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「坊主、かーちゃんはどこだ?ここは大人を冷やかして遊ぶ場所じゃねーんだぞ」
秘薬『世界樹の涙』、それはこの世界でまことしやかに噂されている万病を治す神薬だ。錬金術で精製される最上級の霊薬であるエリクサーより遥かに入手しにくいことから、もはや御伽噺の代物とまで言われている。不治の病に困っている民衆が夢物語として作り上げた物だろうという意見も多いこの薬は、もちろんジョーの店になど置いてあるはずがなかった。
「母上は病に臥せっている。ここにはおらん」
太々しい態度だった少年が見せる翳りの表情に、ジョーの良心がちくちくと刺激された。
「……坊主、名前は?」
「ユタ」
「いいかユタ。『世界樹の涙』っつーのはなぁ、伝説級の素材をいくつも掛け合わせてできる薬なんだぞ?錬金術や調合の技術も必要って話だ。そんなもん、こんな小さな僻地のアイテム屋にある訳ねーだろ」
「流石アイテム屋、物知りなのだなぁ!」
「ジョーだ。そんじょそこらのアイテム屋と一緒にすんじゃねーよ」
へんっと自慢げに鼻を鳴らしたジョーは、レジカウンターの中から一冊の図鑑を取り出す。片手で掴むのがやっとといった分厚さのそれは、アイテム愛好家のジョー自らが作成したアイテム図鑑であった。祖父の影響もあってか、ジョーは幼い頃からとにかくアイテムが好きだった。好きすぎるあまり、ローグレイグに入り浸ってはアイテムの名前や効能、形や匂いなどを紙に記すようになった。傷を治してくれる『薬草』、見た目はグロテスクだが胃薬に欠かせない『アマリ虫の蛹』、もちろん祖父が調合して店頭に並べている薬瓶の記載も漏れなく書き記していく。図鑑のページが埋まれば埋まるほど、アイテムへの愛が深まっていくようで、ジョーは嬉しかった。やがて、彼は祖父の功績をなぞる様に調合士の資格をとり、アイテムの知識を深めていった。彼にとってこの図鑑は、自分の人生が詰まった宝なのだ。
祖父の店を継いでからもアイテム熱が冷めることはなく、店内に並べられている素材たちはジョー自らが厳選・採取してきたものばかりだ。
「これなんかよぉ。裏山でとれたレアもんだ。1欠けでも口に入れたら10日間は下痢が止まんねえぇ」
図鑑自慢で勢いにのったジョーは興奮した様子で何かを取り出した。白い笠に分かりやすく紫の斑点がついたそのキノコは、数秒ごとに怪しげな白い煙を吐き出している。それが胞子なのか、毒ガスなのか、判別はつかないがどちらにせよ見目にいいものではない。食べて即死しないという情報の方に驚かされる。
「ふーむ」
しげしげとキノコを見つめるユタに、ジョーはさらに興奮した様子でアイテムの説明を続ける。
「いいか、これは『死神茸』。裏の地獄谷から摂ってきたB級アイテムだ。ここらでB級つったら3日連続で晩飯にステーキが出てくるほどのレア…」
ユタは、ひょいっとそのキノコをもちあげ、なんと口の中に放り込んでしまった。
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