42. 街に入るだけでもひと騒動
ミラーシア湖からしばらく北に行ったところに見えてきた街。
あそこがシャムネ伯爵領アグリーノの街かな?
「ねえ、あれがアグリーノの街?」
「ああ、そうだよ。前に人を使わせたときは門前払いされたが、今回はどうでるかね」
「お嬢様は名誉貴族といえども伯爵です。門前払いなどすれば、その者たちの首が物理的に飛びます」
「フェデラー、怖いこと言わないでよ……」
「冗談ではございませんよ、お嬢様」
「そういうことだ。外での言動には気をつけな、アウラ」
あたし、そんなにすごい権力を持っちゃったんだ。
気を付けよう……。
そんな決意を決めている間も魔導車は門へと近づいていき、やがて門の前へとたどり着いた。
そして予想通り一悶着起きたんだ。
うん、予想していたよ。
「なに? アウラ名誉伯爵の魔導車だと? そんな嘘が通るとでも思っているのか!」
「嘘ではございませんよ? 現にこの車にはアウラ様もご乗車いただいております。それでも道を譲りませんか?」
ついて早々フェデラーと門衛の激しいやりとりが始まった。
フェデラーもあたしが同乗しているからこそ一歩も退かない構えだね。
「道を譲るもなにもアウラ名誉伯爵など知らぬ!」
「これだから田舎者は……紋章官を呼んできなさい。この街にも代官か紋章官くらいいるでしょう? 紋章官がいなくとも代官が最新の紋章一覧を持っているはずです。アウラ様が名誉伯爵として登録されたのは1か月以上前。最新版の紋章一覧を持っていなければここの領主の恥となりますな」
「なにを……言わせておけば!」
「呼んでくる気はございませんか。それならば力尽くでも通りますが、いかがですかな?」
「堂々と門破りを宣言するか!?」
「アウラ様はエンシェントフレーム、それもマナトレーシングフレーム持ち。このような街ひとつ滅ぼすのに一晩もかかりません。同じ国に所属する者同士、争ってもなにも生み出しませんが?」
「うっ……だが、このようなくだらないことで代官様のお手を煩わせる訳には……」
ああ、代官を呼んでくると代官に迷惑がかかるから呼んで来たくなかったんだ。
じゃあ、あたしが出ていけば解決だね。
あたしが先に出ていけば、代官の手を煩わせるよりも激しい叱責が待っているはずだもの。
そのあとのことまでは知ーらない。
「なんだ、騒々しい」
「はっ! これは代官様!」
あ、先に代官が来ちゃった。
残念。
「それで、この騒ぎはなんだ?」
「は、はい! この者たちが自分たちはアウラ名誉伯爵家の者なのでここを通せと騒ぎ立てておりまして」
「アウラ名誉伯爵家? 本当か?」
「それは私には……」
「ふむ。そこの青年、本当かね」
「本当でございますとも。紋章をご覧になりますか」
「見せてもらおうか。その上で偽りだった場合には容赦せぬ」
「かしこまりました。アウラ様、こちらに」
やっとあたしの出番か、長かったー。
フェデラーにドアを開けてもらい、魔導車から降りるとマジックバッグから我が家のエンブレムを取り出して代官に渡す。
「はい、どうぞ」
「……ずいぶん気軽な。まて、いま紋章辞典で調べる」
代官は紋章辞典を開いて調べ始めたけれど、本当にあたしのエンブレムって載っているんだろうか?
いろいろ調べて紋章辞典を閉じた代官の顔はとてもいらだっていた。
「ええい! 伯爵位どころか子爵位にも男爵位にも載っておらぬではないか!」
代官は怒りにまかせたままあたしのエンブレムを地面に投げつけた。
あーあ、いいのかな、そんなことをして。
「……いいのですかな、そのような無礼を働いて?」
「なんだと!?」
「アウラ様は名誉伯爵。伯爵位の一覧には載っておりません」
「なに?」
「アウラ様のエンブレムは伯爵位一覧の前のページに載っております。確認なさい」
フェデラーに指摘され慌てた様子で紋章辞典を確認する代官。
そしてあたしのエンブレムを発見したのか、顔を青ざめさせていた。
「さて、あなたの働いた行為の意味はおわかりですかな?」
「あ、ああ、いや、これは……」
「名誉伯爵のエンブレムを地面に投げつける蛮行、許されるものではございません」
「あ、いや」
「この件は女王陛下にすぐさま報告させていただきます。衛兵、この者を牢につなぎ止めておきなさい」
「え、しかし……」
「この者を逃がせばこの街の衛兵すべてに連帯責任で罰が及びますよ。それがいやならば早く捕まえなさい!」
「は、はい!」
慌てて代官を捕縛する衛兵と抵抗せずに捕縛される代官。
どうなっているんだろう?
フェデラーは気にせず地面に投げつけられたエンブレムを拾い上げ、汚れを落としてからあたしに返してくるし。
「さて、邪魔者どもはいなくなりました。街に入りましょう」
「あ、うん。でも、いいの、あれ?」
「構いません。それから、明日以降で構いませんので女王陛下に親書をお渡し願います。あの者の処罰をしていただかねば」
「あ、いいけど……そういうのって直接女王陛下に渡していいの?」
「普通はできませんな。お嬢様だからこそできる技です」
「いいのかな、それって……」
「気にすることはありません。それでは入りましょう」
「あ、うん……」
あたしは引っかかるものがありつつも魔導車の中に戻る。
あの代官、処刑されたりしないよね?
大丈夫だよね?
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