1−3
「あ!」
「うぅ、口の中がヒリヒリする…」
「何してんだお前!!!」
「ぬめっとしていて苦いぞ」
「人の話聞けよ!さっさと吐き出せ‼︎」
『死神茸』は即効性の毒キノコで、食べてすぐに症状がでる。しかし、相手はまだ子供。下手をしたら死すら見えてくるかもしれない。ジョーは安易に危険物を出してしまった自分の愚かさを呪った。
……しかし、目の前のユタはジョーが慌てふためいている様子を平然とした顔で見ている。
「……お前、平気なのかよ」
「何を言うか。あまりの不味さに卒倒しそうだ」
ぷんすか、という音が聞こえてくるような怒り方で地団駄を踏むユタ。しかし、今のジョーにユタを構っている余裕はない。ジョーはカウンター内からストックしていたもう一つの死神茸を取り出した。
間違えて毒性のないキノコを採ってきた?
嫌、俺に限ってそんなはずは…。
そう思うものの、目の前の少年を見ていると確認せずにはいられなかった。意を決して死神茸の笠をちみりと齧るジョー。瞬時に口中に広がった苦味、えぐみ、酸味……、そして、3秒も経たないうちに、ジョーは血相を抱えてトイレに飛び込むこととなる。猛烈に襲い掛かる腹痛に対し、ジョーはやっぱり死神茸は本物だったのだとガッツポーズを掲げるのだった。
「ぐぅぅうううおっしゃぁああ、あぁ、あ……」
「だ、大丈夫か…?」
悲壮な声が聞こえるトイレにたじろぐユタ。しばらくすると少しだけ開かれたトイレの隙間から青白い手が伸びてきた。
「レ、レジの横にある棚に赤い液体の入った瓶があんだろ。それ取ってくれ」
「む、わかった!」
言われた通りに棚を物色するユタ。
「これか?」
手に取ったアイテムはユタの手に収まるほどの丸い小瓶で、中の液体は真っ赤でサラサラと粘度の少ないものだった。急いでトイレからのぞく手に瓶を渡すと、手は猛烈な勢いで瓶を受け取り、また地獄へと帰っていった。
そう長くない時間が経った。水を流す音とともに現れたジョーは、トイレに入る前よりも正気に満ち溢れているように見受けられる。
「流石俺様が作った『解毒剤』。効果は抜群だな」
「おぉ!」
戦争から帰還した英雄を讃えるかのように拍手を送るユタ。
「おぉ、じゃねーよ!やっぱり『死神茸』じゃねーか!いつ腹の波が来るかわかんねーからお前も飲んどけ」
ほらよ、と渡された『解毒剤』を一瞥した後、ユタは首を振った。
「必要ない」
「だから一応って…」
「飲んでも意味がないのだ」
言葉の真意がわからず眉を顰めるジョーに対し、ユタはこともなさげに告げる。
「我の体は、あらゆるアイテムの効果を打ち消してしまうからな」
しん、とした空気がローグレイグ中に流れる。
「アイテムの効果が効かない…って」
そんな馬鹿な、とジョーは椅子に身を投げるようにして座り込んだ。
この世界は医療の発展が思わしくないため、傷病の治療にはアイテムが欠かせない。その恩恵を受けられないということは、死に直結する。
しかし、目の前の少年は至って真剣だ。ジョーは、いつになく脳が活性化している自分に気がついた。
「もし本当にそうだってんなら……」
アイテムをこよなく愛する自分の前に、アイテムの効果を打ち消す少年がやってくるだなんて。これは果たして運命なのか…。ジョーはゆっくりと立ち上がると素材棚に並べられていた薬草や怪しい魔獣の素材やらを並べ始めた。
「これ、あとこれも食ってみてくれ」
『しびれ草』…文字通り体を痺れさせる薬草。『麻痺なおし』の素材にもなる。
『沼蛇の尻尾』…毒の沼に棲む蛇の尾。生食すると強い毒性で幻覚や四肢の痺れを引き起こす。解毒剤の原材料でもある。
『氷結剤』…一瓶飲むと体温が十度は下がる。砂漠や火山地帯の探索に用いられる。
『枕木蝶の鱗粉』…枕の綿が取れる木に好んで生息する蝶。この蝶の鱗粉を嗅ぐと次の朝までぐっすり。
どれもローグレイグに置いてあるアイテムとしては比較的高価なものだが、ジョーの好奇心は金などでは収まらなかった。念のため死には至らない薬品や素材ばかりだが、口にすればただではすまされない代物ばかり。先ほどジョーが飲んだ『解毒剤』もストックはあるが、他人が見たらまだ分別もつかない子どもに何を食べさせるのだと憤慨されることだろう。しかし、そんな心配をよそに、ユタは並べられたアイテムを端から口に入れていく。その様子に躊躇という感情は一切ない。
「これは、舌がビリビリする。この尻尾は渋いな……それに、カサカサしていて歯触りが悪い」
口から出るのはアイテムに対する味の評価ばかりで、体の変調を訴えるものではない。ユタがアイテムを口に入れる度、彼の言葉が現実味を増していく。素材の鮮度や質によっても効果の程度は変わってくるが、ここまで体に変化が現れない人間を、ジョーは見たことがなかった。
そう、人間は……
「お前、一体何者なんだ……」
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