第7話(抑え:菅部 享天楽)

 一番星バトルロワイヤル当日の朝。


 祝常は前日から決めていた通り、家に籠もり布団を被っていた。


 車の走る音が上から、横から聞こえてくる。やけに車通りが多いなと祝常は感じた。今日のイベントのせいだろうか? と考えた。しかし、すぐにそんなことは自分には関係ないと言い聞かせ、姿勢を変えて布団の位置を調整した。


 今日はバッさんから貰った餅がある。食料には困っていない。それより明日のことだ。イベントの後は沢山のごみが出る。それらをかき集めれば、そこそこ儲けられる。明日は早めに商店街に行くとするか。


 などと一番星バトルロワイアルから気を逸らそうとあれこれ考えていた。


「ノリちゃん、ノリちゃん」


 外からバッさんの声がする。祝常は眠たい目をこすりながら、家から顔を出した。


「バッさん、どうかしたのか? こんな朝っぱらに」

「いやあ、聞いたよ。今日広場に来る声優だかアイドルだかがノリちゃんの妹なんだって? すごいじゃないか!」


 祝常は細くしていた目を大きく見開いた。


「誰から聞いたんだ、それ」

「餅屋のにいちゃんから聞いたよ。詳しくは知らないが、SNS? ってので知ったみたいだ」

「まじかよ……」


 祝常は頭を抱えた。一日も経たないうちに身元が割れているのである。大重のような熱狂的なプロ野球ファンが特定したのだろうか? それにしても美音と自分の関係はどうやってバレたんだ? そんな疑問が頭に浮かんだ。


「それで、ノリちゃんはどうするんだ?」

「どうするって、何を?」

「決まってるじゃないか、イベントだよ。行くでしょ? イベント」

「は? 行かねえよ」

「なんでだよ。行ってあげればいいじゃないか」

「あのなあ……」


 祝常は躊躇いつつも、昨日、妹と会った時の話をした。バッさんは「なるほどな」と呟いて腕を組んだ。そのまま黙り込んでいたが、やがて真面目な顔をして口を開いた。


「だったら、なおのこと行ってあげたほうがいい。そのパン屋にお手伝いに行けばいい」

「なんでそうなるんだ? 行かないほうが良いに決まってる」

「妹さんは君と会えて嬉しかったんだ。人目を気にせず飛び込んで来るくらいに。自分の活躍を見てほしいと思ってるはずだ」


「美音はそうかもしれないが、客はどうだ? 『お前のせいで妹が炎上してんのによく来れたな』って思うだろ、普通は」

「でも、世間には熱愛報道は誤解だったってのがもう知られている。そんな非難されることじゃないと思うがね」

「じゃあ殴りこみに行った件はどうだ? 今度はそっちで炎上する。パン屋でせかせか働いてもこの事実は消えはしない」

「それは、確かにそうだけど、君の不祥事と妹さんのことは全く関係がない。ノリちゃんの思うほどバッシングされないんじゃないか?」


 祝常はすっかり黙ってしまった。バッさんの言うことはごもっともだった。自身の不祥事と美音のことは全く関係ない。しかし、どうしても納得できなかった。


 十年前、確かに祝常は夜のお店にお金を費やした。しかし、そのせいで生活に支障をきたしたり、ましてはその従業員に手を出したりなどしなかった。これだけなら特にファンから失望されることはなかっただろう。


 しかし、それをすっぱ抜いた週刊誌記者が世間のウケを狙うために悪意に満ちた文章を綴ったのだ。詭弁を論じ、仰々しい熟語を並べ、誤解を招くような事を述べ、挙句の果てには祝常の球団を巻き込んで一緒に批判する……そういうひどい記事だった。


「記者は少しでも当人に関係があればそれを利用して記事にする。だから、兄である俺が事件を起こしたってだけで叩く素材としちゃあ十分なんだ」

「考え過ぎだ。ゼロからまた頑張ろうとする奴の過去をぶり返して家族を批判しようとする奴なんかまともじゃない。そういう奴こそ大多数のまともな奴に叩かれる。行こう。行かないと妹さん、自分のせいで気まずくなって来なかったとショックを受けてしまうかもしれない」


 バッさんは腕を掴み「行くぞ」と目くばせをして、半ば強引に祝常を連れて行った。その道中、資材を取り店に戻ろうとしていた餅屋のにいちゃんと出会った。何をしているのか聞かれたので事情を話すと、飲食物を扱うなら髪を切った方が良いのと、大重さんは自分が店に連れてくるから、そこで自らお願いをするようにと言われた。散髪代は餅屋のにいちゃんが出してくれた。


「バッさん、これでお餅の分も含めて貸し二つですからね」

「それはあれだよ、兄ちゃん。この間自転車のパンク直しただろ。それでチャラだよ」

「それだと一つ分しか返したことになりませんよ」

「ええっと、ああ! あれだ! 例の電子部品で時計を直しただろ? これでトントンだ」

「……まあ、時計の修理代より安いからOK……ということにしておきましょう」


 得意げな顔をするバッさんに対して餅屋のにいちゃんは「仕方ないなあ」と言いたげな表情を浮かべた。祝常が散髪から戻ったのを確認してバッさんは帰宅、餅屋のにいちゃんは菜都枝を呼びに行ったのである。



 事情を聞いた菜都枝は二つ返事で了承した。「サイズが合いそうな制服を持ってきますね」と言って店から制服を持ってきた。祝常はそれに着替えた。見た目はすっかりパン屋の店員である。


「さあ、行きましょう」

 菜都枝は祝常を連れて自身のブースに戻った。

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