第4話(中継ぎ:ねこねる)

 ザンギは生まれつきの巨漢だった。学生時代は、名前も相まってクラスメイトからは毎日いじられて過ごしていた。人との関わりを拒絶したザンギは、高校卒業後は大学には行かずニート生活を送るようになる。


 無気力に過ごす日々。深夜にたまたまつけたラジオに、儚音みおんが出ていた。これがザンギとみおんの出会いである。ラジオの話題は、みおんの好きな食べ物についてだった。


 ――みおんはね、ザンギが大好き!


 一耳惚れだった。可愛い声で紡がれる我が名のなんと甘美なことか。この名前でよかったと、ザンギは生まれて初めて自分に自信を持てたのだった。


 それからは部屋で引きこもるばかりではなく、家事手伝いをするようになった。そしてある日、なんとなく作った豚丼が家族に大ウケ。名づけに責任を感じていた両親が出資し、豚丼の店を構えることになった。


「ホォム! ホォム! ホォムイィ~ン♪」


 普段は豚肉と米しか置いていない厨房のテーブルに、今日は鶏肉も並べられていた。ザンギはご機嫌に歌いながらチャカチャカと中華鍋を振るう。しかし頭の中では二人のザンギが喧嘩していた。


「おいおい、お前ほんとに豚丼にするのか?」

「あ、あたりまえだよ。僕は豚丼しか美味しく作れないんだから」

「でも、わかってるんだろ? 審査員はみおんちゃんだぜ?」


 弱気なザンギはしゅんと俯いて、もじもじと指遊びを始める。


「わかってるよぅ……」

「だったら、ここはザンギ一択だろ!」

「ううう、でも、みおんちゃんには美味しいものを食べてもらいたい。だから豚丼を……」

「美味しいザンギを作れ! 簡単だろ!?」


 強気なザンギが弱気なザンギの肩を掴んで、ガクガクと揺さぶった。それに呼応するように中華鍋を振るうザンギの体もプルプルと揺れた。


「ナァ〜〜〜!! もう、うるさーーーーい!!」


 ザンギはお玉を放り投げて火を止めた。


「あれ、たまごチャーハン作っちゃった……」


 結論が出せないザンギの体は、無意識に現実逃避をしていた。菜都枝にはかっこよく親指を立てたりしてみせたが、内心はものすごく迷っていたのだ。しょっぱいたまごチャーハンを頬張りながら、「どうせならとことん逃避してやろう」と思ったザンギは、エプロンを外し散歩に行くことにした。




「くっ……パンか……」


 壁には穴だらけになった餅とパンの写真。どっちを捨てるか決めかねた菜都枝は運命に委ねることにした。壁に二枚の写真を貼り付け、バターナイフを投げる。刺さったほうを捨てる。そう決めた最初の一投は、サクッと音を立ててパンに刺さった。


「私パンを捨てるの? 本当に…? いやいや、やっぱり、次当たったほうにしよう」


 二投目は餅だった。


「おばあちゃん……。私、おばあちゃんを捨てられない……」


 そんなこんなでナイフを投げること数十回。写真の位置を変えてみてもなぜか餅とパンに交互に突き刺さる。疲れて椅子に腰掛けた菜都枝は真っ白に燃え尽きていた。


 その時、カランカランとお店のドアベルが鳴る。


「いらっしゃいませー」


 パッと表情を切り替えてレジ前に立つ。三十代くらいの男性と、小学生くらいの男の子が扉を開けて入ってきていた。男性は男の子を入口で待機させ、店内のパンを一通り確認すると、菜都枝に声をかけた。


「小麦を使ってないパンって……ありますか?」

「へっ!? すす、すみません。うちは全品小麦を使用しています」

「そうですよね。急にすみません。息子が小麦アレルギーでして……。近所で米粉だけのパンとかがあればいいなあと思ったんですが」

「そうだったんですね……」


 男性は困ったような顔で踵を返すと、男の子の手を優しく引いた。


「パパ……おいしそう」

「ごめんな……」


 カランカランとドアベルが虚しく響いた。菜都枝は閉じられた扉をじっと見つめることしかできなかった。




 一番星バトルロワイヤルが目前に迫っていた。


 当日は商店街には近づかず高架下に引きこもろうと思っていた祝常は、物資を集めるために昼間からせっせと働いていた。


「今日はシケてんなぁ」


 イベント前のせいか、商店街はいつもより綺麗だった。目ぼしいものがなかなか集まらず、物資の調達は難航していた。

 荷台を軽々引きながらレンガ道を練り歩く。時間帯もあってすれ違う人という人が祝常をチラリと見ては目を逸らした。


「お、ノリちゃんか?」

「バッさん!」

「珍しいね、ノリちゃんがこんな昼間っから商店街にいるなんて」


 祝常は「ちょっとな」と笑って、キャップを深く被り直した。


「こないだは部品ありがとうな! 助かったよ」

「どうってことないさ。こんな生活してたら持ちつ持たれつ、だろ?」

「はっは、違いない。あぁ、そうだ。じゃあお返しっちゃあなんだけどよ、これあげるよ」


 そう言ってバッさんはビニール袋を取り出した。中には大量の餅がパンパンに詰められている。


「そこの餅屋のにいちゃんが、正月の余った餅を分けてくれてなぁ」

「バッさん、ナイスタイミングだぜ。ありがてぇ」


 思いがけないところから無事に食料をゲットできた祝常は、バッさんに改めて礼を言ってその場で別れた。これでイベントが終わるまで動かずにすむ。早速高架下に帰ろうとした、その時。


「お兄ちゃん……?」

「は?」


 ガヤガヤとそれなりににぎわう商店街が、一斉にシンと静まり返ったように祝常は感じた。目深に帽子を被っていて顔はあまり見えないが、そこにいたのは確かに妹だった。


「美音……なんでここに……イベントはまだ、」


 美音はダッと駆け出し、ひと目も憚らず祝常に抱きついた。


「会いたかった……!」

「お、おい……」


 商店街のど真ん中で抱き合う若い女性とホームレス。異様な光景に商店街中の視線は二人に注がれた。

 その数多の視線の中に、冷や汗で輝く巨漢が一人。


「う、嘘だろみおんちゃん……そんな……」


 北海道ザンギ、その男である。


「みおんちゃんが幸せなら、どんな男と付き合おうが僕は応援する! ……するけどもォ! 相手がホームレスなんて……どうなんだ!? どうする僕!?」


 偏見の塊で脳内キャパをオーバーしたザンギは、頭を抱えてしゃがみこんだ。

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