第二章

1−1

 ラーナ大陸、この世界の六割を占める大陸の名前である。その大陸の中央にある魔の森は大陸の四割を占めており、名前の通り魔獣と呼ばれる異形のものたちが生息している。人間を襲い、街を破壊する魔獣の討伐を担っているのが、通称王都と呼ばれているエルメラル王国だ。魔獣を倒して名を上げようと勇猛果敢な冒険者たちが集まり、その冒険者相手に商売をする貴族がこぞって王都に店を構えたことから、大陸一の大国として確固たる地位を築いていた。

 そんな王都から離れれば離れるほど、魔獣の被害は減り、比例して経済も落ち着いてくる。ジョーの住むシルタの村がいい例で、みんな剣より鍬をもち、魔獣の被害よりも干ばつの被害を心配する日々を送っていた。

「おはよう」

「おう、朝飯出来てんぞ」

 そんな辺鄙な村に新しい出来事など起きるはずもない、そう思っていたジョーの元に、突如現れた謎の少年・ユタ。寝起きで跳ねた黒髪はあどけなく、長めのサイドヘアが様々な方向に跳ねている。彼が訪れた昨日のことを思い出すと、ジョーの人生の中でもトップ3に入るくらいには衝撃的な出来事だった。

 閑散としていた店内に飛び入り、珍しすぎて伝説級になっているアイテム『世界樹の涙』を所望したこと。

 どんなアイテムの恩恵を受けられない体をしていること。

 その体質から、この世界で神の次に属する神聖な生き物、竜との関わりを感じたこと。

 ユタのおかげで、借金を帳消しにできたこと。

 どれをとってもジョーにとって夢物語を鑑賞しているような出来事だった。目の前でベーコンに齧り付いているユタがいなければ、いまだに真実であることを認識できていないだろう。

「んまい。パンのおかわりをしてもいいか?」

「育ち盛りだろ。遠慮せず食え食え」

 大麦入りのパンを薄くスライスしてチーズを乗せる。煉瓦造りの暖炉に設置された鉄板に乗せれば、すぐに香ばしい匂いが部屋中を満たした。

「こんな贅沢が許されるのだろうか」

 くんくんと鼻を鳴らしながら涎を垂らすユタに、ジョーは思わず吹き出した。相手のいる食卓は、半年前に両親が死んでから疎遠になっていたから。現在は実家も売却し、ローグレイグの二階に生活拠点を置いている。といっても、元々祖父が暮らしていたため、男一人が生活するのに不便はない。昼は1階でアイテム屋を経営し、夜は2階で就寝する。この生活が死ぬまで続くと、漠然と思っていたのに……。

「今日、我は何をすればいいのだ?」

 アイテム屋ローグレイグで生活をさせてもらう代わり、アイテム屋の手伝いをする……という名目はさておき、ユタは初めて自分で働いてお金を稼ぐという行為そのものにステータスを感じているようだ。大人への階段を登ったような気さえしているのだろう、鼻の穴が2倍に膨らみ興奮を抑え切れていない。

「今日は1日、『薬草』採取に行く。お前にも付いてきてもらうからたらふく食って体力つけとけよ」

 本来、アイテム屋は小売業がほとんどで、仕入れ屋に頼んで調合士や冒険家からアイテムを仕入れ売買する。しかし、調合の資格持ちでアイテム愛好家のジョーは拘りが強いため、ほとんどのアイテムは自分で採取・調合を担ってしまう。仕入れ屋の親友ファットからすればいい迷惑だ。

「森に入るのか?魔物の心配は?」

「ここら辺は比較的弱い魔物しか出てこねーし、薬草自体も群生してる場所を知ってるから楽っちゃ楽だ」

「そうなのか!」

「何日いるかはわかんねーけど、お前もこれから旅をするなら知っておいて損はないだろ」

 ま、こいつに薬草は効かないんだけどな。焼き上がったチーズのせパンを美味しそうに頬張るユタ。コーヒーを啜りながらその様子を見ていたジョーは、自分の気持ちがまだ揺れ動いていることに気づかないふりをした。

 ユタに協力したい気持ち、いや、ユタと少しでも長く接していたいという執着だ。竜との関わり、『世界樹の涙』を手に入れようとする野心、平穏な生活に身を置いていたジョーの冒険心に火をつけるには十分すぎるものだった。アイテム愛好家として世界を旅し、まだ見ぬアイテムに触れてみたい。そんな夢をまだ20そこそこのジョーが抱いたとしても、なんら不思議はないだろう。

 しかし、この店を手放すという選択肢は、今のジョーにはない。せめてユタが旅立つその日まで、自分も彼のパーティーに加えてもらおう。

 冒険ごっこ、というチープな名前がつきそうな自分の考えに、ジョーは自嘲めいた笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る