2−3
「だからね。彼が借金を返済するなんて、至極当然のことで、可哀想なんてことひとつもないんだよ」
せせら笑うモリアーノに、ジョーは何も言い返せない。ただ悔しさから握るこぶしに力が入る。ユタはそんなジョーを静かに見つめていた。
「さて、じゃあ持ってきてもらおうかな、お店の権利書。これでやっと君のお店に通う手間もなくなるね」
「……それだけは、それだけは……っ」
マルタはいつも笑っていた。この店で、誰のためでもなく、自分の知的好奇心を満たすためだけに調合をする毎日に。そして、自分の作った薬で、街のみんなが笑顔になることに。その店を、祖父が懸命に守ってきたこの店を、どうしたって手放さなければならないのか……?
奥歯を噛み締めたところで、事態は好転しない。そんなことわかっているのに、食いしばらずにはいられないのだ。
「……要は、金があればいいのだな?」
今まで静かに話を聞いていたユタがゆっくりと口を開いた。
「坊や。これは大人と大人の話なの。口挟まないで……」
いつもは余計なほどよく動くモリアーノの声がピタリと止んだ。そして動きが止まってしまったのは、モリアーノだけではない。
「おい、ユタ……お前何して」
ジョーもまた、目の前の光景に動くことができなくなってしまう。
目線の先には、大きく開いた口に手を突っ込むユタの姿。突然の行動に身動きのとれない大人たちとは対照的に、ユタは顔が震えるほどその腕に力を込める。
「ふぎぎ、ぎぎぎっ」
「おい、ユタ‼︎ やめろ‼︎」
尋常ではない様子に慌ててユタの元へ駆け寄るジョーだったが、口に入れられた手を抜こうにもユタの体はびくともしない。それどころかメリメリと何かが剥がされるような、野菜の根が土から離れていくときのような鈍い音がユタの口内から発せられている。肩を怒らせ、真っ赤になるほど力を込めているユタの口からはぽたりぽたりと真っ赤な鮮血が垂れ始めた。そしてぶちりと嫌な音がした次の瞬間、頑なに動かなかった手がゆっくりと口から放される。
血で染まった手のひらに乗せられているのは、小さな白い塊。
「ジョーの借金、我の歯に免じて帳消しにしてくれ」
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