暴力的な美術革新

 先生と呼ばれている男は、教会の地下深く――懺悔室とは名ばかりの牢獄に囚われていた。

 狭く重たい空気の流れるその場所には、見張りがいなかった。牢獄自体はきちんと施錠がされていて、人やねずみが逃げる隙を与えていない。照明はほのかなランプだけで、本を読むことさえ難しい。

 男はできる限り身体を伸ばした。準備運動というわけではないが、脱出はしておくべきだろうと考えた。

 ――コルが泣いているかもしれない。

 事実どうかは別として、もし泣いているのだったら何をしてでも先生はそのインクを抽出する儀式を止めるだろう。泣いていなかったら、瞳を失った彼女を抱きしめてよくやったと言うだけ――いいや、本当は儀式を止めたい。泣いていても、いなくても。

 どうして先生がコルにここまで執着するのか、それはこの男がよく理解をしている。彼女という不確かで、けれど一生懸命な存在が好きなだけ――とは聞こえがいい建前だ。

 真実はもっと奥深く、誰も知らない夜空の向こうにある。

 とにかく、先生は狭い牢獄の中で背伸びをした。長駆の彼では満足のいく伸びはできなかったが、及第点はとれた。

 それから彼は細めの手首をくい、と動かして錠前を檻の隙間から手に取った。形状、鍵穴の大きさを確かめてから彼の知る限りで可能な解錠方法を探り出す。この錠前は相当古いもののようだった。

 周辺を見てもすぐに扱えそうな開錠のための道具はなく、しっかりと自分が閉じ込められていることを再認識するだけだった。

 考え抜いて、やはり見回りに来た人間をよく動く饒舌な舌で巻き込んでしまった方がいいと判断した。それだけこの男は多弁だった。相手が調子に乗れば、の話だが――そんなものはどうでもいい。やるべきことは相手の認識を錯乱させること。そのついでに錠前を開けさせてしまうこと。結果論だけでいい。それができれば万々歳なのだから。

 そうと決まれば、彼は次に頭を動かし始めた。世界の数式、理の公式。天地の始まりと大鴉について想像する。朝目覚めてからのルーティンだった。寝覚めの悪いコルを眺めながら、今日の第一声は何にしようと考える。そのことがどれだけ特別であるかを、生贄になっている彼女は知らない。

「旅が終わるかもしれないだなんて、そんなものは嘘にしよう。コル」

 目が見えずとも美しいものは探せる。美しいものは真に目で見るものではなく心で覗くものだからだ。その点、“神を覗く者“は間違っている。暴かずとも美しいものは元からそのように輝いている。そのことを忘れてはいけないのだ。

 先生が錠前から手を話し、きつく扉の方を見ると、僅かにそれが開いた。

「……せんせい?」

「その声は……セティくん?」

 牢獄と廊下を繋ぐ扉の隙間から、黒髪が見えた。

 ひょっこり顔を出したのはセティだった。彼はこそこそと身を屈めながら牢獄の方へ移動をして、先生の前に立った。

「どうしたんだい。今頃、コルの儀式が始まっているだろう?」

「せんせいのこと、助けに来た、です」

「え?」

「お姉さん、助けなきゃ」

 そう言ってセティはポケットから錠前の鍵らしきものを取り出した。

「ま、待って欲しい。君はその……何をしているのかわかっているのかい?」

「わかって、ます。先生、逃がし、ます」

「僕一人が勝手に逃げることと、君が逃すという意味の違いを知っていても?」

「はい。お姉さんのところ、行ってほしい、です」

 セティは揺るがなかった。彼ははっきりと断言して、錠前を外してみせた。

 きぃ、と錆びついた扉が開く。

「……うん。コルの目は確かだったな。君のその精神は、本当に美しいよ、セティくん」

「ありがとう、ございま、す?」

 先生の台詞の意味をわかっていないセティは語尾に疑問符をつけて首を傾げた。

「それで聞きたいのだけれど、外には見張りはいるのかな?」

「あんまりいない、けど。先生の銃だけは、大切にされて、た。見つかると大変、かも」

「あー……右腕か。あれは確かに厄介だからなあ」

「そうなんです、か? おもちゃの銃じゃない、ですか?」

 害を及ぼさない拳銃と言われればそれまでの代物である。弾丸を装填しない、その必要がない無尽蔵に撃ち尽くせるそれを、悪人は面白がるだろうし、善人であれば恐れるだろう。

 しかし小鴉を取り扱うようなバルドゥールであれば、その噂は聞いたことがあるのだろう。神話を正しく学んだとされる学士の街の権威だけが持つと言われているもの。

 先生は悩み、セティへの言葉にこう答えた。

「あれはね、目を潰せるんだよ」

 先生はそうとだけ言った。セティはやはりわからない、と顔に書いて仕方がないようだった。

「説明は省こう。じゃあやっぱり、呼んでおいてよかったな。セティくんも乗るかい? 途中下車をしてもらうだろうけど」

「途中下車、ですか? それはなんで――」

 そうセティが質問をした瞬間だった。

 汽車の音が部屋に響いた。

 開けっぱなしの扉の向こうに鉄の塊、動くそれが蒸気を撒き散らしながら到着をした。

 夜汽車ブルカニロ――その到着だった。

「え? え?」

 セティがあり得ないことを目の前にして狼狽える。何せここは室内なのだ。汽車が停車するはずもない。けれど、事実その鉄塊は間違いなく扉の前に停車をしていた。

 汽車の扉が開く。中からは金髪の麗人が現れた。男とも女とも飛べる格好と顔をしていた。

「ご利用、ありがとうございます。夜汽車ブルカニロでございます」

 深々とその金髪の麗人は頭を下げた。

「さあ、セティくん。どうぞ」

「え……夜汽車ブルカニロ、ですか? 本当、ですか?」

「あり得ないと思うけど、そうなんだ。これは夜汽車ブルカニロ。そして彼はこの汽車の車掌さ」

 先生が車掌を紹介すると、車掌は顔を上げてこくりと頷いた。翠玉色の瞳が美しく輝いている。この瞳だって、美術神郷の人々は欲しがるに違いない、と先生は思った。

 セティと先生が夜汽車ブルカニロに乗り込むと、車掌は先生に問うた。

「どちらに向かいましょう?」

「まずは大鴉様の右腕の部屋へ。その後は僕の教え子のところへ」

「かしこまりました。では、そのままお待ちください。大鴉様の右腕へはここから四階、四つのブロックを進んだところですので、お座りになられる必要はないかと」

「わかった。よろしく頼むよ」

 夜汽車ブルカニロの扉が閉まる。

「ど、どうなっているん、です、か?」

「さあ? どうなっているのだろう。けれど夜汽車ブルカニロは事実としてどこにでも現れるし、どこにでも連れて行ってくれるんだ。たとえそれが夜でないとしてもね」

「夜汽車なのにですか……?」

 セティが車掌の方を見て言う。

 すると車掌は困ったようにはにかみながら「ええ」と頷いた。

「夜汽車とあれど、結局は汽車ですから。求める人のところへこの列車は向かいます。それがたまたま大鴉先生のところだったというだけのこと」

「あはは……あとで高く付きそうだな、これは」

 そう言っている間に夜汽車は動き出していた。

 夜汽車の扉には、窓が付いていた。そこから見える景色は、普通のものではなかった。

 空が広がっていた。

 あのバルドゥールが描きたいと言っていた夜空そのものが広がっていた。

 地上から見るそれではなく、おそらくそれは空から見ることができる夜空そのもので、セティは思わず感嘆の声をあげる。星々は一様に煌めき、大きな欠けていない満月が奥に見える太陽の光を受けて仄かに輝く。

「これは……これは! すごい、です」

「セティくん。これは空の眺めなんだ」

「人にはたどり着けない場所、ですか?」

「うーん。そんなことはないと思うけれど、夜汽車ブルカニロはどこにでも連れて行ってくれるからね。この汽車なくして人にたどり着けない場所は、人の心以外にないと言える。いや、それはそれで面白いな……」

「人の心にも届くと仰ったら、先生はいかがしましょう?」

 車掌が意地悪そうに言う。先生は頭を掻きながら「もしそんなことがあったら、心というフィールドについての論文を書くよ」と言った。

 四階と四ブロック先への旅路はそう長いものではなかった。

 窓の外の景色は徐々に霞んでいき、夜空はいつしかある部屋の前に移動をしていた。こぢんまりとした部屋の机の上には、きらびやかな箱の中に大鴉様の右腕と称される白銀の拳銃が置いてある。

「大鴉様の右腕の在り処でございます」

 車掌が告げると扉が開く。

「セティくん。ここは教会の……上の方の階かな?」

「そう、です。まだ教会の中、です」

「じゃあ君はここで下車するべきだね。僕はこれからコルのところへ行くから……うん。もしかしたら君のお父様の怖い一面を見せることになるかもしれない」

「怖くない……怖くない、です。パパなんか……」

「大人には隠すべき一面だってあるのだと、そう思ってくれると嬉しいな。なに、大丈夫。怪我はさせないし、少し話し合いをするだけだからね」

 先生はひょいとブルカニロから降り、拳銃を回収した。そして入れ替わるようにセティの手を引いてブルカニロから降ろさせる。

「大丈夫、です、か?」

「大丈夫。それにこれは僕だけが行かないとダメなんだ。僕は彼女の先生だからね」

 先生はもう一度ブルカニロに乗車した。「出発します」と車掌が言うので、セティは慌てて「いってらっしゃい!」と叫んだ。

「いってきます」

 真面目くさく言えば、セティが頬を綻ばせた。

 ブルカニロの扉が閉まる。

 ごとん、ごとんという駆動音と共に夜汽車ブルカニロは動き始めた。

「あなたの教え子のところまでは三階と六ブロック先ですが――扉やこのブルカニロが停車するには、少々難しい様子ですね」

「そうなると、何か密閉されている場所に閉じ込められているのかな。インクを抽出する際と同じであれば、硝子の匣に閉じ込められているはずだけれども」

「匣の中へまで向かえません。何せこのブルカニロの扉が大きすぎます」

「そうだね。じゃあ……どうしようかな。僕はいいけれど、きっと君もそうするだろうから、覚悟をしておくよ」

「と、言いますと」

「上手くその場所まで落としてくれればいいよ。あとはどうにかする」

 淡淡と車掌と先生は話を進め、それで合意をした。

 窓の向こうでは夜空が広がっている。

 夜空は大鴉の領域とされている。その濡れ羽を大きく広げ、人々を闇から守っているのだとされている。だからその羽の向こうに何があるのかを人々は知らない。星がいくら瞬こうとも、月と太陽が恋人のような関係であったとしてもだ。

 先生は右手に拳銃を――大鴉様の右腕を握りながら、困ったように眉をひそめた。

「この景色を見て貰わないと、僕がブルカニロを紹介したのに残念だって思ってしまうな。でもコルの決心にちゃちをつけたくはない。彼女は一生懸命に今を生きている」

「まるで自分が生きていないかのような物言いですが……死人になられましたか?」

 車掌がブラックジョークを飛ばす。先生は苦笑しながら「そうだったらどうしよう」と言った。

「教え子が実に素晴らしいから、君にも自慢しに来るよ。結局バイクも買うのを忘れていたし、次の目的地の宝石商の中央区は遠い。お世話になろうかな」

「乗車金額をお忘れ無きよう、お願い致します」

「あはは。でも君たちが喰っているのは――おっと。もう到着か」

 景色がまた霞んでいた。

 眼前に見えるのは教会の屋根だった。

 夜空を見せていた窓は、上空から見下ろすような形で“神を覗く者”を、コルが閉じ込められている匣を映し出していた。

「あなたの教え子の在り処でございます」

 位置を確認しながら先生はぱくぱくと唇を小さく動かす。落下の速度、高さ、おそらくで計算される匣の強度。これなら破れる。

「このまま降りても大丈夫そうだ。ありがとう」

「またのご利用をお待ちしております」

 車掌が頭を下げると同時に、扉は開いた。

 風が流れ込んでくる。上空に位置しているからだろうか。それとも先生の侵入を”神を覗く者”が拒絶しているとでもいうのだろうか。

 理由などどうでもよかった。先生はそのまま、なんのためらいもなく夜汽車ブルカニロの床を蹴った。

 そのまま落ちるように。彼女の元へ向かうように。


 その汽車の音は美術神郷に響き渡っていた。

 コルは自分だけに聞こえているわけではないことを、匣の外を見つめて知った。美術神郷の人々は聞いたこともない音に目を丸くさせて、辺りを見渡していた。当然、汽車などは教会に存在しない。するとなれば教会の外である。

 蒸気をまき散らしているだろう汽車は教会にある窓のどれにも映し出されていなかった。

 どこにいるのだろう。そもそも、美術神郷に汽車は走っていただろうか? 答えはNOだ。美術神郷には汽車など存在していなかった。乗り物という乗り物は個人用のものばかりで、公共のものは存在していない。必要に追われるほどの広さでもない。だから余計に謎だった。この汽車の音がどこから聞こえているのか――誰も知らなかった。

 唯一コルだけはまさか、と思い頭上を見上げる。

 上空に見える汽車のシルエットにコルは叫びたくなってしまった。線路のない場所を汽車が通っているのも驚いたが、それが空中だとは誰が思うだろう。まさしくそれは人間の想像を超えたもの、小鴉でしかなしえないものだった。

「……夜汽車ブルカニロ!」

 コルの叫びは匣の外の者たちには全く聞こえない。だからこそ彼女は叫べた。叫んで、その後に起こりえそうなことをそのまま口にした。

「先生!」

 彼女の叫びと共に、その汽車の扉は開いた。

 登場したのは白髪の男――紛れもないコルの先生だった。

 彼は顔の前で十字を組み、硝子の匣に向かって落ちてくる。コルはそれを受け止められるわけもなく、ただただ見守ることしかできなかった。

 匣の外では突如弾丸のように登場した男に注目するばかりだった。その男は硝子の匣の天井を割って破り、匣の中で着地した。

「先生!」

 硝子の破片を払いながら先生が笑う。

「どうして……!」

「コルの声が聞こえたから……ってことにしておいてくれるかい? その方がなんだか運命的だろう?」

 気障な台詞を吐いている場合ではない、とコルは言いたくなったが言い返す力は彼女に残されていなかった。

 先生の屈託ない笑みを見ては、腰が抜ける思いをした。

 自分がどれだけ訳のわからない恐怖に晒されているかを確認して、コルはなんとも言えない気分になった。

 嗚呼、自分は怖かったのだ。ようやく彼女はそう感じることができた。

 しゃがみこみながら先生を見上げると、彼は迷わず手を差し伸べてきた。コルも目元を拭い、健気に立ち上がる。

 次の瞬間、彼女は刺されるような視線がやって来たのをはっきりと感じ取った。

 バルドゥールが、美術神郷の人々が、こちらを覗いている。

 コルを庇うように先生が前に立つがその怒りを滲ませた視線がこびりついているような感覚さえあった。

「邪魔されて怒ってるね。困ったな」

「いや、当然だと思いますけど……どうしましょう?」

「降りて話そうにも、まだこれは君のことを狙っているよ」

 先生は拳銃を“神を覗く者”に向けていた。

 ぎょろりとその視線もコルに向けられている。今、コルは美術神郷にあるほぼすべての視線を受け取っている状態だった。

 自分の身を守ろうとするけれども、その方法もわからない。コルは後ろに後ずさるしかなかった。

 コルはふと、背中にごつごつとしたものを感じて振り返った。

 七色に発光した管がそこにはあった。

 “神を覗く者”の触手とも呼べるものだった。コルは”神を覗く者”がどのようにして色の抽出をしていたのかを思い出す。これは命さえ奪わないが、何かを恐怖に晒して対価を得るものだと。

「コル!」

 天井が空いた故だった。

 コルは自由自在に動くその管に絡め取られる。羽交い締めにするように、四肢をもぐ勢いでそれはコルの自由を奪い、ぎゅうぎゅうと絞る取るような動きをした。

 あのウサギたちはどのように感じていたのだろうか。コルは瞬きをしながら僅かな視界を頼りに先生へと手を伸ばす。

「せんせ……!」

「コル!」

 先生が叫んでくれている。私の代わりに、誰かの代わりに。ここでは嘆かない者たちと違って、私を真なる意味で必要としてくれている。

 群青がなんだ、とコルはその時思った。

 この世はインクがすべてだとしても、それを追い求めて試行錯誤するのが芸術ではないのか、と。コルは考えた。あるべきインクに頼るのではなく、自分のカードで戦う――描くのが芸術者なるものではないか、とそう吐き捨ててしまった。無論、コルは美術神郷のありようを否定したいわけではない。ただそう感じてしまった。

 自分の命は賭すべきではない。まだ続いていたいと、そう思ったのだ。

「先生、私。インクになんかなりたくありません!」

 コルは確かめるように叫んだ。その声は匣の外まで響いた。

「美術神郷のためにはなるかもしれない。至高の絵画があるかもしれない。けれどそれを引き換えにしたって、私は旅を続けたいんです! 何もかもを見て知りたい! そう思うから……だから!」

 もがきながらコルは叫ぶ。

「撃ってくださいっ!」

 教会は騒然とした。命さえ奪わない“神を覗く者”ではなく、命を奪うかも知れぬ――そう見えてしまう拳銃に助けを求めるのは、狂気を孕んだ選択とも言えたからだ。

 けれどコルは迷わなかった。この場で最も信頼している人は先生だった。

「ああ、わかってる……!」

 先生は迷い無くコルへと照準を合わせた。

「先生! 何をしているのかわかっているのですか! “神を覗く者”の駆動中にそれを撃つだなんて! 至高の群青が奪われるやもしれないのですよ!」

 二人が何をしようとしているのか気づいたバルドゥールが狂乱しながら言う。彼だけは先生が持つ大鴉様の右腕も命さえ奪わないことを知っている。だが、“神を覗く者”がどうなるかは理解していなかった。彼は人命よりも“神を覗く者”のことを優先した。

「ええわかっていますよ。わかっているからこそ……この装置に教え子を奪われるわけにはいかないのです」

「先生! 考え直してください、先生!」

 バルドゥールが懇願しても、先生は拳銃を降ろすことはなかった。

「いくよ、コル」

 二人が覚悟を決め、先生は引鉄に指をかけた。

 ぱん、と音もしなかった。拳銃は無音を貫いた。

 理由は“神を覗く者”が何かおかしな挙動を始めたからだった。

 まず、コルの拘束が終わった。しゅるしゅると管はコルを解放し、匣の中に無事彼女は着地をした。

 それから“神を覗く者”はおかしな駆動音をたてた。ぶううん、という羽虫の瞬きを大きくしたような音を発する。

「先生、これは……」

「わからない。君の声じゃないことも、バルドゥール画伯じゃないこともわかる。……きっと“神を覗く者”だ」

 甲高い、きいん、と黄金のような音が美術神郷に響く。

 まるで叫んでいるようだった。

 異色の指先がコルではなく観客に向けられた。

 まさか観客は自分たちがインクの対象になるとは思わなかったのだろう。悲鳴を上げながら彼らは教会から脱出しようと試みる。けれど管の伸びるスピードは素早く、数人が逃げられなかった。

 コルはその様子を唖然としながら見つめていた。その隣で先生が拳銃を何発か硝子の匣の底に向かって撃ち、逃げ場を作った。

 二人は匣の中からなんとか脱出したが、管に囚われた人々はそうはいかなかった。

 七色に発光する管――異色の指先が人を巻き取ったかと思えば、次の瞬間には真っ白の、色のない人間ができあがっていた。

「色のない小人……!」

 コルはあの絵本を思い出す。まさしくそれは現象の再現に他ならなかった。

「何が……何が起きているんだ、ナーナ!」

 バルドゥール画伯は狂乱に狂乱を重ねていた。何も見えないナーナ夫人に縋っているが、ナーナ夫人こそその状況を語る術を持たなかった。

「バルドゥール画伯、こちらへ! ナーナ夫人も!」

 先生が指示を送り、ナーナ夫人を支えながら誘導する。

 管は次の獲物を狙っているようだった。うねうねとうねりながら、教会全体をそれが覆うように動いている。

 バルドゥール画伯をはじめとした美術神郷の人々は教会のエントランスに避難することでなんとか異色の指先こと、“神を覗く者”からの抽出から逃げおおせた。あの管は扉の向こうまでは浸食していないようだったので、コルたちはほっと胸を撫で下ろした。

「みなさん落ち着いてください……と言いたいところですが、そうはいかないか」

 先生が参った、と言わんばかりに眉を下げる。

「あれはなんですか先生! 何が起こっているのですか! 人が、人が――白く!」

 バルドゥールが叫ぶ。それに合わせて、そうだそうだと民衆も頷いた。

 コルも先生の方を向いて、頷く。今の状況を冷静に語れるのは先生しかいなかった。

「おそらく……コルが認識されなかったんです。インクの抽出対象だと」

「認識されなかった? ナーナ、“神を覗く者”にはなんて指令を送ったんだ」

 まくし立てるようにバルドゥールが夫人に問う。

「ええ。虹彩から……いつも通り瞳から抜くように、と指示を送ったわ。けれどなかなか作動をしなくて……」

 ナーナがそう言うので、一瞬だけ先生が考える。

「きっと、作動をしなかったんじゃありません。あれは動いておきながら、コルをそれと認識しなかった……誤認と呼んだ方がいいでしょうか。とかく、“神を覗く者”は誤作動を起こした」

 先生の言葉は推論でしかなかった。しかしコルだけは知っている。あの晩に向かった資料庫で発掘したものたちを思えば、その言葉は正しいのだ。

 ――色を与え、色の箱、色という食物を与える代わりに我らの唯一無二の抽出機になってほしい。

「今回の“神を覗く者”は与えられていないと判断した……ってことですね?」

「ああ、そうだ。あなた方は意識をしていないと思いますが、あの装置――“神を覗く者”には定期的にインクを抽出する機会が与えられている。それはまるで食べ物を与えるかのように。だからこそだ。与えられないからこそ、目の前に届く食べ物に触れた。そうだと言えます。あれは今、目の前のごちそうを何でも食べる赤子のようになってしまったというわけです」

 淡淡と先生が言う。

 論拠は! と叫んだ男がいた。先生はさらりと答えた。「インクの歴史、初版、第一六二ページ。色のない小人、地下資料庫に納められている書物たちより、です」覚えているとは思わず、コルは苦笑した。これではまるで弁論の場だ。

「とにかく、あれを止める方法を……いや、こうなっては中の住人を止めるしかありません。幸い、その方法に心当たりがないわけではありません」

 だが、次に先生がそう語るのでコルは目を丸くした。暴走状態にある“神を覗く者”を止めることができるだなんて、先生は一言も彼女に伝えていなかった。寧ろ、そんな方法を見つけたとは、あの資料庫では言っていなかった。

 先生を見れば、自信に満ちているとは言い切れないがはっきりと台詞を続けている。その背筋はしゃんと伸びていて、曲がっているとは思えない。

 方法があると聞き、民衆は迷わず先生に泣きついた。「どうにかしてくれ!」と誰もが口を揃えて泣き始める。

 あのバルドゥールでも何処か口惜しそうにしているのだから、もうこの状況を食い止めるには先生の登壇しかあり得ないのだとコルも感じ取った。

「では、善処しましょう。その代わりなのですが――教会の修理費用は、なんとかそちらで持って貰えませんか?」

 頷いておきながら、そんなジョークを口にするとは。おそらく本気なのだろうが、その温度差のある台詞にその場の全員が参りながら頷いた。

「それじゃあいこう、コル」

「えっ」

 当然のように先生はコルを呼んだ。

 まさか自分が呼ばれるとは思わなかった彼女は、どぎまぎしながら辺りを見渡す。

「あ、あの。お役に立てるとは思えません。だって私は戦い方をあまり知らないし、さっきも指示をすることもできず、先生の言われるがままになることしかできなかった。だから邪魔だと思うのですけど……どうでしょう?」

 伺うように聞けば「そんなことはないよ」と先生は断言した。

 灰色の瞳がまっすぐコルを見つめて、そう言っている。

「君が居て欲しいんだ。この先の旅を、一緒にできるように」

 言われてコルはなんだが照れてしまった。

 まるで告白、プロポーズのようではないか! 先生にその意図がないことは間違いないとしても、少し意識してしまうのは必然だった。何せ先生はモテるのだ。いや、そんなことは今は関係ないのだが。

 決心したコルはこくり、と首肯した。

「先生についていきます。あなたと一緒に、旅をするために」

 覚悟を決めた二人は民衆をおそらく安全だろう教会のエントランスに残して、そうっと“神を覗く者”がある礼拝堂の中を覗き込んだ。

 扉を開けた途端に泣きじゃくる子どもの声のような雑音が脳に響いたので、コルは思わず耳を塞いだ。

「どうやら逃げ方は間違っていないみたいだね」

「は、はい……でもどうするんですか、先生」

「何って、撃つのさ。これを使って」

 呑気に先生は拳銃を取り出した。大鴉様の右腕は鈍く光を反射していた。

「これって……いや、ただの拳銃じゃないですか。威力もまちまちだと思うんですが……」

「それは事実だ。間違いない。けれどこれにはまた違った使い方があってね。だからこそ、知恵のある者――僕が言うとちょっと恥ずかしいんだけど、権威ある人間に託されるんだ」

 そういえば、とコルは思い出した。大鴉様の右腕――聞いたことがある。何故か学士の街の、先生のような神話学の権威者に託されている拳銃のことだ。右腕、としかバルドゥールが言っていないので、理解が遅れた。

 てっきりコルは先生が旅をするのでその護身用に所持を認められていると誤解していたのだが、そうだった。コルは思い出して納得をした。

「その違った使い方のために、私が必要なんですか?」

「その通り。ああでも、それだけじゃないよ。君に見て貰いたかった、というのもある。それに――」

「長くなりそうなので、あとで聞きますね。先生」

 先生が長い話をしようとしている時の語調になったので、コルは素早く止めた。

「それで、その違った使い方というのは?」

「弾丸を込める、ということだよ」

 銃を扱うにあたって当然のことを彼は言った。しかし彼が撃つこの拳銃にそもそも弾丸は必要とされない。

 コルは首を傾げた。「どのようにするのですか?」と言えば、先生は「その時が来ればわかるよ」と言ってのけた。

「それじゃあ困ります。もし必要なものがその時になかったら、バルドゥール画伯たちに示しがつきません」

「でもコルがいつだって手放さないものだから、きっと大丈夫だよ」

「どういうことですか、それ」

「いや、事実だからね」

 先生はにこりと笑った。笑ったからと言って、どういうことにもならないのだけれども――コルは今、先生を信じるしかないのだ。

 彼を信じた矢先、コルたちが覗いていた部屋の扉が破壊された。ばりばりと扉が剥がされ、コルたちの姿が“神を覗く者”にとって露わになる。エントランスに続く扉がまだ閉ざされたままなことだけが救いだろうか。

 しかしその安堵もすぐ破壊される。

 異色の指先が先生に向かって伸びる。

「見つかった!」

 先生が走り出す。コルも続いて七色に発光する管が迫り来る中、それらをくぐり抜けるように走り始めた。

 ある程度の太さを保った管はやや硬質で、床にぶつかると大理石のそれに傷をつけた。割れた床面に躓かぬようにコルは礼拝堂を走り続けた。

 できるだけ“神を覗く者”に近づくように走りながら、左右にやってくる管の猛攻を退ける。

「どこまで走ればいいんですか!」

「安全な場所が見つかるまで!」

「安全な場所!?」

 そんな話、聞いていない。そんなもの、こんな場所で見つかるのだろうか?

 コルは走りながら顔をぐしゃぐしゃにした。

 彼女は礼拝堂の中を駆け巡りながら、管があらぬところにぶつかっていくのを認めた。そうしていくと、機能しない管がいくつかわかるようになってくる。

 安全な場所――ここは安全な場所なのだろうか? と思いながらとにかく走る。行っていない場所は、もうわからない。ぐるぐると滑車を回すネズミのように走る。先生も先生で、なんとか異色の指先の猛攻をくぐり抜け、時に管をその右腕で撃ち抜いていた。

 ――そんなことが出来たのなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに!

 銃の扱いが出来るからと言って、何を頼んだかわからない。けれどこんな場面でも先生はすぐに順応している。コルはやはり羨ましかった。

 さらに走る。幾重にもやってくる異色の指先が、先生の迎撃によって数を少なくさせていく。

「先生! あそこ――二席目の中央です!」

「わかった!」

 なんとなくの勘だった。“神を覗く者”が意図して避けているような場所をコルは見つけた。それは“神を覗く者”の前方だった。

「真正面でありながら死角とは、一つ目だからかな?」

 先生は冗談を言う。余裕のように見えて、その額には汗が浮かんでいた。

「コル。僕がよく――よく狙うから、君は引鉄を引いて欲しい」

「え?」

 そんなことでいいのか、とコルは言いそうになった。

「それでいいんだよ。それからあと一つ。大鴉様の祝福は持っているね?」

「は、はい。ここに……」

 コルが大鴉様の祝福を取り出すと、先生は「いただくよ」と言ってそれを受け取った。

 何をするのだろうと見守っていると、先生は大鴉様の右腕にそれをそっと乗せる。すると大鴉様の祝福は、すうっと溶けるように大鴉様の右腕へ消えていった。

「――装填完了」

 先生が両手で大鴉様の右腕を構える。

「気を付けて、コル。タイミングは僕が教えるから、安心して」

 コルは先生にぴったりとくっついた。

 ふと、先生の伸びきった髪が一つに結われているのに、はらりとコルの頬にくっついた。もしこの事件が落ち着いたら、髪を切るように言わなくては、とコルはぼんやりと思った。

 しっかりと、しっかりと先生は狙う。灰色の瞳で一つ目の“神を覗く者”を見定め、その中の小人を暴くように。丸眼鏡を通し、誰よりも厳しい瞳で見つめていた。

「翼よ。大いなる黒色よ――」

 先生が呟く。

 それは願いの集合であり、祈りの凝固だった。

「我らを祝福したまえ。我らの前に立つ一切を払いたまえ」

 大鴉様の右腕に光が収束していく。

 その言葉は祝詞のようだった。コルは先生の詠唱を聴きながら、まるで教会の司祭であるかのように感じた。

「この祝福よ。今こそ満つる時――」

 七色の管がこちらを向く。ようやく見つけたらしい彼女たちを狙って勢いよく伸び始める。

 それよりも先に、彼はすべてを唱えきった。

 それが彼の言ったタイミングだということは、想像に容易かった。

「――破壊せよイヴ!」

 産まれて初めて、コルは引鉄を引いた。

 大鴉様の右腕に収束していた光は、一瞬“神を覗く者”に放たれた消えたかと思えば、次の瞬間膨張して爆発した。

 視界が真っ白になるほどの光量がそこにはあった。

 一瞬だけ、コルの脳裏に祝福という文字が浮かぶ。大量の光が、それを威圧しているものの、光自体は温かいものだった。

 コルは先生を盾にしながら、彼が衝撃によって倒れないように必死に彼を受け止めた。反動は凄まじく、押されるような感覚があった。

 弾丸として撃ち込まれたそれは、まっすぐに“神を覗く者”の目を貫き、中の小人の腹を射貫いた。

 七色に発光していた管たちが一斉に床に落ちる。

 光が落ち着きを得てきた頃、コルは伏せていた瞳を開けた。

 教会は恐ろしいほど、朽ちていた。見事なまでの吹き抜けになってしまった天井。最早境目がわからなくなってしまった一階と二階の隔て。

 中央は壊れた“神を覗く者”の瞳と、がらんどうの中身があった。そして浮遊する光の球体のようなものがそこにはあった。

 二人は顔を見合わせた。恐怖よりも好奇心が優った。

 二人は浮遊する球体に近づいていく。薄く発光をしていて、中身を確認することは難しい。

 先生は球体に近づき、こつん、とつついた。つつかれた球体はころりと力を失ったかのように重力に従い、先生の手元に落ちた。

「先生、それはなんですか?」

「きっと“神を覗く者”の置き土産だね。ほら、よくみてごらん」

 言われた通りにコルは球体の中を覗いた。

 するとそこにはあらゆる色彩が、万華鏡のように織りなされていた。赤、青、緑、黄色、白、黒……様々な色という色があべこべに、しかし鮮やかに表現されていた。

「これは僕らが持っていていいものじゃないな。コル、君はどうしたい?」

「どうしたいと言われても……そう、ですね。これはきっと、“神を覗く者”が吸い上げたインク――だと思うのですが」

「その可能性が非常に高いね」

「だったら美術神郷に……アグラヴィータに返すのが一番だと思います」

「なるほど。じゃあどうすればいいかな……よし。こうしよう」

 先生はコルにインクの球体を持たせた。

「思い切り投げて欲しい」

「投げるんですか?」

「そう。上に。幸いにして軽いから、とても高くまで投げられると思う」

 先生の言うとおり球体は非常に軽かった。片手で持ってもじゅうぶんなほどで、その大きさ故に両手が必要なレベルだった。

 コルは頷いて、少しだけしゃがむ。足をばねにして、高く投げる。

「せーのっ!」

 彼女は思い切り球体を打ち上げた。

 打ち上げた球体は、ちょうど穴の空いた天井に、すっぽりと収まるように高度を上げていった。

 高度を増していく道中、先生はふいに大鴉様の右腕をよく狙って放った。

 ちょうど最も高いところに向かい、落ちるだけになってしまった時だった。拳銃が球体を射貫いたのは。

 ぴしりと球体は割れ、その中からインクはあふれ出した。それはまるで雨のように美術神郷をめぐり、花のように咲いた。インクは元あるべきところに向かい、うねるように行き場を探し始める。あるインクは落ちて、じんわりと人に染み渡った。インクを得た人はじわじわと色を取り戻し、真っ白だったその人物を正常な人間のそれと遜色ないところまで引き戻した。

 コルと先生はまた、顔を見合わせた。

「色が……元に戻っているね」

「先生はこのことを想像していたのではないのですか?」

「いや、零れるだろうとは思っていたけど……インクに帰巣本能があるとは、思わなかったな」

「えっ、思いつきだったんですか!?」

「あはは……物は試しかな、と思って」

「最低です、先生。あと大鴉様の右腕は命さえ奪わないのではないのですか?」

「いや、あの球体はどう見ても無機物というか……生命体ではなかっただろう?」

「でも、インクにだって命があったかもしれません。帰巣本能があるのだったら、特に思いますけれど――」

 そんなやりとりをしていると、静まりかえった礼拝堂を不思議に思ったらしいバルドゥールが「どうなりましたか!」と叫びながらやって来た。

 すると行き場を探していたペリドットのインクが、すう、とバルドゥールの隠された右目に吸い込まれていく。首を傾げるバルドゥール。彼は難しい顔をしながら、おそるおそる右目の眼帯を取った。

 そこにはきちんと――当然のようにペリドットの瞳があった。

「はて、失ったはずでは……」

「“神を覗く者”の置き土産のようです。バルドゥール画伯。もしかすると、ナーナ夫人も……」

 先生が言い掛けた時、バルドゥールの後を追っていたナーナ夫人もやって来た。そして彼女には緑のインクと青のインクが吸い込まれていった。

 彼女は何も見えていなかったから、そのまま駆けることしかできなかった。けれどそのインクが吸い込まれた瞬間に、何か大きな違和感を得たようで、彼女は立ち止まった。

「あなた……?」

 目の前のバルドゥールを見つめて、ナーナ夫人が首を傾げる。

「ナーナ? 瞳が……」

「その声、バルドゥール! バルドゥールなのね!」

 夫人は走った。愛する夫の元へ走り、彼の頬を両手で挟んだ。体格差のある夫婦だったが、そこはぴょん、とナーナ夫人がジャンプすることでどうにか彼の頬を挟み込むことに成功していた。

「まあ……まあ……! 見えるわ。どういうことでしょう。神の思し召し? インクのしるべの通りかしら。あなた、こんなに老けていたのね」

「ふ、老けていたって……そりゃあそうだろう。君が瞳を失ってから、もう五年は経っていますからなあ」

「五年もあんな暗闇にいただなんて! ああ、じゃあセティは? セティは……いえ、それだけじゃないわ。きっと私にも戻ったということは、多くの人々が色を得るということ。そうでしょう、先生!」

 希望に満ちた声でナーナ夫人が言う。

「ええ、おそらくは」

 確実とは言い切れなかったので、先生はそう話した。けれどナーナ夫人の表情はとても明るいものだった。海のような瞳と、森林のような瞳のどれもが輝いている。

「それだけで、じゅうぶん。ああ素敵ね。色のある……誰もが暗闇で凍えずとも芸術に身をやつす日々が始まるんだわ」

 今までの生活が壊れていることを不安にすら思っていない言葉だった。先生とコルは意外そうに目を丸くさせた。

「恐れ入りますが、ナーナ夫人。怖くはないのですか?」

「教会としては大損失。しかしインクの抽出する技術は、こうして“神を覗く者”がいなくなってしまったけれど――美術神郷の、アグラヴィータの絵画の素晴らしさは世界一。胸を張るべきです。私は怖いどころか、これからこの人が何を描くか楽しみで仕方が無いの! これは一種の革命です。そう……美術革新!」

 よい言葉を思いついた、とナーナ夫人は手を打った。

 先生とコル、バルドゥール画伯は苦笑するしかなかった。その前向きさに拍手をして、「ならまずは僕が説明しましょう」と先生が腰を上げるのだった。

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