っていた。
「ねぇ、野球部のO先輩って、性病らしいよ。」
少し下品な会話に声を潜めて彼女に耳打ちする。
「性病って」
すると、普段クールなみつきが珍しく、前のめりで食いついてきた。
「噂によるとね、HIVらしいよ。みつきもさ、気を付けなよ」
「ふ~ん、分かった。」
数日後、みつきがその先輩と腕を組んで、ホテルから出てくるところを私は目撃して、腰を抜かした。
せっかくの友の忠告をなんだと思っているのだ、と憤慨したが、ホテルから出てきた彼女の、まるで貼り付けたれたような空虚な微笑みを思い出して怒りがしゅるしゅると萎んでいき、代わりに名状しがたい悲しさが胸中にこみ上げてきたのだ。
そんな、少々どころか大分破天荒な私の友人が、消えた。
村では明日、外部の人間のみで行われる祭りの準備でひっそりと、それでいて確実ににぎやかになっていた。
私は言いようのない不安に駆られて、学校帰りにみつきの家へ向かった。
ピンポーン
先ほどから彼女の家のインターフォンを何回も鳴らしているのだが、応答がなく、人のいる気配も感じられない。
彼女の住んでいる団地の6階から町を眺めると、暮れなずむ夕日と共に、どこからか祭りばやしが聞こえたような気がした。
あれは何年前だっただろうか、彼女がこの町に引っ越してきた次の年だから、中学2年生の時かな、クラスの席が前後ろだったというありきたりな出会いをした私とみつきがこの村の盆祭りに初めて一緒に行った時だ。
「懐かしいな」
そう独り言ちて夕日を見ていたら頭の奥がジーンとしびれてきた。そしてそのまま6階から身を投げそうになる衝動にかられた。
*
その日は日曜日で、夕方になると彼女は私の家まで迎えに来てくれた。
浴衣を着た私に対して、彼女はジーパンにTシャツというシンプルないで立ちではあったが、スタイルもいい彼女はそんな服装でも綺麗で輝いていた。
家から祭りの会場まで一緒に田んぼ沿いのあぜ道を歩いていく、夏とはいえ田舎の夜は涼しく、虫の鳴き声が耳を心地よくくすぐった。
会場に着いてからヨーヨー釣りや、射的なんかをした。彼女はケラケラ笑いながら心底楽しそうだった。それからベタに裏山の神社なんかに行ったりして花火を特等席から眺めた。
「あ」
花火を見終わった後、一抹の寂しさを感じながら私は大きな声を出した。
「どうした?」
みつきが優しく微笑む。
その顔を見て「綺麗だなぁ」とか思いながらも私は彼女を「神社」に連れてきたことを今更ながら悔やみだした。
「ほら、あのさ、ここ神社じゃん。みつきを連れてきていいのかという配慮がね、足りなかったかな~と思ったのよ。ごめんね」
私は謝る。
するとみつきは、その凛々しい相好を崩してからプッとふきだした後、
「何言ってんのよ、私はそんなこと気にしてないよ」
と、言って私の背中を優しく叩いた後、
「本当に、気にしていない」
と少し表情を陰らせながらそう言った。
その後、なんとなく気まずくなってしまってお互い沈黙したが、グーと空気の読めない私のお腹が盛大になったので、下の屋台に戻ってご飯を食べることにした。
私が焼き鳥を買って食べていると、彼女はりんご飴を買ってきて食べていた。
私が焼き鳥を食べているのを見て、彼女が少し青ざめていたのが印象的だった、そして一言、
「君は外部主催の祭りには絶対に行っちゃだめだよ」
と消え入る声で私にそう言った。
祭りからの帰り道も一緒に帰った、彼女はいいと固辞する私の反対を押し切り、我が家の前までお見送りをしてくれたのだ。
「じゃあ、また学校で会おうね」
家の前で私にそう告げる彼女は月明かりを受けてキラキラ輝いていた。そして彼女は踵を返して家路へとトボトボ歩いていく。
その頭上ではまばゆいばかりの満月が彼女を見下ろしていた。
とても「美しい」「月」だった。
---私は月が大好きだった。
*
夕日を見ながらぼんやりとしていると、団地の駐車場に見覚えのある人物を見かける、あれはみつきのお父さんだ。彼はどうやら家に帰るのではなく、駐車場に止められた車に乗り込もうとしていた。
瞬間、跳ねるように体が勝手に動き、エレベーターに飛び乗る。1階のボタンを叩くように押し、閉のボタンを連打する。
古い団地のエレベーターなので、すべての動きが緩慢で私はチッと舌打ちをする。すると、やっと下に向かってノロノロと動き出した。
1階についたエレベーターの扉が開いた途端、駐車場の車目掛けて全力疾走をする、丁度車は駐車場から道路へ出ていこうとするところだった。
「待ってください!!!」
全力の大声を腹の底から出す、が車は止まることなくそのまま道を進んでいく。
その後を尚追いかけるが、次第に距離は開き、やがて車は米粒のように小さくなって、消えた。
思わずその場にしゃがみ込む。全力疾走したため肺がヒィヒィ言って悲鳴を上げている。記憶の中の彼女の父親はいつも不愛想でムスッとしており、そして廃車寸前と思われるようなオンボロの車に乗っていたはずだが、先ほど見た父親はやけに上機嫌そうな足取りこの村に似つかわしくなく高級な外国の車に乗り込んでいた。
しばらくその場で呆然としたが、震える膝に喝をいれながら立ち上がり、結局日が変わる直前まであてどなくみつきを探した。
みつき、みつき、みつき、どこなの!
その日は一睡もできなかった。
次の日、学校の教室に着き、机の上にスクールバックを置く。寝不足のため頭がガンガンと痛い。
するとおしゃべりグループの内部の女の子達の会話が聞こえてきた。その声に更に頭が痛くなる。
彼女たちはしきりに、またか、とか、供えられたんだ、とかヒソヒソ話をしている。
そう、この宗教団体にはよくない噂があるのだ。
それは神へのお供えとして、数年に一度の外部主催のお祭りの日に人肉がふるまわれるという何とも恐ろしい噂だった。
*
ギィ、という不快な音と共に箱が開けられ、グイと何者かに腕を引かれる。
ずっと暗い場所にいたので、外が夜だというのに月の光に目がチカチカする。
その光があまりにも眩しかったので思わず大好きな親友を思い出した。
せめて最後にもう一度会いたかったな、などと少し弱気になる。
下卑た大人が何事か言っているがまったく耳に入って来なかった。
目の前で振り上げられたナイフが月の光を反射してキラキラと光っていた。
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