2−1
「お前、一体何者なんだ……」
ジョーの言葉に、ユタの手が止まる。短いとも長いともとれない沈黙が流れる間、ジョーの頭の中ではアイテムに関する情報が洪水となって駆け巡っていた。
「……お前、竜と関わりがあるのか?」
竜、それは世界に五体しか存在しない神に次ぐ生物である。強靭な鱗で覆われた皮膚は打撃はおろか魔法すらも通さない。万一傷を負わせられたとしても、その回復能力は凄まじく、瞬く間に体を元の状態に戻してしまう。まさに、人間が決して犯すことのできない存在なのである。
そしてその竜は、この世に存在するあらゆるアイテムを無効化する。
一説では人間が竜の怒りに触れた時、体は時間という概念から切り離され、成長することも朽ちて死ぬこともできない。「呪われた」身となってこの世を永遠に彷徨わなくてはならないという。そんな御伽噺は絵本の類でしか読んだことがないが、ユタの体質はそれ以外に説明のしようがなかった。
竜、その単語が出た瞬間、頑なに動かなかったユタの眉毛がピクリと動いたことも、ジョーの懸念を裏付けるのにぴったりだった。
「お前、まさか本当に……」
「……むぅう」
わざとらしく両手で口を塞いでいる姿は町の少年たちとなんら年齢差を感じさせないのに……。
この少年に、どのような過去があって竜の呪いなんてものを身に背負わされてきたんだ。そう思うと、ジョーは余計にユタのことを放っておくことができなかった。
「母ちゃんの病気もそうだけどよ。お前、自分の呪いを解く方が先だろうが」
このまま呪いにかかっていては、母親が回復したとしても一緒に死ぬことはもちろん、心身の成長を見せてやることもできない。しかし、『世界樹の涙』と同様、竜の呪いを解く方法はまだ発見されていない。そもそも竜に近づくことすらできないとされている存在に、どうやったら呪いを受けるかすらも解明されていないのだ。ユタをどうしてやることもできない無力さが歯痒く、ジョーは無闇やたらにアイテム図鑑を捲り続けた。
「……そなたはとても親切な人間なのだな。こんな小僧に」
「アイテム愛好家として、アイテムの恩恵を受けられない人間を放っておけねーんだよ」
それだけだ。と不器用に言い放つジョーに、ユタはふふんと鼻をならして満足げに笑って見せた。
「そんなにアイテムが好きなのに、どうしてこんな辺鄙な場所で店を構えているのだ?」
不思議そうに言うユタの言葉に、今度はジョーの動きが止まった。しかし、年端もいかないユタに些細な感情の変化を感じ取る能力はなく、純粋な気持ちで言葉は紡がれていく。
「もっと人のいる都市に行けば、珍しいアイテムに出会えることもあるのだろう?」
「それは」
ジョーの脳裏に、祖父・マルタの姿が浮かぶ。あんなことをしてしまった上、男のくせに情けなく泣き喚く自分を、一欠片の悪意もなく慰めてくれたあの笑顔を……。
「それは……」
「ジョー?」
顔色が明らかに曇ってしまったジョーに、ユタは自分が失言をしてしまったのではないかと不安にかられる。
(あのとき、俺がーーーー…)
「邪魔するよ」
沈黙を破ったのは羽虫のような甲高い声色だった。こじんまりとした店内に大柄の男たちが4、5人押し寄せる。大男たちの間を縫うようにして登場したのは、収穫時期を逃した瓜のようにひしゃげた鼻を持つ小柄な男だった。大きめなシルクハットにタキシード、目が痛くなるような光沢の赤いネクタイ。その男はいやらしい笑みを浮かべながら鼻先に付いた眼鏡をひょいと持ち上げた。
「やぁやぁ。今日も盛況かな、ジョー・グレイくん」
「モリアーノさん……」
引き攣った笑みを浮かべているジョーを見て、ユタはこの男があまりこの場に歓迎されていないことを肌で感じ取った。
モリアーノ、その名前を聞くだけで、この町はもちろん隣町の人間でさえ嫌な顔を浮かべる。表向きは優良金融屋として看板を出しているものの、いざ金を借りてみると高利・返金の脅迫は当たり前。噂では有りもしない借金を作り上げ、多くの人間を不幸にしていると言われている。しかし、裏で危ない奴らと繋がっているモリアーノの行動を制止できるものはいなかった。
「……お金、ですよね。もう少し待ってもらえませんか?」
「その言葉、僕はもう何回聞いたか忘れてしまったよ」
「あははは……」
戯けるように場を誤魔化すジョーを白けた目で見やると、モリアーノはわざとらしく肩をすかしてみせた。
「何度も言ってるけど、この店を手放せば借金ちゃらにしてあげるって言ってんのに。君も強情だねぇ……」
「す、すみません。それだけは……来週までには何とか用意しますんで」
「まぁでもそうだよねぇ。なんとか続けたいよねぇ。どうしようかなぁ……」
モリアーノに同調するように周りの男たちが下卑た笑みを浮かべる。粗末な洋服にわざとらしくさしている腰の短剣。ボディーガードというよりは、明らかに暴力の誇示をするために集められたような野蛮な男たちだ。奴らの態度に不快感を覚えたユタが食ってかかる。
「そんな言い方大人気ないと思わないのか?」
「なぁにこのお子ちゃま。君、こんな子どもに庇ってもらってるの?」
かわいそーと体をくねらせて野次るモリアーノに声をあげてゲラゲラと笑い出す男たち。しかし、ジョーにとってそんな揶揄は恥ずかしくもなんともなかった。
「お願いします!この通りです!」
外聞も気にせず手を床につけ、頭を擦り付けるジョー。その様子を白けた目で見つめるモリアーノに苛立ち、遂にユタは土下座をするジョーの前に立ちはだかった。
「もういいではないか!ジョーが可哀想だ!」
「かわいそう?」
かわいそうの一言に、モリアーノは目を輝かせる。
「本当に可哀想な人が誰か、教えてあげようか?」
「ほんとうに、かわいそうなひと?」
勿体ぶるモリアーノの憎たらしいまでに楽しそうな顔は、地面に頭をつけているジョーにも想像ができた。
「それはね、彼のおじいちゃん。この店の先代店主マルタ・グレイだよ」
ジョーの脳裏に、またあの日の悪夢が蘇る。
「やめろ……」
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