3−2

「……いいだろう。そちらの少年の度胸といいますか、度肝を抜かれる演出に免じて、今日はこれで帰ります」

 モリアーノは貼り付けたような笑みを浮かべたままユタの頭を2、3度撫でると、何事もなかったように入り口へと踵をかえした。しかし、そんな演技に騙されるようなジョーではない

「……待てよ」

「何かな?」

「それが本当に竜の遺物だってんなら、持って変えるんじゃなくて王都に通達しないといけないんじゃないのか?」

 マルタがそうだったように、竜の遺物を所持することは王都に背くことになる。多額の損害金を背負わされた張本人がいうのだ。間違いない。聞こえないようにしたモリアーノの舌打ちも、ジョーの耳にはしっかりと届いていた。

「またまた、ジョー君。これが竜の遺物な訳ないでしょう?これは僕の良心による譲歩といっても……」

「だったらユタの歯は置いていけ。金のことは俺がどうにか工面する。今ならまだ治療の余地があるかもしれないしな」

 毅然とした態度を取るジョーを見て、今度は隠すことなく憎々しげに顔を歪めるモリアーノ。

 モリアーノの態度で、ジョーは確信を得ていた。あの慌てようを見るに、ユタの歯は竜の遺物である可能性が高い。幼いユタが文字通り身を削って作り上げてくれたこの千載一遇のチャンス、逃すわけにはいかない。

「もしあんたがそれをどうしても持って帰るって言うんなら、王都に通報する。だけど……」

 その後の言葉を、ジョーが発する必要はなかった。苛立ちを抑えられないのか、革靴の先をカツカツと鳴らすモリアーノだったが、手中にあるアイテムの価値を考えれば、迷う選択ではない。

「いいだろう。借金はチャラだ。これで満足かい?」

「あぁ。問題ない」

 ぱっと顔色を明るくしたユタがジョーを顧みる。先ほどの憔悴した様子とは打って変わり、自信に満ちた顔を浮かべるジョーは親指をぐいっと立ててウインクをした。ふんっと鼻を鳴らすモリアーノだったが、竜の遺物を手に入れた興奮からか、足早にローグレイグを後にする。状況を飲み込めていない護衛の男たちもいそいそと主人の後を追い、店内は途端に静かになった。

「っ、ユタ!」

緊張の糸が切れたのか、ジョーはガタガタと机や棚にぶつかりながらユタの元へ駆け寄った。無遠慮にユタの口に指をかけると大きく開口させる。若干血の滲む下の前歯にぽっかりと空いたスペースを見て、改めてなんてことをさせてしまったのかと後悔が押し寄せてきた。しかし、その行動のお陰で、この店もジョー自身も救われてしまったことは事実だ。

「そうだ!ポーション!歯は生えてこねーだろうけど、傷くらいなら……」

 手早く戸棚のポーションを手に取りユタに飲ませようと瓶の蓋を開けるも、小さなふかふかとした手で制止させられてしまう。

「必要ない。もう治る」

「んな訳あるか!まだ血が……」

「ほれ。見てみろ」

 あんぐりと再度大口を開けたユタ。ポッカリと空いてしまった前歯は変わらないものの、ユタが言った通り、その周辺の傷口は跡形もなく消え去っていた。まるで半月以上前に抜歯しましたと言わんばかりの口内環境に、ジョーは息を飲んだ。

「お前、本当に何者なんだ……」

「むぅ……」

 先ほど同様閉口してしまうユタに、ジョーはもうそれ以上深く詰問しようとは思わなかった。脱力したように椅子に座り込むジョーは、今日一日で起きた出来事を一旦忘れようと天井へ向けて深く深くため息をつく。そしてがばりと顔を真正面へと戻し、ユタに「ありがとう」と告げたのだった。

「お前がいなかったらこの店を閉めなくちゃいけないところだった。本当にありがとう」

「……我がいたことで役に立ったのだ。これほど嬉しいことはないぞ」

 誇らしげに胸を張る少年ユタ。行き当たりばったりの行動力と揺るがないその自信は、もしかしたら本当に『世界樹の涙』を探し当ててしまうかもしれないという期待さえ抱かせた。

(俺、コイツのこと相当気に入ってんだな……)

 助けてくれた恩とはまた別に抱いたこの感情は決して言葉にしないが、ジョーは何とかしてこの少年の手助けが出来ないかと思うようになっていた。

「お前、これからどうするんだ?」

「うむ。この店に目当ての品がないのなら、別の街に赴くしかないの」

 この場所を後にする覚悟を決めたのか、ユタはムンッと両手の拳を天に掲げると、ジョーに向かってにっかり笑った。

「有益な情報感謝する。これからも店の繁栄、頑張るのだぞ」

「繁栄ってお前……」

 かっかっかと愉快そうに笑って背を向けるユタ。もちろん、こんな僻地のアイテム屋にいたって『世界樹の涙』が手に入る可能性など限りなくゼロだ。しかし、この店を去ってしまう小さな恩人を、ジョーは黙って帰すことができなかった。

「金、ねぇんだろ?しばらく泊まってけよ!」

 お前の旅に、俺も付いていく!……とは言えなかった。大事な祖父が残してくれた店、しかもユタのお陰で借金までなくなり、晴れて自由の経営者になったばかりだ。ここを手放すという決断をつけることはできなかった。それでもユタとの関わりがここで途切れたらきっと後悔する。

「……しかし、我は早く母上の病気を治さなくては」

「伝説級のアイテムを探しにいくんだ。長い旅になるのに無一文なんて心許ないだろ?」

「それは、確かに」

「お前はこの店を救ってくれた。ここに住んでる間の金の心配はしなくていい。その間の売上も、お前にやる」

「そ、そんな!それではお主の生活が……」

「恩人にこれくらいしてやらねーと天国のじーちゃんにも叱られる」

 な?いい条件だろう?と唆す大人に、思考が追いつかないいたいけな少年はフラフラと意志が揺れ動く。

 あともう一歩だな。この時点で、ジョーは何としてでもユタをこの店に引き留めることしか考えていなかった。

「タダでもらうことに抵抗があるなら、お前もこの店を手伝ってくれればいいから」

「手伝う?我はアイテムの知識など無に等しいのだぞ?」

「そんなものは俺に任せときゃいい。荷物運びでも陳列でも何でもいいんだ」

 最後の方はフラれた男が女を引き留めるように強引なものだったが、それでもユタがジョーの方を向いてくれただけで、ジョーは満足だった。

「俺、お前のために何かしてやりたいんだよ」

 普段は絶対に言わない小っ恥ずかしい台詞が止めになったか、ユタは「いいのか……?」と遠慮がちにジョーの方へと歩み寄った。

「おう。お前がいいと思うまでいてくれて構わない。部屋は2階のじーちゃんが使ってた部屋があるからそこを使え。風呂もトイレも自由にしろ」

「今日会ったばかりだというのに、何から何まですまないな」

「その初対面の俺のために歯まで抜いてくれたんだ。これくらいのことはさせてくれよ」

 平穏な村にやってきた新たな人物と新たな生活、ジョーは柄にもなく自分が興奮していることに気づいていた。生涯ローグレイグを守っていくと誓った反面、どこかで変化を求めていたのかもしれない。

「改めて、よろしくな」

「うむ。こちらこそよろしく頼む」

 二人は悪戯っぽくにししっと笑い合いながら、未来に起こるであろう冒険に心躍らせるのであった。

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