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「ここがヤタの森か……」
シルタの村から歩いて30分ほどの場所にあるその森は、ジョーの言った通り魔物の気配が薄く、木漏れ日が訪問者を歓迎するようにサワサワと揺れる優しい場所だった。よく町人が通るのか、道もある程度整備されていて歩きやすく、ユタのように身長が低い者でも何なく歩みを進めることができた。ユタの前をゆくジョーは慣れたもので、重そうなリュックと杖を片手にサクサク森の奥へと進んでいく。
「薬草、とは、どのような使い道をするものなのだ?」
「そうだなぁ。傷を癒すポーションの主原料になるし、医療薬作るときには何かと必要になるから、基本数があって邪魔になるものじゃない」
アイテムのことを聞かれて嬉しいのか、ジョーは持っていた杖をくるりと回すと、さらに続けた。
「薬草そのものを食べても傷を治すことはできるんだけどな。ポーションにした方が効能が高いし、何よりまずいんだよ」
見つけたら食ってもいいぞ〜と言われたユタだったが、そんなものを食べるのであればランチ用にジョーがこさえていたサンドイッチで腹を一杯にする。中の具材は何だろうか。ジョーは秘密にしておいた方が採取のやる気にも繋がるだろうと頑なに教えてくれなかったが……
そんな他愛のないやりとりをしながら歩くこと1時間。
「着いたぞ」
突然整備されていない獣道をずんずんと進み始めたジョーに付いていくと少し開けた場所にでた。腰丈ほどある岩元にリュックを置いたジョーは中から水筒を取り出すとユタに投げやる。魔物ではなく、獣や鳥の声が心地よく届く落ち着いた場所だ。しかし、ユタがぐるりと辺りを見回しても、どの草が薬草にあたるのか皆目見当もつかない。
「薬草はどれなのだ?」
「これだ。緑が濃くて、葉が手の平くらいあるだろう?」
「むぅー。他の葉とそう変わらんぞ?」
「じゃあ匂いを嗅いでみろ」
言われるがままに葉先を鼻に近づけたユタが肺いっぱいに息を吸い込む。薬品じみた化学的な匂いと香草のように爽やかで甘い匂い。
「……母上を診ていた医者から同じ匂いがした」
「あぁ、医者が使う医療品のほとんどにこの草が使われてるからな。甘くてスーッとしてて、鼻が通る匂いだよな」
「この匂いなら我でもわかるぞ!」
腰をかがめて辺りをふんふんとにおうユタ。匂いを意識してみると、この辺りが薬草の群生地帯だと言っていたジョーの言葉がよくわかる。そこらじゅう医者臭いのだ。
「これを沢山集めればいいのか?」
「あぁ、この袋いっぱいに詰めてくれ」
リュックから取り出した麻袋を広げたジョーに、ユタは任せておけ!と高々宣言し、薬草集めに没頭した。作業自体は単純だが、いつも1人で作業していたジョーにとってはやはり楽しいものだった。
「せっかくの機会だし、と薬草以外の植物についても説明しておくか」
本当はアイテム知識をひけらかしたいだけなのだが、従順な生徒のユタは「おぉ!」っとジョーの話に耳を傾けてくれた。
『ねむり草』…青く、ギザギザした細い葉が特徴。眠りを誘い、心を落ち着ける効果があるため、睡眠薬などにしようされる。
『ヤタの実』…ヤタの森に群生するほとんどの木に生える黒い木の実。栄養価が高く、ナッツのようにサクサクした食感。シルタの村の名産品『ヤタ餅』に使われる。
『ハーピィの根』…麻痺性のある危険な植物の根。鳥人型の魔物ハーピィの足に形が似ていることからこの名がついた。
『恵みの蔦』…青緑色の蔦植物で蔦の中は清潔な水が流れているため、冒険者が1番初めに覚える植物。遭難時はとにかくこれを探す。
「こんなに多様な植物があるのだな……」
「この森だけでも30種類以上の素材が手に入る。余裕があれば魔物の説明もしたいが、今日は見かけないな」
薬草も集まり、2人で丁度いい石を見つけてジョーお手製のランチを広げる。ヤタの実を砕いて油と混ぜたヤタの実バターが挟まったサンドイッチは絶品で、ユタはお願いしてジョーの分までたいらげた。静かで、充実した時間だ。食後のコーヒーを味わいながら満ち足りた気持ちになるジョーだったが、その時間は長くは続かなかった。
「ジョー。何か来る」
先ほどまで子リスのようにパンを頬張っていたユタが、今は獣を狩る猛獣の目で森の奥一点を見つめている。只ならぬ雰囲気と緊張感に、ジョーもすぐさま手元の杖を掴んだ。
「落ち着けユタ。ここら辺は比較的倒しやすい魔物しかいなくて、冒険初心者の登竜門としても……」
2人の間をざぁっと一陣の風が吹き抜けたかと思うと、けたたましい足音と砂埃が辺り一面を覆い尽くす。森の奥から夥しい数の獣たちが一斉にジョーたちの元へと駆けてきたのだ。
「なっ!?」
あまりの数に動くことさえ出来ないジョーとは対照的に、ユタはあえて微動だにせず、森の一点を見続けている。鹿、兎、そして沢山の鳥たちはジョーたちのことなど歯牙にもかけず、傍を慌ただしく駆け抜けていった。まるで、何かから逃げていくように……
「一体何だっていうん……」
ガサリ、と奥の茂みが揺れた。身構える二人の前に現れたのはユタほどの背丈をもつ熊だ。それもただの熊ではない。熊型の魔物である。
「こいつ?なんだグリーズじゃねぇか」
「知っているのか?」
「魔物だけど気にすることない。こんな小さいけど成獣で、こっちから何もしなければ温厚な……」
ジョーの言葉が終わる前に、目の前でグリーズが地面に倒れ込んだ。その背中には、痛々しい生傷と大量の血がべっとりとついている。
「あ?」
逃げ出す獣と狩られた魔物。おかしい。グリーズは温厚で人間に害をなす魔物ではないが、この森では頂点に近い力を保持している。それが、いとも簡単に、それも背後を取られるなんて……
「ジョー」
額から汗を滲ませるジョーに、ユタは視線を動かさずに合図した。
「来たぞ」
夜でもないのに、辺り一面が黒い影で覆われていく。しんと冷えていく空気の中、ジョーは見たくもないのに視線を上へ上へと上げてしまった。
「あれは、なんの魔物だ?」
「嘘だろおい……」
黒茶色の硬い毛に覆われた家ほどの巨体がゆっくりと二人の前に姿を現した。
「なんでこんなとこにボスボアがいるんだよ」
アイテム屋ローグレイグは潰れない すみさわ @sumi333
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