65. ミラーシア湖の街『レイキ』の推移
季節は夏から秋へと移り変わっていった。
その間もレイキの街では作物が豊富に採れている。
農家のみんなもレイキでの栽培に慣れてくれたおかげで効率が上がったんだとか。
あと、土もそれぞれの作物向けに仕上がってきたみたいね。
いい事だわ。
それから、観光都市の部分。
こっちはあまり期待していなかったんだけど、それでもそれなりのお客さんがやってきてくれている。
いまは貸し切り馬車しか交通手段がないため、裕福な家庭しかレイキに来る事ができないが、このペースで観光客が増えていけば数年で定期便をさせるようになるだろうという事だ。
そうすれば、もっと観光客を呼ぶ事が出来る。
宿が足りるかは心配だけど、足りなかったら用意するしかないよね。
と、まあ、レイキの調子は絶好調。
対して元気がなくなってきているのはお隣にあるシャムネ伯爵領のアグリーノの街だ。
アグリーノの野菜がいままでこの国一番とされてきていた。
しかし、レイキ観光に来た事のある富裕層からは、アグリーノではなくレイキから野菜を買い付けるように指示が飛ぶようになる。
レイキはまだ実験栽培を繰り返している段階なので少量生産しかしておらず、街の中で消費する分の野菜だけで精一杯だ。
そこをなんとか……という事で手に入れた富裕層はその野菜で食事を楽しむ。
その話を聞きつけた貴族家がそんなに美味しいのであれば自分たちも、という事でレイキに目を付けだし、アグリーノからは離れていった。
当然、アグリーノの街の売り上げは急落、貴族が高値で買っていってくれていたからこそ回っていた市場も破綻寸前なんだとか。
農家の人たちは自分たちが育てた野菜を食べているから被害は少ないようだけど、収入が激減している商人たちは目も当てられないらしい。
ま、自業自得だね。
ただ、レイキはレイキで生産能力を増やせないのが実情なんだよねえ。
なにかいい方法はないかな?
「お嬢様、失礼いたします」
「どうぞ」
レイキの事を考えていると部屋のドアがノックされ、フェデラーが入ってきた。
何かあったのかな?
「お嬢様、シャムネ伯爵夫人が面会を求めておいでです。いかがなさいますか」
げ……また、あの話が通じないおばさんか……。
あんまり気乗りしないなぁ。
でも、断ったところで居座るだろうし、追いだしてもまた来るだろうね。
ほんと厄介なおばさんだよ。
「断っても意味がないでしょうから会うわ。面会の準備を」
「はい。たっぷり時間を使って一分の隙もなく仕上げてもらいましょう」
フェデラーもよく言うね。
これって、「あのおばさんはしばらく待たせましょう」って事だもの。
反対なんてしないけどさ。
そうしてたっぷり時間を使いドレスを着替えたわたしはシャムネ伯爵夫人の待つ最下級の待合室へとやってきた。
うん、この部屋、間違いなく最下級だ。
あたしが見ても三流品ばかりだもの。
とりあえず、部屋の造りなんてどうでもいいか。
まずは目の前のおばさんを追い返さないとね。
「お待たせいたしました、シャムネ伯爵夫人」
「本当に待たせてくれるわね。一体どれだけ待たせてくれたかわかっているの?」
「二時間ほどでしょうか? 事前に来るとわかっていればその時間にあわせて予定を組むのですが」
「ぐっ……」
事前連絡もなしにいきなり押しかけてくるのは礼儀知らずの粗暴ものだ。
いきなりそう言われて、言葉に詰まるシャムネ伯爵夫人。
これで帰ってくれたら嬉しかったんだけど、まだ続きがあったみたい。
「ま、まあいいわ。そんなことより、ミラーシア湖観光の件、どうなっているのよ!?」
「はて、ミラーシア湖観光の件とは?」
「私の親族がミラーシア湖で保養をしたいと言っていたでしょう! その約束はどうしたのかと聞いているの!」
「そんな約束をした覚えがございません。それに、いまはレイキの街が稼働しております。あそこにお泊まりいただければ、ミラーシア湖も見る事ができますよ?」
あたしが至極まっとうな返事を返すとシャムネ伯爵夫人はさらに顔を赤く染めた。
何をそんなに怒っているのかな?
「それよ! ミラーシア湖は貴族だけのものよ! もっと言えば私たちだけのものだったの! それを平民にまで開放するだなんて信じられない!」
「はて、ミラーシア湖の所有者は貴族ではなく王家だったはずですが? それに今の管理人はあたしです。好きなように決めても問題ありません」
「こんの、ああ言えばこう言う! もういいわ! さっさとミラーシア湖観光の許可を出しなさい! 平民どもがいない場所でのんびりと過ごさせてもらうから!」
「それは出来ません。ミラーシア湖一体は守護者様の物。いま、一般開放されている範囲と王家に開放されている範囲を除いた場所はすべて守護者様の所有地です。そこに入り込めば二度と戻ってくる事が出来なくなりますよ?」
あたしのこの言葉にさすがのシャムネ伯爵夫人もドキリとしたようだ。
勝手に指定範囲外に入れば死ぬと聞かされれば当然か。
「嘘よ! 去年までそんな事は……」
「去年まではあえて見逃していたと。今年からは厳格化したそうです」
「くっ……そんな脅しに乗ると思っているの!?」
「脅しかどうかは行けばわかります。命の保証はいたしませんが」
「わかった。勝手に行かせてもらうわ。邪魔したわね」
シャムネ伯爵夫人は荒々しい口調で別れのあいさつを告げて帰っていった。
あたし知―らないっと。
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