43. アグリーノの街

 街に入るだけでも苦労したけど、これがアグリーノの街か。

 なんというか飾り気がないというか華やかさがないというか、本当に農業だけをしている都市、って感じだね。

 観光客相手の都市って感じじゃないなぁ。

 観光客じゃないけどさ。


「さて、お嬢様。どうなさいますか?」


 窓の外を眺めていると、フェデラーから聞かれた。

 うーん、新しい野菜の入手だから……。


「まず市場に行ってみましょう。それで手に入らなかったら各農家を回ってみるとか、いろいろ考えてみるとして。シーナさん、種や苗もあった方が嬉しいですよね?」


「嬉しいね。でも、簡単に手に入るかどうか」


「そうなんですか?」


「この街では野菜の品種改良にも取り組んでるって聞いているよ。それを考えると、できあがった作物はともかく、種や苗は持ち出し厳禁なんじゃないのかねぇ」


「なるほど。そういう考え方もあるのか」


「まあ、聞くだけ聞いてみよう。ダメだったら諦めればいいさ」


「うん、そうしようか」


 そんな軽い気持ちで始めた野菜探しなんだけど、やっぱり朝市の時間が過ぎているから市場に残っているものは売れ残った野菜たちばかり。

 売れ残りばかりなのはいいんだけど……なんでこんなに高いのよ!?


「ねえ、おばちゃん。大根1本銀貨1枚って高すぎじゃない?」


「そんなことはないさ。このアグリーノの街で採れた最高品質の野菜だよ。それに見合う価値はあるってものよ」


「大根1本にねぇ……」


 どう見てもそんなにすごい価値があるとは思えない。

 銀貨1枚なんて言ったら、そこそこの宿に夕食と朝食付きで泊まれちゃうんだからね。

 それだけの価値を大根1本に出せるかというと、なぁ。


「どうだい、何本買っていく?」


「えぇ……シーナさん?」


「うーん、いらないねぇ。あたいらが育てている大根の方がうまそうだ」


「な、なんだって!?」


 あ、おばちゃんが怒った。

 怒りたくなる気持ちもわかるけれど、こんなぼったくりには付き合っていられないのが本音だし、仕方がないよね。


「単なる事実を言っただけさ。味は食べてみなくちゃわからないけど、保存が適切じゃないのか水分が抜け始めているよ。これじゃあ、野菜の味も落ちていくってもんだ」


「言わせておけば! これはアグリーノの野菜だよ! それをどこの田舎者かも知らない相手が!」


「おっと、落ち着きなよ、おばちゃん。こっちにいる嬢ちゃん、アウラは名誉伯爵様だ。名誉職ではあるが国に認められた伯爵様。街に入るときも代官とやり合って代官の首が飛ぶかどうかの状況になってるんだぞ?」


「ひっ!? 伯爵様!? とんだご無礼を……」


 ああ、もう。

 あたしの身分とか出すからさらにややこしくなる。


「別にあなたをどうこうするつもりはないから安心して。ただ、素人目に見ても新鮮さが落ちているように見えるんだけど、そこはどうなのよ?」


「い、いえ、そのようなことはございません」


「そうかねぇ? アウラ、あたしの大根を1本出してくれ」


「はーい」


 あたしはマジックバッグにしまってあったシーナさんの大根を1本取り出した。

 なんであたしが持っているかというと、あたしの非常食としてシーナさんの野菜も渡されているのだ。

 生でかじってもおいしいし、これはこれで役に立つはず。


「おう、これだこれ。ほれ、おばちゃん。これが本当に新鮮な野菜ってヤツだ」


「あ、ああ。確かに新鮮な大根だね」


「そのままでも食べられるから食べてみな」


「このままで!? 火も通さずにかい!?」


「あたいの野菜は泥さえ落とせば生でも食べられるものがほとんどだ。さあ、食べてみなよ」


「わ、わかったよ……ッ!? これは!」


「わかったかい? それが新鮮でうまい野菜ってやつさ。さあ、アウラ、フェデラー、行くよ。ここにはいい野菜はなさそうだ」


「そうでございますな。行きましょう、お嬢様」


「そうだね。おばちゃん、頑張ってね」


 まだあの大根の味に感激しているおばちゃんのことは捨て置き、ほかのお店も巡ってみる。

 でも、どのお店もおばちゃんのお店と同様で鮮度が若干悪く、それでいてべらぼうに高い野菜ばかり。

 こんなことでこの街ってやっていけるのかしら。

 だけど、ほかのお店を見ている最中に別の貴族の使いみたいな人があの野菜を大量に買い付けていったから、商売としては成り立っているみたいだね。

 よくわからない。

 わかることは、あたしたちにとってこの街のお店は期待外れだったということくらいかな。


「さて、どうする、みんな。市場の野菜はダメだったわけだけど」


「そうでございますな。一応農家も当たってみますか」


「この調子だと農家の方も部外者には勝手に渡さないよう圧力をかけてそうだがな。行くだけ行ってみるか」


「決まりだね。フェデラー、お願い」


「はい。行きましょう、お嬢様」


 フェデラーの車で今度は郊外にある農家を訪ねてみた。

 でも、やっぱり市場以外に野菜を売ることは禁じられているらしく、譲ってはもらえない。

 念のためいくつかの農家を回ってみたけどやっぱり譲ってはもらえないみたい。

 ただ、そんな農家の一軒でひたすら農具を手入れしている男性を見かけたので話をしてみた。


「ねえ、そんなに農具を磨いてなにをしているの?」


「ん? ああ、こいつもそろそろガタが来ているんだがなぁ。新しい農具は高くて買えないんだよ」


「農具が高くて買えない? ただのクワに見えるけど」


「何の変哲もないクワだぞ。だが、この街では鉄製品は貴重品なんだ。木材だって品薄なのに鉄なんてもっと手に入りやしない」


「木材もダメなの?」


「ああ、ダメだ。近くの林がモンスターの縄張りになっちまってるからな。木を切り出すのも命がけなのさ」


 うーん、この街っていろいろとうまく回ってなさそう。

 大丈夫なんだろうか。


「それで、そのクワも必死に磨いていたと」


「そうなるな。だが、もう無理かもしれん」


「うーん。ちょっと借りていい?」


「ん? 構わないが……壊すなよ?」


「壊さないよ。直すのとちょっと手を加えるだけで」


「え?」


「えい」


 あたしが軽く鍛冶魔法を使うとクワが元通りに修復された。

 ついでだから傷み始めていた木材も修復しておいたし、耐久力が上がるエンチャントも施したよ。

 攻撃力とか衝撃とかが上がるエンチャントはつけていいのかどうか悩んだのでやめたね。


「はい、これ」


「あ、いまのは?」


「ああ、いまの。鍛冶魔法って言ってあたしのオリジナル魔法。物を作ったり修理したりすることができるの」


「しかし、いいのか? 魔法をこんな気楽に使ってもらって。金を払う余裕はないぞ?」


「気にしなくてもいいよ。あたしがやりたくてやっただけだし」


「そうか。……そう言えば、あんたら野菜がほしいんだったな」


「うん。でも、市場以外に売ることはできないんでしょう?」


「ああ。売ることはできない。だが、お裾分けすることまでは禁じられていない。明日の朝また来ることはできるか? とっておきの野菜を収穫して待っているぜ?」


 うわ、願ったり叶ったりだ!

 早速フェデラーにお願いして明日もこの街に来る約束を取り付けた。

 あたしとシーナさんは必要がないんだけど、シーナさんは野菜のチェック、あたしはマジックバッグでの荷運びだね。

 ルールの抜け穴をついた方法だけど、農家が困らないならいただこう!


 そのあと、最初の農家の人が声をかけていろいろな農家の農機具をあたしが点検して修理することになった。

 フェデラーはあまりいい顔をしていなかったけど、あたしって鍛冶魔法の使い手だし、こういうことで役に立つのは本望なんだけどなぁ。

 結局、農機具の点検をした農家の方々全員から野菜のお裾分けをいただくことになったので種類も結構増えそう。

 種が取れる種類の野菜が多いといんだけど……。

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